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映画「不都合な真実2:放置された地球」公開によせて: アル・ゴアと世界の気候変動政策の20年の歩みと新たな希望(江守正多)

2017-11-19 23:11:53

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「不都合な真実2:放置された地球」(c)2017 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

 

「ヒーロー企業にならないか?」

 

 国連の気候変動交渉COP21が開催されているパリから、アル・ゴア元米副大統領が電話をかけ、アメリカの太陽光発電企業ソーラーシティのリンドン・ライブCEOをこんなふうに口説く。交渉で態度の固いインドを軟化させるため、ソーラーシティの太陽光発電技術をインドへ無償提供することを提案するシーンである。

 

 ドキュメンタリー映画「不都合な真実2 放置された地球」が11月17日、日本で公開される。試写を見ながら筆者の脳裏に浮かんだのは、有名な「沈没船ジョーク」だ。

 

 沈没船の船長が、乗客に海に飛び込むよう説得してまわる。まずアメリカ人のところに行き、「ヒーローになりたければ飛び込んでほしい」というとアメリカ人は飛び込む。ゴアのセリフは、可笑しいくらいこれとそっくりだ。ちなみにこのジョークは、イギリス人には「紳士ならば飛び込んでほしい」、ドイツ人には「これは規則だから飛び込んでほしい」という具合に続く。各国の国民性を皮肉っているのである。

 

気候変動に立ち向かう姿を描く

 

 映画は、2006年に上映された「不都合な真実」の続編であり、前作に続き、アメリカ元副大統領のアル・ゴアが気候変動問題に立ち向かうために世界を変えようと奮闘する姿を描いたドキュメンタリーである。

 

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「不都合な真実2:放置された地球」(c)2017 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

 

 気候変動(ここでは「地球温暖化」と同じ意味で用いる)は、ご存知のとおり、人間活動に起因する二酸化炭素などの温室効果ガスの排出により、大気の温室効果が強まり、地球の平均気温が上昇する問題である。これに伴い、極端な気象の増加、氷床の融解、海面上昇、生態系の変化などが起き、人間社会に深刻な悪影響がもたらされることが懸念されており、その一部はすでに起き始めていると考えられる。

 

 アル・ゴアは世界各地で講演活動を行い、この問題について人々にわかりやすく語るとともに、一緒に活動する人々を育て、「産業活動に伴う気候の変化が人類に深刻な悪影響をもたらす」という「真実」を「不都合」に思う人たちと戦ってきた。その戦いの歴史を振り返ってみると、あまりの浮き沈みの連続に改めてこの問題の困難さを実感できる。

 

ゴアと世界の気候変動政策の栄光と挫折

 

 20年前の1997年。京都で行われていた国連気候変動枠組条約の第3回締約国会議(COP3)に、当時アメリカ副大統領だったゴアが乗り込み、京都議定書の交渉を政治決着させた。ゴアのこの問題における最初の栄光の瞬間といえるだろう。

 

 2000年、アメリカ大統領選の民主党候補になったゴアは、共和党候補のブッシュに僅差で敗れる(本当は勝っていたなどの話があるが、公式には敗北であることに変わりない)。ブッシュはアメリカ経済への悪影響を理由に京都議定書の批准を拒否。ゴアと気候変動政策にとっての大きな敗北となった。

 

 2006年、政治家を引退して講演活動を続けていたゴアは、映画「不都合な真実」のスクリーンで人々の前に再び現れる。映画はアカデミー賞を受賞し、翌2007年にゴアは「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)とともにノーベル平和賞を受賞。この映画の効果で世界中の多くの人々が気候変動問題の認識を深めた。再び訪れたゴアの栄光である。(ただし、ゴアの影響でアメリカ国内においては気候変動政策が「リベラルのアジェンダ」とみなされ、社会における保守とリベラルの分断を深めたという批判もある)。

 

 2008年には気候変動政策に積極的なオバマ大統領が誕生。2009年に京都議定書の次の枠組づくりを目指すコペンハーゲンでのCOP15に臨むが(日本では民主党政権が誕生し、鳩山首相が出席)、交渉は失敗におわる。ゴアに目立った出番は無かったが、世界の気候変動政策にとっては再び大きな挫折となった。

 

 しかし、その後のCOPでも粘り強い議論が続けられ、仕切り直しとなった新しい枠組づくりの大舞台となったのが2015年、パリでのCOP21だ。ここで国際社会は歴史的なパリ協定の合意に成功する。パリ協定では、すべての国が対策に参加する形で、長期目標として世界の温室効果ガス排出量を今世紀中に正味でゼロにすること(本質的には「脱化石燃料」といってもよい)に合意したのだ。映画で描かれているように、ゴアにとっても三度目の栄光の瞬間である。

 

 そして現在、アメリカではトランプ大統領が誕生し、パリ協定の離脱を表明した。国際的にはパリ協定の求心力が維持されているが、アメリカ国内においては、三度目の挫折の真っ只中といえるかもしれない。なんという目まぐるしさだろうか。

 

パリ協定を可能にした世界の変化

 

 しかし、これらの激しい浮き沈みの裏側で、変わらずに進行していた世界の変化が少なくとも3つあった。そのどれもが、パリ協定の合意をもたらした背景として重要なものだ。

 

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「不都合な真実2:放置された地球」(c)2017 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

 

 一つめは、中国、インドなどの新興国の目覚ましい経済発展である。京都議定書の時代には、途上国は、これまで地球環境を汚しながら発展してきた先進国を非難し、自国の発展の権利を主張し、先進国にのみ対策を求める立場だった。ところが、今や中国、インドやこれから発展する他の国々も対策を行わなければ気候変動は止まらないことが次第に誰の目にも明らかになってきた。

 

 二つめは、気候変動の進行と悪影響の発現である。大気中二酸化炭素濃度は増加の一途をたどり、2014年、2015年には世界平均気温が最高記録を顕著に更新した。アメリカでは2012年にニューヨークとニュージャージーを襲ったハリケーン・サンディーが気候変動の脅威をアメリカ国民に印象付けた。もちろん、個々の異常気象の原因を人間活動に求めることはできないが、気候変動が異常気象の頻度を上げ、威力を強めている可能性は高い。これに加えて、中国やインドなどでは深刻化した大気汚染への対策が化石燃料の利用を削減する大きな誘因となってきている。

 

 そして三つめは、イノベーションによる対策技術の進歩である。再生可能エネルギーや蓄電池などのイノベーションが進み、価格の低下と導入量の伸びがおおかたの予想を大きく上回る速度で起きている。原理的には、再生可能エネルギーのコストが蓄電池などの安定化コストを含めて、化石燃料よりも安くなってしまえば、世界のエネルギー供給は一気に脱化石燃料にシフトしてもおかしくない。現時点ではまだ乗り越えるべき課題が多いが、将来そのようなシフトが実際に起きる可能性が、次第に現実味を増してきている。

 

途上国の象徴としてのインド

 

 「不都合な真実2」で描かれているインド政府の交渉ポジションは、象徴的にこれらの変化を反映しているようにみえる。

 

 映画で描かれているように、奇しくもCOP21の期間中にインドのチェンナイで大洪水が起きた。インドでは毎年のように熱波や洪水で多くの犠牲者が出ており、気候変動への危機感はもともと強かっただろう。しかし、チェンナイの洪水被害が象徴的にモディ首相をはじめインド政府のパリ協定合意への決意を新たにさせた効果はあったかもしれない。

 

 そして、まだまだ貧しい地域にたくさんの人口を抱えるインドは、これからも石炭を使った経済発展の権利を主張する。しかし、先進国が技術と資金を提供してくれるのであれば、新設する電源を石炭火力ではなく、再生可能エネルギーに切り替えていくことはやぶさかでないのだ。これはパリ協定における途上国の典型的なポジションだろう。

 

 映画の中で、インドのこのポジションをよく理解しているゴアは、インドに技術と資金を提供するという条件がそろうように奔走する。本稿の冒頭に触れたソーラーシティの件は、COP21におけるゴアの活躍のクライマックスだ。ゴアがインド政府の態度を変えさせ、パリ協定を合意に導いた。ゴアが世界を救った。映画から伝わってくるのはそういう印象である。

 

 ただし、これはいくら実際の映像といっても、ゴアとその周辺から見た角度で撮られ、編集されたものであるということを念頭に置いて見たほうがよいだろう(筆者は映画を見ているときは興奮し、涙さえ溢れたが、この解説は冷静になってから書いている)。実際にゴアの活躍がどこまでインド政府に影響を及ぼしたのか、筆者は断定を避けたい。

 

ゴアの希望と、パリ協定のパラダイムシフト

 

 さて、アメリカ連邦政府の態度が気候変動問題に関して絶望的な状況にありながらも、現在のゴアはこの戦いの「勝利」に関して楽観的であり、希望に満ち溢れている。これはもちろん映画の大部分がトランプ政権誕生前の材料に依っているせいでもあろうが、ゴアの希望にはもっと確かな根拠があるように感じられる。

 

 京都議定書とパリ協定ではパラダイムが変わった、ということがよく言われる。京都議定書の交渉は、負担の押し付け合いのゲームだった。しかし、パリ協定以降の世界は機会(チャンス)の取り合いのゲームに変わった。今世紀中に世界が脱化石燃料を目指す流れは定まり、その移行の過程をいかにリードし、その過程で生じるビジネスの機会をいかにものにしていくかという新たな競争が始まったのだ。

 

 トランプ政権がパリ協定の離脱を表明しても、米国内の多くの大企業が再生可能エネルギー100%の目標を掲げ、気候変動対策に積極的に取り組んでいる事実が、雄弁にそのことを物語っている。

 

 映画の終盤で、ゴアはテキサス州ジョージタウンの市長を訪れる。市長はゴリゴリの共和党保守派だが、市の電力のほぼ100%を太陽光と風力で賄っている。なぜならば、単にその方が、価格が安定しており得だからだ。イデオロギーを超えて、おそらく気候変動の科学を信じるか否かさえ超えて、得な方を選べば結果的に温室効果ガスの排出が減る。そういう地域が実際に出始めているのだ。

 

では私たちは日本をどうすべきか

 

 冒頭の「沈没船ジョーク」のオチはこうだ。ほとんどみんなが飛び込んだ後、船長は最後に日本人のところにやってきて言う。「みんな飛び込んでいますよ。さあみなさんも……」

 

 パリ協定の合意の半年ほど前、2015年6月に世界で一斉に行われた「世界市民会議」という社会調査によれば、世界平均では3分の2の人が「気候変動対策は生活の質を高める」と回答している一方、日本では3分の2が「気候変動対策は生活の質を脅かす」と回答した。日本では、気候変動対策に我慢、辛抱、負担のイメージがいまだに付きまとう。まず、この時代遅れな後ろ向きの感覚を、前向きに変えていこう。

 

 そして、日本の政治やビジネスのリーダーは、どうか遠慮なく、新しい競争でいち早くチャンスをつかむために、脱化石燃料という挑戦の海原に果敢に飛び込んでいってほしい。ゲームのルールが変わっているのに、自分たちだけが古いルールに従ったまま苛烈な国際競争に参加しているとしたら…。そんな状況は、想像するだけで恐ろしいではないか。

(初出:WEBRONZA 2017年11月10日)

 

 

 江守 正多 (えもり・せいた)国立環境研究所 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長(低炭素研究プログラム総括/社会対話・協働推進オフィス代表)。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書主執筆者。