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SBTが世界のスタンダードに。日本企業も100社に到達(池原庸介)

2020-07-08 18:05:47

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 2020年6月、SBTi(Science Based Targets initiative)に参加する日本企業が100社に到達した。SBTiは、企業自らが科学的知見と整合した高いレベルの排出削減目標(SBT)を策定することを推進している国際イニシアチブである。WWFをはじめ、国連グローバル・コンパクト、CDP、WRIによって共同で創設され、2015年より企業から申請された目標の審査を開始した。

 

 最初に、SBTiの概略を説明しておこう。企業の温室効果ガス排出量の管理において、排出量の算定方法に関してはGHGプロトコル(WRI、WBCSDが策定)、情報開示に関してはCDPがそれぞれ世界のスタンダードとなっている。ところが、パリ協定と整合した削減目標の設定に関するスタンダードは存在していなかった。そこで、産業革命以降の世界の平均気温の上昇幅を2度未満(または1.5度)に抑えるというパリ協定の長期ビジョンに照らし、科学的に見てそれと整合したレベルの目標を立てるためのスタンダードをつくるべく、SBTiが創設されたのである。

 

 SBTiでは、5年~15年先の削減目標を策定することが求められており、さらに2050年に向けた長期目標を定めることが推奨されている。目標策定のための手法としては、「総量削減」(Absolute Emissions Contraction)および「SDA」(Sectoral Decarbonization Approach)の2つを提示している。前者は、世界全体で必要とされる削減量に鑑み、全ての企業が総排出量を同じ割合で削減することを求める手法である。

 

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 後者は、電力や運輸、業務部門や素材産業など、自社の排出量に直結する単一の活動量が存在する業種を対象とした手法である。例えば、電力会社に対するSDAでは電力量(MWh)、貨物や旅客であれば輸送トン・キロや人・キロ、商業ビルであれば床面積(㎡)、鉄鋼会社であれば粗鋼生産量(t)等々、何らかの活動量を分母とする排出原単位を2050年までにどこまで低減する必要があるか、国際エネルギー機関(IEA)の報告書に基づいた要求水準が設定されている。

 

 「総量削減」の場合、基準年から目標年に向けた年間当たりの排出量の平均削減ペースに関して、目標のレベルごとに下限値を設けている。例えば、「2度」レベルであれば年率1.23%以上、「2℃より十分低い」(Well-below 2°C )レベルなら同2.5%以上、そして「1.5℃」レベルなら同4.2%以上という条件を満たす必要がある。これらの下限値は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書で示された科学的知見に基づいて定められている。

 

 現在、SBTiに参加する企業は世界で900社を超えているが、日本企業(100社)は米国(160社)に次ぐ第2位の規模となっており、この分野では米国や英国とともに世界をリードしている(2020年6月末時点)。2015年のスタート時点で、日本企業は8社に留まったが、参加する企業の業種も広がり、順調に数を伸ばしてきた。2017年から環境省が日本企業によるSBTi目標の策定支援事業を開始し、外務省も企業数の数値目標を掲げるなど、日本政府によるバックアップも大きく貢献したといえる。

日本からのSBTi参加企業数(累積)の経年推移(2020年6月末時点)
図表1 日本からのSBTi参加企業数(累積)の経年推移(2020年6月末時点)

 

 実は2019年10月、SBTiが企業に求める排出削減目標のクライテリアを引き上げた。従来は、産業革命以降の温度上昇幅として「2℃」レベルの目標も認められていたが、現在は「2℃」レベルの目標では承認が与えられず、「1.5℃」レベルの目標とすることが推奨されている。それらの中間にあたる「2℃より十分低い」(Well-below 2°C )レベルの目標も認められている。

 

 このクライテリアの引上げによって、SBTに取り組むハードルは一段と高まったといえる。そのため、引き上げ以降、SBTに取り組む企業が減少するのではないかという危惧もあった。ところが実際には、SBTiから承認を取得する企業は変わらず増加しており、その伸びはむしろ加速している。2019年11月以降、つまりクライテリアの引き上げられた後、現在までに承認を取得した企業は計127社となっており、これは2015年の審査開始当初からの累計399社の32%に相当する。引き上げ以降のわずか8ヶ月間での承認企業数が、過去5年間の1/3を占めている計算となる。

 

SBTiの承認取得企業数(累積)の経年推移(2020年6月末時点)
図表2 SBTiの承認取得企業数(累積)の経年推移(2020年6月末時点)

 

こうしたデータから、世界的にSBTのデファクト・スタンダード化が進んでいることが伺える。2018年10月にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)から「1.5℃特別報告書」が発行されて以降、気候変動問題に関する国際議論のベースは「2℃」から「1.5℃」目標へと急速にシフトした。IPCCの報告書によって示された科学的な知見に沿って、気温上昇を1.5℃に抑えるため2050年までに自らの排出量を実質ゼロにすることを宣言する動きは、政府や非国家アクターなど各層で広がっている。こうした国際的な潮流が、SBTが支持されている基盤でもあろう。

 

  SBTi承認取得企業における目標レベルの内訳に着目すると、2019年10月末時点では、「2℃」レベルが48.8%、「2℃より十分低い」(WB2°C)が27.4%、「1.5℃」が23.9%であった。一方、2020年6月末時点では、それぞれ38.3%、27.6%、34.1%となっている。つまり、クライテリアの引き上げ前は、「2℃」レベルの目標が約半数を占めていたが、現在ではそれが大きく減少し、「1.5℃」レベルの目標が着実に増加していることが分かる。なお、「2℃より十分低い」の割合はほとんど変動がないことから、中間の踊り場で停滞している状況にはないといえる。

 

図表3 クライテリア引き上げ前後のSBTi承認取得企業の目標レベルの変化
図表3 クライテリア引き上げ前後のSBTi承認取得企業の目標レベルの変化

 

 以上のように、目標のクライテリア引き上げ以降も、SBTi承認取得の動きは鈍るどころかいっそう加速しており、且つ「2℃」目標から「1.5℃」目標へと一足飛びで移行している傾向が明らかとなった。

 

 今年の後半以降、金融セクターや化学・石油化学、航空、海運をはじめ、これまでSBTの目標設定に関する方法論が未整備であった業種についても、ガイダンスやツールなどが順次発表される予定となっている。2020年5月には、日本の航空会社として初めてANAホールディングスがSBTiへのコミットメントを表明した。これは、日本の航空部門の脱炭素化に向けた大きな第一歩といえる。SBTiの承認を取得する業種や企業の数は、今後さらに拡大していくことが予想される。

 

SBTでは、IPCCやIEAが示す「2度」や「1.5度」の排出シナリオに基づいて個社の削減目標を立てるため、TCFDが求めるシナリオ分析とも当然親和性が高い。両者を並行して進めることで、中長期的な視点に基づいた包括的な戦略の策定が可能となる。TCFD提言に沿った開示情報の厚みを増し、投資家への説得力を高めることができる。日本は、TCFDへの賛同企業・機関の数では世界随一である。SBTを実践し深掘りすることによって、数だけではなく情報開示の質でも世界随一となることが期待される。

 

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池原 庸介(いけはら・ようすけ) 公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)気候変動・エネルギーグループリーダー。SBTや企業の温暖化対策ランキングなどを通じ、企業の気候変動戦略・目標の策定を支援。グリーン電力証書制度諮問委員。法政大学人間環境学部非常勤講師