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「適応」グリーンボンドの妥当性。中日本高速道路の「フレームワーク」の事例検証(藤井良広)

2020-11-05 00:21:09

NEXICO002キャプチャ

 

  グリーンボンドの発行が定着してきた日本市場だが、新たな課題も浮上している。太陽光発電やグリーンビルディング等の地球温暖化緩和策を対象事業とするボンドは一般にも、わかり易い。だが、災害対策等の適応事業については、「適応の効果」をどうみるかで、ESG評価に際しての意見が分かれる。最近登場した「適応ボンド」の妥当性を検証してみよう。

 

 ESG債関係者の間で最近、話題になっているのが、中日本高速道路(NEXCO中日本、名古屋市)が10月末に設定したグリーンボンドフレームワークだ。対象となる事業は、①特定更新等工事(橋梁)②特定更新等工事(土工構造物(のり面補強))③新設高速道路における高機能舗装--の3点。日本格付研究所(JCR)が、同社のグリーンボンド格付で最高位となる「Green1」の評価を付けた。https://www.c-nexco.co.jp/corporate/pressroom/news_release/4919.html

 

 資金使途の①は、冬季に高速道路の凍結防止用に散布する凍結防止剤による水や塩害物の浸透で、橋梁の劣化が進むことを防ぐため、高性能の素材に取り換える工事。②は短時間の異常降雨によって、道路斜面の「のり面」崩落を防ぐため、排水施設の改良等の工事。③は同様の異常降雨の影響による事故発生リスクを抑えるため、排水性を高めた高機能舗装の施工工事、という。

 

道路の「のり面」対策は適応事業だろう
高速道路の「のり面」対策は適応事業だろう

 

 かなり技術的な内容だ。ポイントは、高速道路を維持するために必要な維持管理工事なのか、気候変動に対応する特別な適応工事なのか、という点になる。気候変動の適応事業を分類したEUのタクソノミーをみても、対策工事についてまで踏み込んだ細かな分類はしていない。というか、EUタクソノミーでは、まず「高速道路事業」自体が適応策の対象には入っていない。

 

 となると、「高速道路はグリーンなのか」というのが最初の論点になる。わが国でもこれまで、東日本高速道路や阪神高速道路、名古屋高速道路等がESG債を発行している。だが、いずれもソーシャルボンドとしての発行だ。高速道路の持つ自動車の流れの効率化、渋滞緩和策等の社会的インパクトを評価するのが基本だった。

 

 高速道路によるグリーン性への影響については、高速道路を多くの自動車が走ることで、CO2ほか排ガスの排出が生じる。騒音、振動も拡散する。また道路自体の建設やインターチェンジ等の建設による自然環境への影響等も考慮しなければならない。中日本高速は、道路建設に際して環境影響評価等の実施を明記しているが、それは環境への追加負荷への配慮であって、それをもってグリーンとはいえない。

 

 一方、気候変動の激化によるインフラとしての高速道路の遮断、途絶という事態への備えも確かに必要だ。中日本高速の3つの資金使途分野のうち、②と③はいずれも、気候変動による異常降雨による影響を踏まえた工事だ。このうち、②の道路の「のり面」の崩落を防ぐために、排水施設の改良や安定化のための工事は、妥当な適応事業といえそうだ。

 

 では③の「高速道路の高機能舗装」はどうか。工事で導入するのは、排水性舗装という。排水性を高めることで、降雨時の走行安定性を向上させるのが目的とされる。だが、降雨時の走行はもともと危険が増加する。ましてや、気候変動による異常降雨時には、走行の継続よりも、速度制限や場合によっては、安全を最優先して、通行停止などの措置をとるべきだろう。そう考えると、高速道路の高機能舗装で、異常降雨時の走行確保を目指す工事は適応策なのか疑問が出てくる。

 

橋梁の劣化防止工事は適応事業か?
橋梁の劣化防止工事は適応事業か?

 

 ①の冬季の凍結防止剤の散布による橋梁の劣化防止工事も疑問だ。基本的に、温暖化によって冬季の道路凍結はむしろ減少が予想される。それが逆に、気候変動によって凍結剤散布が増え、それが橋梁の基部の劣化を加速する、だから適応工事、という三段論法になっている。

 

 評価を出したJCRの評価内容をみると、「散布量は、年々増加傾向」とするものの、気候変動を受けて「凍結期間が増加傾向」とは記載していない。凍結防止剤の散布を増やしているのは、中日本高速の道路整備上、あるいは営業上の事情かもしれない。少なくともJCRの評価でも「気候変動によって凍結剤散布が増える」との“大前提”は読み取れない。https://www.jcr.co.jp/download/1534194f0e514f5f53f33f60557115a551e894a115663e3670/20d0822.pdf

 こうみてくると、かなり強引に「適応事業らしきもの」をかき集めた感じもする。なぜだろう。他の高速道路会社の様に、社会的使命を全面に打ち出したソーシャルボンドの発行にすればよかったのに、とも思う。だが、調べると、「どうしてもグリーンボンドにしなければならない理由があった」ことに思い至る。

 

 一つは、高速道路会社等のESG債の第三者評価をめぐる市場争奪戦だ。これまで、多くの高速道路のソーシャルボンド発行は、JCRのライバル格付会社である投資格付情報センター(R&I)が独占的に提供してきた。というよりも、R&Iが同業界のESG債発行を開発・推進してきたといえる。

 

 そうした市場にJCRが参入するには、R&Iと同じ路線では勝てない。ということで、グリーンボンド発行を持ち掛けたのではないだろうか。もう一つは、これまで述べてきたように、ソーシャルボンドよりも評価の難しいグリーンボンドの適応事業をなぜ対象にしたのかという点だ。そこには、環境省の補助金が関係していそうだ。

 

 日本では環境省が市場基準のグリーンボンド原則(GBP)をコピーしたグリーンボンドガイドラインを公表している(どんな法律に基づくのかは不明だが)。同省は、同基準に準拠したグリーンボンドを発行する場合、第三者評価コストを支援するとの名目で、補助金を出している。先進国でESG債に補助金を出しているのは日本の環境省だけだ。

 

 ところがソーシャルボンドは資金使途が住宅や病院、学校、コロナ対策等の社会的要因となるので、環境省の所管外になる。したがって、ソーシャルボンドには環境省の補助金が付与されない。一方で、環境省は今年から気候変動適応対策のグリーンボンドも補助金の対象に含めた。このため、第三者評価会社の間で「適応ボンド」へのインセンティブが生まれたと考えられる。

 

 しかし、同省は補助金の対象を拡大しながらも、適応事業の対象については明確な基準は示していない。ガイドラインでは、適応事業の事例として、「物流、鉄道、港湾、空港、道路、水道インフラ、廃棄物処理施設、交通安全施 設、民間不動産における防災機能を強化する事業」としているものの、その具体的な事業内容についての整理はない。補助金(国民の税金)を出すならば、本来は同省が事業基準も示すべきだろう。

 

 ESG債の評価は易しそうで、それほど簡単ではない。経済事業が本来持つ事業と、ESGを評価して追加的に支出する事業を、どう区別するか。今回の様にグリーン性とソーシャル性をどう見分けるか。これまでも、日本のグリーンボンド市場では、発行体も評価会社も”混乱”しているとしか思えないような事例があった。

 

ロマンスカーには乗ってみたいな
ロマンスカーには乗ってみたいな

 

 本サイトで指摘した小田急鉄道のグリーンボンド(2019年1月)がその一例だ。同ボンドは、資金使途先に、保有路線の複々線化事業による輸送力向上や、ホーム延伸、ホームドア設置等も「グリーン先」としていた。だが、複々線化事業は明らかに鉄道会社の本業であり、混雑緩和のホーム延伸や安全確保のホームドアは、社会的配慮であり、ソーシャルボンドの使途先だろう。https://rief-jp.org/ct4/86103

 

 その点を指摘して、「どこがグリーン?」と書いたので、小田急の人は不満だったようだ。しかし、素直にグリーンと呼べないような資金使途を連ねて平然としているようだと、投資家から疑問を持たれ、債券自体の信用力にも影響する可能性がある。ESGのそれぞれの分野に自分たちがどう関わっているかを、理解していないことを自ら宣伝しているようなものでもある。同ボンドの第三者評価はSustainalytics社だった。

 

 日本のグリーンボンド市場は定着してきた、と冒頭に書いた。複数の発行体が、再度、再々度等と、発行を重ねており、投資家の側もESG投資の一つの柱とするところが増えてきたようだ。ただ、基本はESGの各要素とも、財務的評価が容易ではない非財務要因であることから、市場の自主的な取引がベースである。その分、発行体も、投資家も、第三者評価機関も、市場の合理性と相容れないような行動は避けるべきだろう。

 

 自主的な市場というのは、まさにそうした市場人の自律性によって担保されるものだ。そこにあいまいな思いや、行動が入り込むようだと、日本のESG市場の成長も、「この程度」で終わってしまいかねない。

 

藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 日本経済新聞元編集委員、元上智大学地球環境学研究科教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。