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日産・スバルの無資格者検査が浮き彫りにする「Gの非財務的欠陥」(藤井良広)

2017-10-30 13:12:02

nissan1キャプチャ

 

  日産自動車の完成車の無資格検査問題が、スバルにも波及した。30年以上前から続けられていたという。神戸製鋼所のデータ改ざん問題と中身は異なるものの、共通するのは、守るべき基準や資格が、「間違った現場工夫」に支えられてきた点だ。自動車の場合、本来は行政や第三者が実施すべき検査を、企業任せとした官民一体体制が意味を失っているのに誰も手直しせず、今回の「自損事故」に至るガバナンスの機能不全を露呈した。

 

写真は、謝罪する日産自動車の西川 廣人社長)

 

 発端となった日産での無資格者検査問題では、発覚後も、子会社の日産車体湘南工場では無資格者の検査が続けられていた。また、九州、栃木、追浜の各工場では、国交省に届けていた場所とは違う場所に移して、無資格検査を続けていたという。

 

 日産での無資格検査が9月29日に発覚後、ほぼ一カ月たって公表したスバルの場合、無資格者の研修の一環として無資格者に実地の検査をさせていた。さらに、有資格者がそれらの検査に捺印して認める慣習も長期間、続けられてきたという。しかも日産の問題が発覚して初めて、自分たちの検査方法の問題点に気付いたという。

 

 日産もスバルも、長年にわたって無資格者検査を続け、発覚後も続けたり、有資格者が検査結果をカバーアップするなどの行為も常態化していた。メディアからは「悪質」との非難が浴びせられている。ただ、会社側は「悪意はなかった」と懸命に弁明する。確かに、結果として、安全性に問題があったとの報告は、これまでのところない。

 

謝罪するスバルの吉永泰之社長(手前)
謝罪するスバルの吉永泰之社長(手前)

 

 完成車の最終検査は、国土交通省が道路車両運送法に基づく「通達」で求めている。だが、その検査の中身は各メーカーに任せる仕組みを長年にわたって維持してきた。メーカーは、社内の従業員の知識と技能を認定して検査させてきた。一方、行政は通達を補完する認定基準も作らず、検査員の養成方法や作業手順などもメーカに丸投げしていたのが実態のようだ。

 

 スバルの事例がそれを証明する。完成車検査が検査員になるための実務訓練の場として活用していた。これは、検査自体が形式的なものであることを示している。また、この検査は国内向けの車だけに適用され、輸出用の車では無資格者の検査でも問題はないことも指摘されている。輸出車は日本の道交法の対象でなく、有資格者による最終検査を求めていないためという。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53265

 

 普通に考えても、最終検査で不良な車が発見されるという工場は、現在の高度に自動化された自動車工場では考えにくい。「競争力」以前の問題だ。つまり、検査自体に実質的な意味がなく、高度成長期の規制を継続した「念のための工程」だからこそ、スバルのように研修の場に切り替えて「有益に活用」していたのではないか。

 

 問題は、こうした検査体制が長年変更もされず、各社がそれぞれに「現場工夫」で続けてきた点にある。日産については、コストカッターの異名をとるゴーン会長のイメージから「経費削減で手抜きしたのでは」との見方もある。だが、それよりも、だれが検査をしても実質的な違いがなく、「手抜きの意味もない」というのが正解だろう。

 

 容易に気づくのが、この制度の有効性である。通達を出した国交省自体が、現場でのこうした対応に長期間気づいていなかったことが判明している。通達を発した後、メーカー任せの制度を何十年も続け、問題が発覚するまで担当課も通達の存在すら忘れていたのではないか。

 

完成車の最終検査の模様(日産)
完成車の最終検査の模様(日産)

 

 規制は作るが、運用は企業に任せる、という高度成長期に形作られた官民一体の企業の競争力推進体制。一度定められた通達は、時代が変わっても、意味をなさなくなっても見直されず、企業側も受け入れたまま、現場工夫での対応で日常化してきた。しかし、この構造を企業のESG(環境、社会、ガバナンス)の視点でみると、明確なガバナンス(G)の欠陥、である。

 

 企業組織が法令上の「ルール違反」「規制違反」の慣習を長年にわたって放置し、かつ発覚によって、自社製品の品質への信頼が大きく損なわれたわけだから、経営者は「悪意はなかった」では済まされない。長年にわたって現場の実態を見ず、行政からの丸投げの通達を、現場に丸投げしていたことが発覚したのである。

 

 ESGが問われるのは、企業価値に影響を与える要因のうち、財務情報ではつかみきれない重要な非財務要因を特定し、迅速な対応をとる必要性が、本当の企業価値を把握するうえで高まっているためだ。これらESGのうち、もっともつかみにくいのが、実はGの非財務要因である。

 

 多くの企業が、G対応で、社外取締役の採用や指名委員会の設置など、外形的な組織整備に取り組んでいることをアピールしている。だが、実はESGとして求められるのは、それらの「見える」整備だけではない。今回のように、無意味と思えるような検査でも、トヨタ、ホンダ、マツダ、スズキなどは、有資格者検査を堅持していた。「ルール無視」を現場任せにしてきた2社は、コンプライアンスをなおざりにしていたことになる。まさにGの非財務的欠陥があったと言わざるをえない。

 

 本来は、時代遅れとなった行政指導や不用なルールは、無駄なコストにつながるので、行政に対しても適切化を求めるのが、評価されるガバナンス力だろう。その意味では、有資格者検査を実施してきたメーカーを含めて、日本の自動車業界は全体として、望ましいガバナンス力を発揮していたとは言えない。今回の出来事が、現下の自動車メーカーのグローバル競争に影を落としたことは間違いない。果たして、その「影」の大きさに気付いた経営者がいるのかどうか。

                                                                    (藤井良広)

 

藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 日本経済新聞元編集委員、上智大学地球環境学研究科客員教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。