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パリCOP21の金融・投資分野へのインパクト(明日香壽川)

2016-01-04 16:40:39

COP21キャプチャ

12月12日、2020年以降の気候変動対策の国際枠組みであるパリ協定が法的拘束力を持つ文書として採択された。たしかに歴史的な出来事である。しかし、産業革命以降の温度上昇を2℃あるいは1.5℃以内に抑制するという目標達成への道のりは極めて遠い。また、各国の数値目標達成に関する法的拘束力は京都議定書よりも弱い。

 そうは言っても、パリ協定のビジネス、特に金融や投資の分野へのインパクトは非常に大きいだろう。お金の流れは様々なリスクに敏感であり、大きなリスクの一つとして気候変動や化石燃料がビジネスの世界で完全に認識されたことの意義は極めて大きい。

 

 周知のように。すでにここ数年、今まで化石燃料会社に流れていたお金が流れないようになっている。いわゆる「投資の撤収(divestment)」であり、大手投資会社の間にも広がっている。そのような動きの原因と結果の両方として化石燃料会社が持つ巨大な座礁資産問題がある。それは、気候変動による物理的な被害も含めて金融システム全体の不安定性が増大することを意味する。

 

 このような懸念を象徴するものとして、現在、主要25か国・地域の中央銀行、金融監督当局、財務省などの代表が参加する金融安定理事会(FSB)の動きがある。イングランド銀行の総裁で金融安定理事会の議長でもあるマーク・カーニーは、世界の金融システムが持つ気候変動関連リスク(カーボン・リスク)に関するタスクフォースをCOP21の場で立ち上げた。そのタスクフォースのヘッドにブルンバーク元ニューヨーク市長を指名した(役者が揃ったと言える)。

 

 また、2015年7月にはフランスで画期的な「エネルギー転換法」が制定されている。その173条では、驚くべきことにフランスの企業や投資家に対して「気候変動関連リスクの影響、金融資産が持つGHG排出量、投資計画と国・地域・世界の対策目標などとの整合性」に関する情報の開示を義務づけている。これは、いわば一般企業の事業計画や機関投資家のポートフォリオがフランスの数値目標だけでなく2℃目標や1.5℃目標などとの整合性を持つべきことを事実上要求している。

 

 パリCOP21での交渉結果の中で企業にも直接的に関わるリスク要因として注目されるのは「損害と損失」と呼ばれる条文である。この条文が大きな意味を持つ理由は、今後、個人や団体が、温室効果ガス(GHG)排出の責任主体としての企業や政府の不作為を法的に訴える可能性が考えられるからである。実は、米国政府などは、このような動きを牽制するために今回のパリ協定に「損害と損失に関する条項は責任や補償を問う議論のベースとはならない」という一文を入れさせた。

 

 しかし、この追加された一文の効力に対しては様々な解釈がある。すなわち、今後、温暖化被害が深刻化する中で様々な主体が法的手段を用いて大規模GHG排出者の責任を問う事は確実だと思われる。言うまでもなく、これは前述のカーボン・リスクの一つであり、具体的には言えば企業が将来における訴訟リスクをどう軽減するかという問題である。

 

 このように世界が動く中、パリ協定が日本政府のエネルギー・気候変動政策に与える影響は、残念ながら少なくとも短期的には限定的だと思われる。なぜなら現政権は、化石燃料会社、大手電力会社、大手重電メーカー、エネルギー多消費産業を支持基盤としているからである。しかし、間違いなくパリ協定は、金融や投資の世界においては大きなインパクトを持つ。国や政府の動きに関係なく、ダイナミックな状況変化に能動的に対応するか、あるいは受動的になすがままにされるかは企業が持つモラルとビジョンの両方次第である。

 

 明日香壽川(あすか・じゅせん):東北大学東北アジア研究センター中国研究分野教授兼同大環境科学研究科 環境科学政策論教授、 (財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクター、環境省中央環境審議会地球環境部会排出量取引制度小委員会委員など兼務