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2017年、幕が開けた「ESG投資ブーム」 だが、危うい「評価体制」。「ESG優良企業」に相次ぐ企業不祥事。評価困難なガバナンス力(藤井良広)

2017-12-31 17:00:54

ESG4キャプチャ

 

  2017年はESG投資が表舞台に躍り出た年だった。一方、今秋、日産自動車、神戸製鋼所などのメーカーで発覚した不正検査、データ改ざんなどの日本の大手企業の不祥事は、ゼネコン等の談合疑惑にも広がった。これ等の企業の多くが「ESG優良企業」と目されてきた。「ESG投資ブーム」と投資対象企業の不祥事続出のギャップは何なのか。

 

 ESG投資ブームの火付け役となったのは、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)だ。7月に、日本株の運用でESG(環境・社会・ガバナンス)要素を加味して銘柄を組み入れた株式指数を3つ(総合型2つ、特定のテーマ型1つ)採用、1兆円の投資を宣言した。http://www.gpif.go.jp/operation/pdf/esg_selection.pdf

 

 これらの「GPIF採用」株式指数連動の投信が上場され、市場には自称、ESGアナリストや、コンサル、評論家が続々と名乗りをあげた。各地でセミナーやイベント等が何度も開催され、メディアも「ブーム」をあおった。

 

GPIFが説明するESG投資の効果
GPIFが説明するESG投資の効果

 

 だが皮肉なことに、「GPIF採用指数」で銘柄構成企業として選ばれた「ESG優良企業」の不祥事が続出したのも、2017年の特徴だった。

 

 GPIFが採用した株価指数「総合型」の一つの「MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数」に組み込まれた企業には、無資格検査の日産自動車、SUBARU、検査データ偽装の神戸製鋼、東レ、三菱マテリアルの各社が含まれていた。また、12月に発覚したJR東海のリニア中央新幹線の建設工事を巡る談合事件に絡んだ鹿島建設など大手ゼネコン4社もすべて「ESG優良企業」に評価されている(12月時点)。http://rief-jp.org/ct6/73464

 

 MSCIは、神戸製鋼について、10月に不祥事が発覚後、当初のAA評価から3段階引き下げ、BBとした。その後、12月の定期見直しでさらに、一段下げてBBBと最下位の水準にした。しかし、それでも引き続き、構成銘柄からは除外していない。

 

 GPIFが採用したもう一つの「総合型」の「FTSE Blossom Japan Index」の構成銘柄をみると、少し違う。日産、ゼネコン3社(清水以外)は対象にとどまっているが、神戸製鋼、SUBARU、東レ、三菱マテリアルは採用されていない。

MSCIジャパンESGセレクト指数の構成産業セクター
MSCIジャパンESGセレクト指数の構成産業セクター

 

「不祥事企業」はFTSEの4社に対して、MSCIは9社と、倍以上。民間で実施されている「ブラック企業大賞ノミネート企業」等にまで広げると、MSCIの「不祥事企業」は12社となる。MSCIの構成銘柄数はFTSEより約100社多いことから、不祥事企業も多いのかもしれない。構成銘柄全体に占める不祥事企業の比率はMSCIが4.8%、FTSEが4.0%で、1%近い差だ。

 

 当然だが、企業不祥事はESG評価のうち、G(ガバナンス)にかかわる。MSCIやFTSEなどの指数作成企業のほか、ESG評価を売り物にする資産運用会社、コンサルタントなどは、それぞれ独自のESG評価のクライテリア(判定基準)等を設定、「ESG優良企業は投資リターンも高い」と、ESGブームをアピールしている。

 

 ところが、日経産業新聞の調べによると、日産、神戸製鋼等の検査データ不祥事5社の株価への影響は、神鋼が5社で最大の41%の下落となり、時価総額に換算すると約2100億円が失われた計算で、5社全体では時価総額の損失は最大1兆円に達したことになるという。https://r.nikkei.com/article/DGXMZO25205110Y7A221C1X11000?type=my#AAAUAgAAMA

 

 こうした下落は短期的な相場の反応によるもので、長期的には株価は回復し、ESGの高さによって他社よりも時価は向上する、との説明もあり得る。ただ、将来のことは誰もわからない。不祥事発覚後に明らかになったことは、経営層が工場現場の検査体制を長年、把握しておらず、各社とも問題発覚は、内部告発によるという組織構造上の欠陥を露呈した。まさに「ガバナンスの失敗」が原因であり、ESGの「G」は機能していなかった。

 

ESG1キャプチャ

 

 これらの企業を「ESG優良企業」と評価する向きからは、「GはダメだがEとSはいい」との反論が出るかもしれない。確かに、日産は電気自動車(EV)に力を入れており、東レは環境・エンジニアリングやライフサイエンス等で実力を発揮している。しかし、ガバナンスが十分に機能しないと、こうした技術力も宝の持ち腐れになってしまう。

 

 ESGの判断が難しいのは、EとSとGをひとまとめに評価しようとするところに無理がある。いずれも財務評価が難しいので「非財務」要因と位置付けられるが、企業活動との関係はそれぞれ異なる。

 

 まず「E」は、気候変動の温暖化ガス排出量が明瞭なように、企業活動に伴う環境・社会への負荷をどう削減するかという視点が中心だ。政策による適切な規制が加われば、負荷の削減は新たな市場を生み出し、企業にとってビジネスチャンスになる。経済学的には外部不経済の内部化の議論になる。

 

 次の「S」の社会課題への企業の対応は、容易ではない。企業活動が直接、人権侵害や社会摩擦を引き起こす場合は、Eの場合と同様、企業価値への内部化が求められる。だが、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のように、社会全体の課題に企業が取り組む場合は、企業が立脚する外部経済としての社会インフラに対して、企業が応分の貢献をどうするか、ということになる。

 

 しかし、営利追求を本来任務とする企業にとって、それは容易ではない。ここでは、政策による規制よりも、政策が一定のリスクをとって、社会的課題を市場化する官民パートナーシップ(PPP)などの取り組みが求められる。

 

ESG5キャプチャ

 

 最後のGは、もっとも評価が難しい。多くの企業が誤解していると思われるのは、経営体制に手を入れて、「委員会設置会社」「社外取締役の増強」「女性取締役の登用」などの「形」に改めれば、Gの向上が図れるかのように、動いている点だ。しかし、ESGで本来問われるべきGは非財務要因であり、これらの「見える形」ではない。

 

 Gの非財務要因とは、財務的、構造的に「見えるG要因」ではなく、「見えないG要因」を推し量る点にある。それは、経営者の個人的な力量であり、システムとしての経営の機能性であり、リスクマネジメントの有効性であり、社員一人一人のやる気と、それを育てる職場環境等である。さらには外部の経営環境の動向なども含む。

 

 これらの要因が、通常の財務評価では十分に見えないからこそ、企業に対する評価は百人百様となり、日々の株価の変動要因にもなっている。EやSへの対応は、Gの経営判断によるが、そのGの妥当性の評価は、事前に設定した共通クライテリアでは測れないというのは、「企業は生き物」である限り、当然ともいえる。

 

 そう考えると、「ESG投資」の掛け声に乗っかるだけで、良い投資リターンが保証されると考えるのは、まさに投資側の「G」の放棄につながる。EとSとGはそれぞれ、企業価値構成の重要な要因であり、評価方法も、評価の程度も異なる。ESG評価の限界を見極めながらも、個々の企業価値を推し量る慎重さを失うと、2000年代初めのITブームと同じように、ESG投資は、虚構のブームで終わる可能性がある。

 

藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 日本経済新聞元編集委員、上智大学地球環境学研究科客員教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。