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ESGへの関心を高める投資家、その関心は次のステージへ(菊地暁)

2020-04-24 16:17:07

Kikuchiキャプチャ

 

  2020年1月に実施した三井住友トラスト基礎研究所によるアンケート調査によると、不動産運用会社に対して投資家からの照会が多かったESGファクターは、「環境認証の結果」や「事業継続計画(BCP)関連諸規則の有無・内容」などであった。しかし今後は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)対応に関連して「環境指標(温室効果ガス、水消費量等)の削減状況・削減目標」、また、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を契機として「従業員への福利厚生・労働環境整備状況」、「テナント(執務者・居住者等)の健康と快適性」などの関心が高まるだろう。


<現状は、「環境認証の結果」や「事業継続計画(BCP)」が多く照会された>

 三井住友トラスト基礎研究所が実施する「不動産私募ファンドに関する実態調査[1]」では、不動産私募ファンドの市場規模やファンド組成動向につき、半年ごと(1月・7月)に定点観測している。2019年7月調査では、急速に普及しつつあるESGに関する質問項目を追加し、不動産運用会社(以下、「運用会社」)のESGに対する現状の取組意識、取組状況を把握した。これに加えて2020年1月調査では、投資家がESGの取組状況にどの程度関心があるか、その照会状況を調査した。

 

 調査項目にはESGファクターに加え、ESGに取り組むための社内体制の整備状況などを「方針・体制」として加えた。その上で、各項目について「これまでに、投資家からESG関連の照会を受けたことがあるか」と質問した。

 

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 各調査項目の回答状況を順番に見ていくと、「方針・体制」では回答者全体の53%が「ESG方針/サステナビリティ方針等の内容・策定の意向」の照会を受けていた(図表1)。投資家が運用会社とエンゲージメントを行う上で、ESG/サステナビリティ方針は基礎的なコミュニケーションツールとなり、相対的に照会が多くなったと思料する。

 

 環境(E)では、「環境認証の結果」に高い関心が集まり、次いで「物件のエネルギー性能・環境性能等の優劣」が続いた。一方で「環境指標(温室効果ガス、水消費量等)の削減状況・削減目標」に関する照会は28%にとどまり、現状では環境性能が高い物件を選別するポジティブ・スクリーニングへの関心が高いように感じられた。

 

 社会(S)については、概して環境(E)よりも照会が少ない結果となった。不動産は、温室効果ガス(GHG)排出やエネルギー消費の観点から、外部不経済となる。そのため、リスク回避のうえで環境(E)は重要なファクターとなり、社会(S)よりも関心が集まるのは自然である。では、投資家が関心を持った社会(S)ファクターは何か。

 

 調査結果を見ると、「事業継続計画(BCP)に関する諸規則の有無、内容」への照会が最も多く、43%となった。2011年の東日本大震災を契機にBCPのあり方は見直されたが、2019年には巨大台風が発生し、業務遂行に多大な影響を与えた。また、現在もなお感染拡大を続けるCOVID-19の影響によりBCPには高い関心が寄せられている。テナントに感染者が出た場合、あるいは未然に防ぐための体制整備など、当面はBCPに関する照会が増えるだろう。

 

 一方、「テナント(執務者・居住者等)の健康と快適性」は20%にとどまり、社会(S)の中で最も少ない結果となった。このファクターは、これまで執務者の運動不足解消やリフレッシュ、知的生産性の向上等に力点が置かれており、計測が難しいとの指摘があった。しかし、現在ではCASBEEウェルネスオフィス評価認証(CASBEE-WO)やWELL認証により客観的な評価が可能である。これに加えて、BCP同様にCOVID-19発生を契機として、共用部の消毒や外気取入れによる換気など、環境衛生の面から関心が高まる可能性は高い。同様に、「従業員への福利厚生・労働環境整備状況」は25%にとどまるが、このファクターについても、従業員へのCOVID-19感染回避と事業継続を目的としたリモートワーク体制の確立など、投資家の高い関心事項となるだろう。

 

 統治(G)での各ファクターは、ESGの概念が普及する以前から投資判断時のマネージャー評価等で行われる一般的な質問項目である。そのため、「利益相反回避規程内容」や「コンプライアンス・リスク管理態勢」では各68%、「情報セキュリティ管理体制」では58%の回答者に照会があるなど、環境(E)や社会(S)と比べて、照会を「受けた」とする割合が高い結果となった。

 

<海外資金も運用する運用会社へは総じて照会割合が高い>

 

 欧米の投資家は、ESGを中長期的なリスクファクターとして捉え、投資パフォーマンスにも影響を与えるとの認識が浸透している。そこで、海外資金運用の有無によるクロス集計を行った(図表2)。これによると、すべての項目において「海外資金運用あり」の回答者は、「海外資金運用なし」の運用会社よりも照会割合が高いことがわかった。さらに興味深いことに、環境(E)・社会(S)各ファクターの照会状況の序列は「海外資金運用の有無」ではほとんど変わらなかった(例:図表2 図中①から③の序列)。つまり、足下では「サステナビリティ方針」、「環境認証の結果」、「物件のエネルギー性能・環境性能等の優劣」や「事業継続計画(BCP)関連諸規則の有無・内容」など、規程等の有無や結果の確認が照会の中心であり、具体的な取組状況や定量目標については、国内外を問わず、相対的に照会が少ないことがわかる。

 

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<投資家の関心は次のステージへ>

 

 それでは運用会社は、投資家の関心度合が高いESGに対してどれだけ対応を進めているのだろうか。そこで、2019年7月調査で把握した「運用会社のESG取組状況」を実施度として縦軸に、2020年1月調査で運用会社を通じて把握した「投資家から運用会社への照会状況」を関心度として横軸に配し、ESGファクターに関する関心度・実施度の関係を示した[2](図表3)。

 

 これを見ると、12のファクターの多くが45度線を上回っていた[3]。国内では、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によるPRIの署名(2015年)がひとつの契機となり、運用会社がESG取組意識を高め、対応を促進したことが相対的に高い実施度に繋がったと考えられる。ただし、ここでの関心度は、運用会社を通じて投資家の照会状況を把握しているため、投資家の関心全てを反映仕切れず、全体像を過小評価している可能性がある。

 

 さらに、私募ファンド・私募REIT運用会社によるESG関連の開示情報はJ-REITに比較して限定的ではある[4]ものの、追加の照会をかけずに、開示情報のみでESG評価を行っている投資家も存在するだろう。そのため、各々の実際の投資家の関心度は、運用会社への照会ベースで見たものより、もっと高いと考えるべきである。これら潜在的な投資家ニーズに応えるために、運用会社は更なる取組の強化・拡大・開示が必要となろう。

 

 次に、図表3では4つにカテゴリー分けを行った。大きく分けて、統治(G)を①、環境(E)を②、社会(S)を③、混合下位グループを④とした。これを見ると、統治(G)ファクターの実施度は9割近くあり、関心度も高い(①)。もっとも「利益相反回避」や「コンプライアンス・リスク管理」は不動産投資運用上で必要不可欠であり、さらに、投資家はその内容を精査し、投資判断を行うため、この結果は至極当然である。

 

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 環境(E)・社会(S)ファクターに目を向けると、環境(E)ファクターでは「環境認証」が、社会(S)ファクターでは「BCP関連諸規則」がそれぞれ他のファクターよりも関心度・実施度が高いことがわかる。そして、先に述べたように、ESGに関するリスク回避の点において環境関連は重要なファクターであるとの理由から、環境(E)は投資家の関心は社会(S)よりも関心度が高く分布する(②・③)。

 

 ④の混合下位グループには、方針・体制の「サステナビリティ委員会等」、環境(E)の「環境指標の削減目標」、「グリーンリース」、社会(S)の「労働環境」、「テナントの健康と快適性」が入った。これらは、現時点では、関心度・実施度ともに低いが、将来的に関心が高まり、これに呼応して実施度が高まると考えられるファクターである

 

 例えば、「サステナビリティ方針」の有無や記載項目の照会を頻繁に行う必要はないが、さらに踏み込んだ「サステナビリティ委員会等」は、投資家が運用会社の課題認識の変化を捉える上で重要であり、関心が高まるだろう。もっとも、守秘上の理由から審議内容に関する直接的な回答を引き出すことは難しいかもしれない。しかし、審議結果は経営トップからのメッセージや、実際の取組状況の変化などに表れる。今後投資家の注目は、ESGのスローガンから、具体的な取組や組織への浸透度合いへと深化していくと考えている。

 

 環境(E)ファクターでは、「環境指標の削減目標」の関心度・実施度がともに低い。これは、「環境指標の削減目標」が未設定であるとか、逆に設定されていても、その妥当性を投資家側が分析する際に専門知識を要するなど、運用会社・投資家双方の問題が考えられる。しかし、このまま関心度が低いままとは考えにくい。既に複数のJ-REITでは、重要業績評価指標(KPI)を設定・開示している。さらに、気候変動は国際的なリスクと認識されており、環境関連情報の開示は今後ますます強く求められるであろう。

 

 例えばTCFD提言(最終報告書)では、「指標と目標:気候関連のリスク及び機会を評価・管理する際に使用する指標と目標を、そのような情報が重要な場合は、開示する」としており、推奨される開示情報例としてGHG排出量を挙げている。加えて、「組織は、GHG排出、水利用、エネルギー利用などに関連する鍵となる気候関連の目標について、今後予想される規制上の要件または市場の制約、その他のゴールに即して説明する必要がある」としている。

 

 パリ協定の採択を受け、各国では環境関連法令の改正・施行が進められているが、2℃目標達成には不十分なおそれがあり、リスク管理上、投資家はその実効性を見極めなければならない。そのため、運用会社が設定する目標水準が将来的な環境関連規制の厳格化に耐えうるものであるのか、それとも現行法規制水準にとどまるのか、投資家は「環境指標の削減目標」を用いてそうした点まで判断する必要があり、運用会社は目標の設定と、数値水準の説明などの対応に迫られるであろう。

 

 社会(S)ファクターでは、従業員の「労働環境」や「テナントの健康と快適性」がともに低い水準にとどまっているが、先に指摘したCOVID-19の影響により、BCPに準じて関心度・実施度が高まると想定される。

 

 今後、ESG投資が広がる過程において、投資家と運用会社との対話(エンゲージメント)が行われる場面は一層増えると考えられる。日本版スチュワードシップ・コードでは、「機関投資家は、投資先企業との建設的な『目的を持った対話』を通じて、投資先企業と 認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。」(原則4)と定めている。投資家からの強い後押しを受けて、運用会社のESG取組は質・量ともに拡大し、ESGファクターの関心度・実施度は右上方にシフトしていくと期待される。

 

[1]調査対象:国内不動産を対象に不動産私募ファンドを組成・運用している運用会社

[2] 「イニシアチブへの署名・賛同に対する意向」、「情報セキュリティ管理体制」は、7月調査に関連質問がないため除外した。

[3] 図表3の作成データは、アンケート時期の違いによる差異があるものの、当該アンケートの回答件数および回答者属性はほぼ同様であるため、ここでは45度線を用いた考察を行った。

[4] 三井住友トラスト基礎研究所HPリリースレポート 菊地 暁「ESGにおいて雄弁は金なり」(2019年2月22日)

 

菊地 暁(きくち あきら)  日本不動産研究所を経て、2008年3月に住信基礎研究所(現、三井住友トラスト基礎研究所)入社。私募投資顧問部に所属、不動産私募ファンドのデューデリジェンス・モニタリング業務を担当。不動産鑑定士。

 

(本論文は、三井住友トラスト基礎研究所サイトの「レポート・市場動向」から、同研究所の許可を得て転載)https://www.smtri.jp/report_column/report/pdf/report_20200421.pdf