HOME |FBIが州下院議長らを逮捕、原発の利権構造を暴く 日本で進行中の電力システム改革は、米国の原発汚職構造の後追いだ(明日香壽川) |

FBIが州下院議長らを逮捕、原発の利権構造を暴く 日本で進行中の電力システム改革は、米国の原発汚職構造の後追いだ(明日香壽川)

2020-09-12 23:17:24

Asuka00111キャプチャ

 

 20年7月21日に、米国でハリウッド映画になりそうな事件が起きた。オハイオ州下院議長を務めるハウスホールダー議員(共和党)など数人が収賄の疑いで米連邦捜査局(FBI)に逮捕された。容疑は、二つの原発を経営する電力会社に補助金として2026年まで毎年1億5000万ドル(約150億円)、合計で約10億ドル(約1000億円)を州民の税金から払うという法案を通した見返りに、その電力会社から6100万ドル(約61億円)の賄賂をもらったというものだ。

 

 (写真は、米国で建設中のボーグル原発。東芝の巨額赤字の原因となった=2016年5月3日、米ジョージア州、畑中徹撮影)

 

この法案は昨年7月、オハイオ州知事が署名したことで効果を持つことになり、原発だけでなく石炭火力発電所にも補助金が支払われるものになっていた。これに対して、FBIは、盗聴やメールの検閲などの1年以上にわたる様々な秘密捜査を行った結果、州の下院議長という大物政治家の逮捕に踏み切った。

 

 オハイオ州の環境団体、市民団体、産業団体は、この法案の発効後すぐに、住民投票での法案取り消しを求める署名活動を始めていた。これに対して電力会社側は、テレビCMなどで、「法案に反対すると中国が私たちのエネルギー・インフラに介入することになる」「署名すると中国政府に個人情報が渡される」という大々的なキャンペーンを展開した(何にでも「中国」を持ち出すのが今の米国らしい)。

 

 事件の背景にあるのは原発の圧倒的なコスト高だ。毎年、各発電エネルギー技術のコスト比較を発表している米投資会社Lazardは、米国で新しい原発の発電の平均コスト(建設コストと運転コストの両方を含む)を155ドル/MWhとしており、これは、新しい風力や太陽光による発電設備の平均コストである約40ドル/MWhのほぼ4倍である。

 

関西電力高浜原発の3号機(左)と4号機=2020年2月11日、福井県高浜町、朝日新聞社ヘリから、小杉豊和撮影
関西電力高浜原発の3号機(左)と4号機=2020年2月11日、福井県高浜町、朝日新聞社ヘリから、小杉豊和撮影

 

 さらに問題なのは、既存の原発の運転コストだけでも、再エネの平均コストにも勝てないことだ。2019年の米国の平均的な原発の運転コストは、原発推進の米シンクタンクであるNuclear Energy Instituteによると30.42ドル/MWhであった。一方、前出のLazardによると、大型太陽光の運転コストは、8ドル/MWh程度だ。これでは、安い電気から買われる電力の卸売電力市場で原発が太刀打ちできないのは火を見るよりも明らかだ。

 

 米情報会社のブルームバーグは、「米国の全原発の4分の1以上が運転コストを賄うのに十分な収益を上げていない」と推定している(2018年5月15日)。公的資金で救済してもらうしか、原発を持つ電力会社が生き残る方法はないのが、米国の現実だ。これは世界の現実でもある。

 

温暖化対策は方便

 

 米国でも日本と同様に、原発を持つ電力会社は、原発の存在理由として温暖化対策と経済性を挙げる。しかし、オハイオ州では、このような電力会社の主張は、市民団体や研究者に論破された。

 

 第一に、法案は原発だけではなく石炭火力にも補助金が行く仕組みになっていることだ。法案自体は、温暖化対策にマイナスになる。

 

 第二に、より経済的に優位で、かつ低炭素の発電技術である再エネ・省エネという選択肢があるのに、それを無視する合理的な理由がない。

 

 経済性という点では、電力会社は、雇用を守ることも強調した。しかし、市民団体や研究者は、原発や石炭火力に比較して、再エネや省エネの方が、投資額あたりの雇用創出数は5倍程度大きいという研究結果を示して反論した。

 

日本でもひそかに救済制度

 

 原発の発電コストに関しては、日本の常識は世界の非常識である。「原発が最も安い」と、政府が今でも公式に主張しているのは、筆者の知る限り、世界では日本政府のみだ。実際には、日本の原発のコストは、事故コストや安全対策のコストも考慮しなければならないので、米国でのコストよりもはるかに高いはずだ。

 そのため、実は日本でも米国と同じように、国民負担で原発と石炭火力を救済する制度が導入されようとしている。

 

 それは、電力システム改革という名目で導入される「容量市場」「非化石価値取引市場」「ベースロード電源市場」という三つの新しい制度だ。特に、容量市場の場合、政府委員会の資料などに基づいて計算すると、実質的な補助金として原発1基あたり年間約100億円が支払われ、一般家庭の電気代が月約800円上がる可能性がある。

 

 つまり日本でも、原発を持つ会社は、政府からの補助金がないと経営が成り立たない。日本の場合、最大の問題は、政府が「原発や石炭火力は安い」と言い続ける一方で、原発や石炭火力を経営資産としても持つ電力会社救済のため、実質的な補助金制度が導入されようとしていることだ。十分な議論もないままにだ。

 

原発がなくても電気は不足しない

 

 電力会社が容量市場の導入を要求する最大の理由が、「将来の電力供給不足防止」だ。これに反論するために、筆者が関わる研究グループは、2030年に原発ゼロ、石炭火力ゼロとなった時に、2030年および2050年時点での日本の各地域での1時間毎の電力需給バランスを検証した。

 

Asuka00005キャプチャ

 

 その結果、大部分の地域および時間帯で、需給は域内だけで余裕があることがわかった。一方、一部の地域(北陸電力管区と四国電力管区)では、2030年時点において、特定の季節・時間帯(例:夏や冬の夕方)に需給が逼迫する可能性があるが、他電力からの電力融通、給湯器や電気自動車(EV)その他の需要シフトなどを用いたデマンドレスポンス、蓄電池利用などを組み合わせれば、十分対応できることがわかった。

 

本当の民度とは

 

 麻生財務相は、日本で新型コロナウイルスの感染者が少ない理由について、「民度が高いから」と発言した。その言に従えば、世界最大の感染者や死亡者を数えている米国の民度は、低いことになる。しかし、理不尽な電力会社への補助金に対して、市民が立ち上がり、FBIが調査に入って、州の下院議長という大物の逮捕につながったのは、民度の高さを示していると思う。

 

 日本では、今まさに、国民負担で原発と石炭火力を救済する三つの制度が、国民のほとんどが知らない間に導入されようとしている。容量市場などの導入は、公正取引委員会マターとなってもおかしくない案件である。実際に、一昨年11月、英国での容量市場導入に関しては、欧州司法裁判所が「EU法で禁じている国家補助金の可能性がある」として英国政府に制度の一時停止を求めた。

 

 日本の容量市場の問題点などに関しては、市民団体がわかりやすいリーフレットを作成している。日本でも、ぜひ多くの方に関心を持ってもらいたい。

https://webronza.asahi.com/science/articles/2020080900004.html?page=1

本稿は 朝日新聞の『論座』の掲載記事(2020年8月9日付)を、著者の了解を得て転載しました。

 

 asukaキャプチャ

明日香 壽川(あすか じゅせん)東北大学東北アジア研究センター教授(同大環境科学研究科教授兼務)。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)、『クライメート・ジャスティス:温暖化と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社、2015年)など。