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企業不祥事と社会関係資本の「負のインタンジブルズ」(越智信仁)

2017-11-16 15:04:04

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  社会関係資本(Social Capital、以下SC)における関係性は、一般に橋渡し型(bridging)、結束型(bonding)に分類される[1]。橋渡し型は、結束型に比してより弱く薄いが、より横断的なつながりとして特徴付けられ、社会の潤滑油とも言うべき役割を果たす。これに対して、結束型は、社会の接着剤とも言うべき強い絆、全社的な連帯感・一体感・結束によって特徴付けられ、内部志向的である。逆に、この性格が強過ぎると、SCが健全で生産的な方向に機能せず、社会の中での偏向や、内部指向的で人々の視野を狭める絆となり、時に排他的な姿勢につながる場合もあり得る[2]。特定の集団の利益のためにSCが用いられる場合には、粉飾や談合、賄賂、隠蔽といった社会全体とってのマイナス要因として作用し、非効率を生む関係性へ変質する可能性がある。

 

<企業不祥事における社会関係資本の「ダークサイド」>

 

 こうした結合型SCに内在する負の危険性は、SC研究者の間ではSCの「ダークサイド」として論及されることが多いが、そこでは、カルテルを結成したり、人種差別等の活動を行ったりするグループが現れると、経済パフォーマンスの悪化や、社会参画・社会移動の遮断、コミュニティの対立を招く要因となる危険性が指摘されている。ここで留意が必要なのは、「ダークサイド」という問題は、関係性という機能的実在性(資源)の存在を前提に、関係性の機能の仕方にフォーカスした概念ということである。通常、資源は正の機能を発揮しているので、資源そのものの価値をポジティブに評価することに違和感がなく、資源イコール正の価値因子と暗黙のうちに見なしてしまっていることが多いが、資源が負の価値因子(「負のインタンジブルズ」)になることもある[3]

 

 SCの「ダークサイド」に起因し企業価値をマイナス方向に引っ張る事象としては、企業不祥事(不正、粉飾等)による悪評が最も直感的に理解しやすい事例であろう。企業不祥事の原因の多くは企業内部のどこかに問題があり、何らかの企業資源が健全な(正常な)状態にないために生じている[4]。近時の神戸製鋼、日産等の事例以前から、例えば三菱自動車が各種不具合を長らく社内で隠蔽し続けた背景には、社員相互の結束型SCの負の機能も作用した[5]。また、東芝不正会計問題を巡る第三者委員会の調査報告書によれば、CEOから再三にわたり財務部門に対して「過度なプレッシャー」が課せられていたとされるが、財務担当取締役の社内における地位が低くCEOからの圧力に対して抵抗する力が乏しい背景として、会計・財務に対する意識が同業他社に比して乏しく、上司の意向に逆らうことができない東芝の企業文化が影響していることも指摘された。

 

 企業不祥事の根底には、経営者リスクを含む企業文化の問題があり、企業文化は社員の組織行動パターンや組織構造としてSCを構成する要素である[6]。会社に入って1年もすれば価値観や行動パターンなど会社のカラーに染まるように、SCには職場の人間関係のみならず組織目的や価値観の共有といった企業文化が大きく影響し、プラスに作用すれば企業文化は他のSC構成要素とともにのれんの源泉として機能し得る[7]。他方で、結束型のSCが生み出すダークサイドによって、不祥事の温床が形成され、企業だけでなく社会のステークホルダーに外部性をもたらす可能性もある。同様の事例は、直近の神戸製鋼や日産等のみならず、近年において東洋ゴム、化血研(化学及血清療法研究所)など多くの「開示不正」においても共通に観察される[8]

 

<企業価値を毀損する「負のインタンジブルズ」>   

 

 人的・組織要因に係るインタンジブルズに関し、①既に存在する労働能力・スキルの経済的無形資源という意味に止まらず、より広く、②世評を介さず実在する人的・組織的な利益創出力の多寡も含む動的な概念と位置付けると、資本コストを下回る成果(ないし懸念)を招来した価値因子は「負のインタンジブルズ」と識別される(下図参照)。負の因子には、例えば革新的経営力(リーダーシップ等)の機能不全状態も挙げられるが、企業帰属SCの「ダークサイド」が過少収益力を惹起するのであれば「負のインタンジブルズ」に含まれることになる[9]

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  • (出所)越智信仁[2015] 『持続可能性とイノベーションの統合報告』日本評論社、142頁を一部加筆・簡略化。

 

 他方、組織体内に風通しのよい企業文化が生まれ、現場のモラルが高く、企業倫理も浸透していることが、優れた経営管理能力(リスクマネジメント力)、ひいてはブランド価値(正のインタンジブルズ)を引き出す基礎となる。企業文化は内部統制上の統制環境とも密接に関連しており、トップは企業目標や企業理念を明確に示し、社員との間で共通理解に達していることが健全な企業文化を形成し、組織運営の有効性・効率性にも影響を与える。企業文化論では、経営幹部の理念とリーダーシップの下、共通の価値を中心にして、組織のアイデンティティ(カルチャー)が従業員のコミットメントや学習能力によって基礎付けられている状態こそが、良好な経営業績を生む条件であるとされる[10]

 

 企業文化は経営戦略や組織運営のベースとなるものであり、真に成功する企業は経営者みずからが強力な企業文化の形成を行っている[11]。例えば、企業家精神が強く従業員が経営ビジョンを理解している企業ほど収益性も高くなるという実証結果[12]のほか、ブレイクスルー・カンパニーのリーダーの多くが「会社の性格」創りを最優先課題にしているとの調査結果[13]もみられる。トップマネジメントが健全な企業文化を強化し、従業員の創造性発揮や横断的な組織協力を可能にするSCを蓄積するとともに、それを新製品や新事業の開発を可能にする組織能力へとつなげていかなければならない[14]

 

 企業文化は、リスクマネジメントにおいて見えざる安全装置として機能すると同時に、危機発生後の復元力(resilience)の源にもなる[15]。例えば広く知られているように、ジョンソン&ジョンソンは1980年代央にかけて、鎮痛剤「タイレノール」に毒物が混入される事件が生じた後、巨費を投じて店頭の全ての製品を回収したほかペリエは1990年代初頭、ボトルから微量のベンゼンが検出されたことを受けて、莫大な費用をかけて製品を徹底的に回収した。こうした危機に適切に対処し表明した気遣いは、会社が誠実であると消費者の信頼を獲得することにつながり、その後の株価回復へとつながった。こうした対応を可能にさせる企業の見えざる源泉としての企業文化が、統制環境に定着していることが重要となる。

 

<組織内社会関係資本の健全化にも資する統合報告>  

 

 その際、企業文化に影響する見えない行動規範のマネジメント・可視化に向けて、統合報告等の開示媒体は組織内の価値認識の共有化にとっても有用と考えられる。健全な求心力を伴った企業文化の醸成に向け、企業内透明性を高めていくためのツールとして、統合報告等の報告媒体は外部向けの訴求のみならず企業内組織価値の共有化にも役立てられよう。統合報告の肝となる価値創造プロセスや戦略の全体像、中長期ビジョン、行動基準等を分かり易く外部に開示することは、外部へのコミットメントであると同時に、企業文化に影響する見えない行動規範のマネジメント・可視化、価値認識の組織内浸透にも活用され得るのである。

 

 統合報告の導入効果に関するアンケート調査結果では、外部向けの効果のみならず、社員による経営戦略等の理解が進んだり、部門間コミュニケーション機会が増加するなどの効果も窺われている[16]。例えば、MS&ADグループ等では統合報告書を組織構成員の価値認識共有手段としても機能させている[17]ほか、丸井グループでは中長期的企業価値向上の「共創IR活動」を通じて、社内的にも中期目標へのコミットメント醸成やグループ戦略・事業戦略の理解促進に貢献しているとされる[18]

 

 企業価値に関係する非財務情報の開示において、SCという関係性の概念を用いることは、SCに起因する各種インタンジブルズの包括的な理解や、過少収益力を惹起する「負のインタンジブルズ」の原因分析に資するとともに、企業価値創造に向けたSCマネジメントにも貢献可能と考えられる[19]。そこで統合報告等は、SCのダークサイドが「負のインタンジブルズ」として企業価値を毀損しないよう、健全な企業文化の醸成に向けた組織内の情報共有・透明化ツールとしても役立てられ得るのである。

 

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[1] Putnam, Robert [2000] Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Simon & Schuster.(柴内康文訳 [2006]『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』柏書房、19頁)。

[2] 内閣府[2003] 「ソーシャル・キャピタル―豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて」、18頁。

[3] 越智信仁[2016a]「社会関係資本のダークサイドと「負のインタンジブルズ」」『産業経理』76巻1号、51頁。なお、「知的資産」の文脈でプラス面のみならずマイナス面にも注目すべきことは、Harvey, Michael and Robert Lusch [1999] Balancing the Intellectual Capital Books: Intangible Liabilities, European Management Journal, vol.17, no.1, pp.85–92や、Caddy, Ian [2000] Intellectual Capital: Recognizing both Assets and Liabilities, Journal of Intellectual Capital, vol.1, no.2, pp.129-146によって先駆的に研究されている。

[4] 上田和勇[2008]「組織資産のリスクマネジメントによる企業価値最適化」『専修ビジネス・レビュー』3巻1号、4頁。

[5] 稲葉陽二[2017]『企業不祥事はなぜ起きるのか』中公新書、20頁。稲葉陽二[2005]「ソーシャル・キャピタル研究の潮流と課題」シンポジウム報告書『NPI(非営利団体)サテライト勘定による非営利活動の統計的把握―ソーシャル・キャピタルの経済的評価をめざして』統計研究会、100頁。

[6] 稲葉[2017]、前掲、ⅳ頁。金光淳・稲葉陽二[2013]「企業ソーシャルキャピタルの企業業績への効果役員内部構造と企業間役員派遣ネットワーク構造分析アプローチ」『京都マネジメント・レビュー』22号、137頁。

[7] Kaplan, Robert and David Norton [2004] Strategy Maps, Harvard Business School Press.(櫻井通晴・伊藤和憲・長谷川惠一監訳[2014]『戦略マップ:バランスト・スコアカ-ドによる戦略策定・実行フレームワーク[復刻版]』東洋経済新報社、316頁)は、企業文化を「戦略の実行に必要とされるミッション、ビジョンおよび中核的価値観を意識させ、内部に浸透させる」ものと定義し、リーダーシップ他とともに組織資本に含めている。

[8] 八田進二編著[2017]『開示不正―その実態と防止策』白桃書房。

[9] 越智信仁[2015]『持続可能性とイノベーションの統合報告』日本評論社、144頁。越智[20016]、前掲、52頁。

[10] 佐藤郁哉・山田真茂留[2004]『制度と文化―組織を動かす見えない力』日本経済新聞社、12頁。

[11] 青木克生[2003]「組織文化と学習組織」大月博司・高橋正泰編著『経営組織』学文社、170頁。

[12] 青木幹喜[2003]「日本企業の組織能力と財務的業績―日本の製造企業を対象にした実証分析」『大東文化大学経営論集』5号、43頁。

[13] McFarland, Keith [2008] The Breakthrough Company, Random house.(高橋由紀子訳[2008]『ブレイクスルー・カンパニー』講談社、151頁)。

[14] 青木幹喜[2003]、前掲、51頁。

[15] Sheffi, Yossi [2005] The Resilient Enterprise: Overcoming Vulnerability for Competitive Advantage, MIT Press.(渡辺研司・黄野吉博監訳[2007]『企業のレジリエンシーと事業継続マネジメント』日刊工業新聞社]、267頁)。上田和勇[2010]「現代企業経営におけるソーシャル・キャピタルの重要性」『社会関係資本研究論集』1号、23頁。

[16] 伊藤嘉博(主査)[2017]「『統合報告』が企業会計に及ぼす影響に関する考察(日本会計研究学会スタディグループ最終報告書)」、25頁。

[17] 宮永雅好[2017]「「CGコード第2章の趣旨に添った経営と情報開示のあり方についてーCSRと経営戦略、IRの融合をいかに進めるべきか?」日本IR学会第15回年次大会自由論題報告配布資料、4頁。

[18] 加藤浩嗣[2017]「丸井グループの共創IR活動」日本IR学会第15回年次大会パネルディスカッション配布資料、4頁。

[19] 越智信仁[2016b]「ソーシャル・キャピタル論の統合報告への含意」『総合政策紀要』27号、66頁。

 

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 越智信仁(おち のぶひと) 日本銀行を経て2015年から尚美学園大学総合政策学部教授。京都大学博士(経済学)、筑波大学博士(法学)。書籍・論文にて、日本会計研究学会太田・黒澤賞、日本公認会計士協会学術賞、日本内部監査協会青木賞、国際会計研究学会賞、日本NPO学会賞を受賞。  http://www.shobi-u-ochi.jp/