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脱炭素社会の実現に必要なこと(森元恒雄)

2021-06-10 12:55:20

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 昨年10月、菅総理は初めての所信表明の中で、「2050年脱炭素化宣言」を行いました。地球温暖化がこのまま進むと、人類の生存にとって致命的な影響が及ぶことが避けられないにもかかわらず、日本はこれまで積極的な行動を取らず、この問題から逃げて来たことは確かです。

 

 今回の脱炭素化宣言は、先進的な取組みを行っている国々に後れを取っていたわが国の気候変動対策を転換して力強く前進しようとするもので、国際的な名誉回復と、国の将来に明るい展望を切り開く千載一遇の機会が到来したものと、受け止めるべきだと思います。特に注目すべきなのは、脱炭素化に自発的に取り組もうとする大手企業が相次ぎ、その数が今年3月時点で101社に及んでいることです。

 

 これほど多くの企業が積極的な姿勢に転じたのは、もはや逃げられないところまで日本企業が追い詰められているからだと思われます。自らが製造する製品がカーボンフリーでなければ世界中の取引先から相手にされず、ビジネスが成り立たなくなる時代がすぐそこまで来ていることを示していると言ってよいでしょう。これを契機に、バブル経済崩壊後30年に及んで冷え切ったままの企業経営者の心に火が付き、再び困難な課題に向かって果敢に挑戦しようという動きが一気に全国的に広がることを期待したいと思います。

 

 しかし、脱炭素化は果たして宣言どおり実現できるのでしょうか。その先行きは決して楽観できません。これまでの2050年に温室効果ガスの8割削減をめざすとした、腰が引けた目標でさえ生半可な努力では達成できないと言われていたものを、一気に排出量ゼロをめざすというのですから、国の総力を挙げて取り組んでも、果たして実現できるか疑問が残ります。

 

 とりわけ産業政策を所管する経済産業省が、再生可能エネルギーの開発・普及やカーボンプライシングの導入について、従来の消極的な姿勢を引きずったままで、環境政策を所管する環境省との間に大きなスタンスの違いがみられるほか、経済団体も新たな負担増や規制の強化に反対する姿勢を崩していないことは大きな懸念材料です。

 

 菅総理のカーボンニュートラル宣言からわずか2か月後、経産省独自の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」をまとめて公表したのはいいとしても、問題はその手続きを通して透けて見える経産省の思惑と内容です。通常これだけ大きな方針転換を行う際には、産業構造審議会に諮り、少なくとも1年ぐらい時間をかけて慎重審議したうえで成案をまとめるはずです。それを今回に限って通常の手続きを無視して、事務方サイドだけでさっさと作業を済ませた意図がどこにあったのか? 政府部内の検討が進まないうちに経産省の考えを公表することによって、これから行われる政府部内の検討と協議を自らが意図する方向にリードしようとしたとしか考えられません。

 

 脱炭素化実現の中核は技術開発にあることは事実です。実際、「グリーン成長戦略」は、技術開発についてはかなり詳細に記述しているものの、2050年時点の目標電源構成は、再生可能エネルギーの活用を50%~60%にとどめ、原子力や化石燃料を最大限活用するとしています。経産省は、日本の地勢や気象条件は再生可能エネルギーに適しておらず、それを活用できる量には限りがあるとしていますが、環境省は経済性を考慮しても日本の再生可能エネルギーの開発ポテンシャルは現在の発電量の2倍はあるとのデータを公表しています。

 

 脱炭素化は、やりたい人だけがやれば済むという問題ではありません。すべての企業、すべての国民が、「我が事」として真剣に取り組まなければ、目標を達成することはとうてい覚束ないことは明らかです。目標達成のためには、安易に原子力や化石燃料に依存する姿勢を排し、再生可能エネルギーを最大限開発・普及することを前提に、人々に脱炭素化に向けて行動変容を迫るだけの実効性のあるカーボンプライシング(炭素税及び排出量取引制度)を導入することが不可欠です。にもかかわらず、経産省はその問題点を指摘するだけで、それが実施されない場合にはどのような問題が生じるかということについては、全く触れるところがありません。これでは、導入に反対の意思表示をしているのも同然です。

 

 日本企業の間に脱炭素化を回避することの危機意識が急速に高まっているにもかかわらず、その深刻さを理解しようとせず、相変わらず企業にすり寄って負担増や規制の強化を回避することこそ自らの最大の任務であると考えているとしたら、経産省は、わが国の産業政策を預かる主務省としての役割をはき違えていると言っても過言ではないでしょう。アメだけ与えてすべての企業を存続させようとする姿勢や方針は、結局、個々の企業のためにもならないだけでなく、結果的にわが国産業全体の競争力を低下させ、衰退へと導くことになることを、経産省は一日も早く認識する必要があると思います。

 

 脱炭素化の推進体制は、政府部内を自らが望む方向へとリードしようという思惑が透けて見える経済産業省の独断専行を許さないためにも、脱炭素社会推進庁(仮称)を設置して、総理大臣主導の下、関係府省が一丸となって強力に取り組む態勢を整えることが必要です。そうでなければ、国際公約を果たせず、世界に恥をさらすばかりでなく、日本の将来にとっても取り返しがつかない大きな禍根を残すことになりかねません。

 

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 (注)森元氏が代表理事を務める特定非営利活動法人政策形成推進会議は政策提言「脱炭素社会へと日本を再生する~そのためには、政府一丸となった推進体制とカーボンプライシングが必要~」を公表しています。提言内容は、一番下の「PDF  閲覧・ダウンロード」をクリックしてください。

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森元 恒雄(もりもと つねお)

東京大学法学部卒。自治省入省。長崎県経済部長、兵庫県総務部長、岐阜県副知事、本省地方債課長、大臣官房総務審議官等を歴任。参議院議員、立教大学経済学部特任教授等を歴任。大阪府出身。