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環境省が進める「グリーンボンドガイドライン」の「ブラウン度合い」(藤井良広)

2017-03-01 19:56:17

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 環境省が進めている「グリーンボンドガイドライン」が今月中にも開示される。国がグリーンボンドに対して「ガイドライン」なる基準を示すのは、債券市場の未成熟な途上国では例があるが、先進国では日本だけ。債券発行とは無縁な環境省が目指すガイドラインには、グリーンならぬ、「ブラウン」な部分がチラつく。

 

 グリーンボンドについてはすでに国際的な民間金融機関が立ち上げた市場ベースのガイドラインである「グリーンボンド原則(GBP)」がある。またそれとは別に、英国の非営利団体のClimate Bonds Initiative(CBI)が独自のClimate Bonds Standard(CBS)を公表している。いずれも任意の基準だが、グローバル市場で発行される主要なグリーンボンドはどちらかに準拠しているケースが増えている。

 

 こうした市場標準とは別に、国別のガイドラインをまとめているのが、中国とインドだ。ともに、金融規制機関や中央銀行などの金融当局が、国内の債券市場への導入策として、国内の発行体向けに出している。それぞれ「GBPと整合性がある」としているが、中国では石炭火力発電なども「クリーンコール」としてグリーンボンドの資金使途先として認めているように、国内版グリーンボンドの「グリーン度」は、自国の都合を加味している。

 

 環境省が、あえて途上国の政府ばりの「国内版ガイドライン」を目指す理由は、同省のガイドライン案の目的に記載されている。①海外と比べわが国における普及は十分とはいえない②グリーンウォッシュ債券(実際には環境改善効果がないのに、あるかのように偽装すること)が出回ることを防止する③わが国の特性に即した解釈を示すーーなどだ。

 

 グリーンボンドといっても、通常の社債等と同じく債券市場で取引される金融商品である。なので、金融商品の適切性や、投資家保護を担当する金融庁が対応するならばわかるが、環境行政を担当する環境省がなぜ、グリーンボンドのルール化を目指すのか。こうした疑問に対して、ガイドライン案は「グリーンボンドのグリーン性に焦点を当てて整理したもので、債券としてのリスクについては整理の対象にしない」としている。金融庁の領域との線引きを意識したものとみられるが、ではその「グリーン性」とは何だろうか。

 

 「グリーン性」についての説明は、同案にはない。対象となるプロジェクトのグリーン性を指しているように読める。再生可能エネルギーや省エネなどの9事業だ(いずれもGBPからの引用)。ただ、再エネ事業は経産省の所管だし、省エネは経産、国土交通両省、自然資源の管理は農水省などと他省庁の管轄だ。生物多様性や汚染防止など、環境省が所管する事業もあるが、これらを一括して「グリーン性」という網をかける法的根拠は何法に基づくのだろうか。

 

 環境省が独自に国内ガイドラインなるものを作成する法的根拠のあいまいな一方で、明確な方向感が示されている点が2点ある。一つは、GBPとの関係だ。同案は「基本的な考え方」として、「GBPとの整合性に配慮した」としながら、GBPの基本原則である4つの要素(①資金使途の明確化②プロジェクト評価と選定プロセスの明示③調達資金の管理④レポーティング)について、「これらのすべてに対応しなくてもいい」との立場を示している。

 

 「環境改善効果(②)やレポーティング(③)が十分でなくても、調達資金が環境改善効果のある事業に確実に充当されるのであれば」4要素を満たさなくてもいい、というわけだ。さらに「環境改善効果があるかどうか」は、レポーティングよりも、発行体が示せばよいとしている。筆者はこの点について、以前にも「発行体寄り」と指摘したが、同案では修正されていない。http://rief-jp.org/ct4/67386

 

 つまり、金融商品であるグリーンボンドの購入者である投資家目線が入っていないのだ。グリーンボンドが「グリーンウォッシュボンド」に転ずるのは、発行体が適正な情報開示をせず、それをチェックする市場の仕組みも十分に機能しない場合である。発行体が自ら「環境改善しました」と言っただけでは投資家にとっては不十分なので、十分な情報開示や第三者によるチェック等が求められるのである。しかい、環境省案は「レポーティングもなくていい」と書いている。

 

 環境省は金融政策を担う立場にないことから、投資家配慮を“見落とした”とも読める。だが、同省案全体に目を通すと、見落としではなく、意図的な「配慮」の疑念が浮上する。それはグリーンボンドの「グリーン性」を検証する第三者機関への「留意事項」とする項目である。

 

 グリーンボンドの外部評価には、同案にも記載のように、コンサルや格付け会社、監査法人等、多様な業態がすでにグローバルに活躍している。先ごろ発行されたフランスのグリーンボンド国債でも、民間のESG評価会社がグリーン評価を行なっている。それぞれの第三者機関に一長一短の特徴があり、市場競争となっている。

 

 ところが環境省案は、この点で「外部機関に求められる専門的知見」として、①グリーンプロジェクトに関する環境評価、認証の専門的知見②調達資金の管理に関する財務・会計監査等の専門的知見、の2点が考えられる、と明記している。

 

 ①は当然だが、②は監査法人を指していると読める。多様な第三者機関のうち、特定の業態を名指ししたような意見をどうしてここに盛り込んだのだろうか。そう思って、環境省案をまとめたグリーンボンド検討会の委員名簿を見て、気づいた。

 

 第三者機関に関連する委員として、監査法人・会計士の委員が2人いる。だが他業態の委員は全く不在だ。さらに実は、同検討会には日本公認会計士協会からオブザーバーが毎回出席している。つまり、委員・オブザーバー合わせて10人強のメンバーのうち、3分の1近い3人が会計業界の出席者で占められているのだ。

 

 環境省と会計士協会の関係は深い。今回のガイドラインを手掛ける同省総合環境政策局環境経済課には、常時、監査法人からの出向ポストが用意されている。これまでの政策面でも、環境報告書ガイドラインや環境会計ガイドラインなどは、環境省と会計士協会が二人三脚の形で実質的にまとめてきた経緯がある。とはいえ、いずれも、国際的なルールの広まりで、現状では実用性を欠き、無用の長物と化している。

 

  ひょっとして、「報告書ガイドライン」「環境会計」での”失敗”を、今度は「国内向けグリーンボンド」を監査法人・会計士に限定した認証制度として普及させることで、「二人三脚」の利便性を復活させようとしているのでは、との疑いが生じる。グリーンではなく、「ブラウン」な疑念だ。

 

 こうした視点で、もう一度、同省案をみると、提言自体が整合性を欠いている点も見えてくる。本記事の前半で指摘したように、同省案がGBPの4項目を満たさなくてもいい、との発行体寄りの提言をする一方で、その提言通りならば満たさなくてもいい項目でもある「調達資金の管理」については、第三者機関の「専門的知見」を「財務・会計監査等」に限定した条件を示している点だ。

 

 これらの疑問の諸点については、同省が募集したパブリックコメントにも提示した。どのような回答が返ってくるのだろうか。グリーンな回答を期待したいが、どうか。

 

 

 藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 大阪市立大学卒、日本経済新聞元編集委員、上智大学客員教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。