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加速する「脱炭素化」の流れを「不動産のESG投資」につなげるには?(堀江隆一)

2016-11-27 14:51:24

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  世界では「脱炭素化」に向けた動きが加速している。

 

 産業革命前からの気温上昇を2℃より十分に低く、できれば1.5℃以内に抑えることを世界共通の目標とする「パリ協定」が、本年11月4日に発効した。昨年12月の協定採択からわずか11ヶ月後のことであり、以前の「京都議定書」の際には採択から発効まで7年以上もかかっていることと比較すると、隔世の感がある。

 

 米国次期大統領に選出されたトランプ氏の気候変動政策がどうなるかというリスクはあるが、各国は気候変動問題をリスクであると同時にビジネスチャンスであると捉え、本気で「グリーン経済への大転換」(market transformation)を図ろうとしている。

 

 10月下旬にドバイで開催された国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)の年次総会では、あの産油国であるUAEの気候変動・環境大臣が、グリーン経済への転換とそのためのグリーン金融の拡大の必要性を高々と謳い上げた。

 

 こうした中、世界のエネルギー消費・温室効果ガス排出の30~40%を占める建築・不動産セクターに対する期待は大きい。わが国においても、国全体の温室効果ガス排出削減目標は2030年度までに26%減(2013年度比)である中、「業務その他部門」(オフィス・商業施設など)と「家庭部門」では、40%減とされており、建築物の省エネ・低炭素化には高い期待が寄せられている。

 

 一方、気候変動問題が投資・金融の分野に大きな影響を与える例としては、「座礁資産」(stranded assets)の問題がある。英国のカーボン・トラッカー・イニシアティブの試算によれば、世界が2℃目標を達成するためには、化石燃料の推定埋蔵量の70~80%は「燃やすことができない資産」となってしまう。

 

 座礁資産を保有する企業は、会計上、減損処理をしなければならないことになるため、グローバルの投資家・金融機関の間では、金融リスクとして認識され始めている。不動産投資においても、省エネ・環境性能が低い物件は、中長期的には陳腐化して価値が下落し、これが座礁資産になっていくのではないかと考えられているのである。

 

 こうした情勢を受け、各国の公的年金基金などの不動産投資家が“不動産会社・ファンドのESG指標”として活用する「グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク(GRESB)評価」に参加する不動産会社・ファンドも毎年増加し、今年の参加者数はグローバルで759、日本では46となった。J-REITからは30社が参加し、J-REITの時価総額ベースでは78%を占めている。

 

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 このGRESB評価において、日本の参加者の評価はこの数年で大きく伸びたが、唯一「グリーンビル認証」の分野ではグローバル平均に追いついていない。日本は、建築物の総合的な環境性能を示すグリーンビル認証(CASBEE-不動産、DBJ Green Building認証など)では健闘しているが、エネルギー性能に特化した「省エネルギー格付」の普及が遅れているのが、その理由である。

 

 省エネルギー格付は、「ビルの燃費」を示す。日本でも、車や家電を購入する時に、燃費や省エネ性能を気にしない人はほとんどいないと思うが、なぜかビルの燃費はあまり気にされない。欧州、米国、オーストラリアなどでは、建物の燃費を示すラベルが多くのビルの入り口などに表示されており、売買や賃貸に不可欠な情報として活用されている。

 

 このような国々では、省エネ格付を義務化するだけでなく、それに基づいた踏み込んだ政策を展開している。例えば英国では、省エネルギー性能評価書(EPC)におけるランクが一定よりも低い不動産は、ビルオーナーが省エネ施策を講じてランクを上げない限り、原則として賃貸することが違法となる(新規契約においては2018年4月から、既存契約においては2023年から)。

 

 こうした不動産がそのまま放置されれば、価値が毀損する「ブラウンディスカウント」の状態となり、ひいては座礁資産となっていくだろう。逆に言えば、こうした低格付の物件を保有するオーナーが賃貸収入を得続けるためには、省エネ改修などの努力をせざるを得ないこととなり、これが不動産市場全体の省エネ・環境性能の底上げにつながる。

 

 わが国においても、本年4月から、建築物省エネルギー性能表示制度(BELS)などの省エネ性能表示が努力義務化され、不動産事業者は、売買・賃貸の相手方に物件の省エネ性能を表示するよう努めなければならなくなった。政府はBELS取得のための補助金制度も設け、普及を推進している。

 

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 不動産のESG投資の進展には、こうしたグリーンビル認証・省エネ格付の普及に加え、不動産評価に省エネ・環境性能が反映されることが重要であろう。わが国でも、グリーンビル認証を取得したビルの方が、そうでないビルよりも賃料が高いという「グリーンプレミアム」を示す分析結果が、調査機関などによって示されるようになってきた。しかし、不動産評価に省エネ・環境性能を組み込むことはまだほとんと行われていない。

 

 一方、不動産鑑定において世界的に影響力のある英国王立チャータード・サベイヤーズ協会(RICS)の基準では、鑑定士が鑑定評価を行う際には、サステナビリティに関するデータを取得しなければならないとし、データの裏付がある場合には、省エネ・環境性能が鑑定価格の算定に組み込まれる。

 

 日本においても、省エネ・環境性能が不動産評価に反映され、築古であっても環境性能が高い物件が正当に高い評価を受けられるようになれば、不動産のESG投資は大きく拡大するであろう。そのためには、鑑定士や金融機関が不動産評価をする際、省エネ・環境性能に関するデータを考慮に入れていくことが必要ではないだろうか。

 

 堀江隆一(ほりえ・りゅういち) 不動産ビジネスのESG支援や環境不動産の調査業務等を行うCSRデザイン環境投資顧問株式会社代表取締役社長。日本興業銀行、メリルリンチ証券、ドイツ証券などを経て独立。責任投資原則(PRI)日本ネットワーク不動産WG議長、GRESBベンチマーク委員会委員などを兼務。