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政治と増税。スウェーデンの「首相の決断」(藤井良広)

2016-05-29 15:15:59

Swedenキャプチャ

 

 本サイトの本題「環境金融」から少しはずれる。安倍政権は来年4月に実施を予定している消費税率10%引き上げの再延期を決めたという。

 

 「首相の決断」の理由の一つには、先のG7の伊勢志摩サミットの宣言でも議論となった「世界経済の先行き」への危機感があるという。サミットの宣言では「新たな危機に陥るのを避ける」との文言が盛り込まれたが、内外から、「消費税増税延期の口実」づくりだ、との指摘が公然とされている。

 

 国内景気では企業業績は悪くはない。だが、消費低迷が長引き、日銀のマイナス金利政策導入などにもかかわらず、景気が堅調に転じる展望は一向に得られない。そこに消費税増税を予定通り実施すると、ますます消費が縮小するとの懸念は、その通りだろう。

 

 しかし、「だから増税は再延期」というのが首相の決断だとすれば、増税で是正しようとした「財政再建」はどうなるのか。しかも当初予定していた2015年10月の引き上げを延長しており、二度目の延長が、さらなる先送りにつながらないという保証はない。

 

 政治と税の関係を考える時、いつも心にめぐるのが、1990年代初めに、インタビューした当時のスウェーデン首相、イングヴァール・カールソン氏の発言だ。

 

Carlsonキャプチャ

 

    80年代のスウェーデンは、当時の英国のサッチャー政権の「小さな政府」と対峙する形で、社会民主労働党政権による社会福祉重視の「“成功した”大きな政府」として知られていた。しかし、大きな政府は大きな負担なしでは維持できない。追いつめられる形で、カールソン政権は90年に大規模な増税と歳出カットを発表した。

 

 当然、スウェーデン国内では猛反発が起きた。市民・労働者の福祉・厚生に力点をおいてきた社民党への信頼が失望に転じたのだ。このままでは91年に予定する総選挙で、敗北するかもしれない、という見方が高まる中、筆者は首相とのインタビューの機会を得た。

 

 外国のジャーナリストが、特定国の首相と単独会見をすることはまれだ。チャンスを得ることができたのは、筆者が北欧担当でそれまでもスウェーデン等の政治・経済の記事を書いていたことと、もう一つの偶然があった。そのころ、イラクのクウェート侵攻という第一次湾岸戦争が勃発した。欧州ではテロへの警戒で、多くの人々が行動を控える事態が起きた。各国の要人たちも行動を控えたようで、カールソン首相のスケジュールも少し空いたようだった。

 

 カールソン氏は、すでに首相の座に5年就いていた。気さくで落ち着いた雰囲気の中での記者会見は、秘書も入れない一対一の対話となった。いくつかの質問の中で、増税の話は聞かないわけにはいかない。

 

 率直に聞いた。「増税を断行するのですか。そうすると、間もなく予定している総選挙で社民党は負けるかもしれないと言われていますが・・」。

 

 首相の答えは明快だった。「負けるかもしれない。負けないようにしたい。しかし、税制の見直しはわが国にとって今やらなければならない課題だ。国民が反対していることはわかっている。しかし、国民が嫌がる政策を実行することは、政権を担っている政党にしかできない。政権党というのはそういう決断をしなければならないのだよ」

 

 「国民が飲みたくない『苦い薬』を飲ませるのが、政治の役割なのだ」。淡々と語るカールソン首相の発言に、本物の政治家を見た思いがした。「野に下る」という選択は、権力を握る『政権政党』だけが為しうる「政策実行」の見返りに、自ら選ぶ道だということも。

 

 実際に、数か月後に行われた総選挙で社民党は1928年以来という低得票率で大敗する。そして政権は保守連立政権に移行、社民党は野に下った。しかし、増税は実行され、同国の財政赤字は改善に向かい始めた。

 

 スウェーデンの保守政権はサッチャー流の「小さな政府」を目指した。だが、市場任せの経済運営で不動産バブルを引き起こし、ほどなくして瓦解した。このため、次の1994年の総選挙で社民党は大勝し、カールソン氏は再度、首相に返り咲くのである。

 

 四半世紀も前に、カールソン首相が淡々と語ってくれた「政権党の役割」は、洋の東西を問わない政治の重要な真理ではないだろうか。今、わが国で衆参両院の過半数を制している自民党こそが、自らの政権運営の結果、長年にわたって積み上げた膨大な財政赤字の増大に歯止めをかけ、財政再建に踏み出す責務を持ち、実行力を持っている。

 

 今、グローバル市場に漠然と漂ういくつかの不安の一つが、「日本の財政問題」であることは間違いないだろう。中国が、G7宣言を皮肉って、「もっとも財政赤字を抱えている国(日本)が景気対策で財政出動を呼び掛けるとは」とのメッセージを日本に送ってきたのも、的をはずしているわけではないだろう。

 

 もっとも中国経済も、「社会主義市場経済」という異形のシステムをいつまでも維持できるわけではない。しかも、中国では「政権党(共産党)」に野に下る選択が用意されていない。中国の危うさに比べると、わが国は政権党に「決断の自由」が託されている。あとは政治家と政党に器量があるかだ。 (藤井良広)

 

 

藤井良広(ふじいよしひろ) 日本経済新聞記者を経て、上智大学教授等を歴任。現在は同大客員教授の傍ら、本サイトを運営する一般社団法人環境金融研究機構(RIEF)代表理事を務める。