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アメリカ第一主義のエネルギー政策:アメリカをエネルギー落伍国にする危険(西村六善)

2018-02-06 21:24:35

trump1キャプチャ

 

 はじめに…「エネルギー支配」という新しい概念

 

 周知のとおり、トランプ大統領はアメリカを再度偉大にするという。それは経済全体を規制の縛りから解放し、米国の持てる資源を大動員して、経済を振興し、雇用を増大させると云う目論見だ。自国の化石燃料を最大限に活用するので外国や国際情勢にも影響されないでアメリカの強大化を図れる….アメリカは「エネルギー超大国」になれる。大統領の思考の中では「偉大なアメリカ」の実現は「国産エネルギーの支配」(energy dominance)から始まる(1)。

 

 トランプ政権は発足以来、「エネルギー支配」という新しい旗印の下で規制を撤廃し、国産の化石燃料の総動員を目指している。そして多くの懸案を大統領令の形でいとも簡単に片づけてきた。去年6月にはパリ協定からも離脱した。この協定はアメリカの成長や雇用に障害だという理由からだ。しかし、この「エネルギー支配」政策は成功しているのか? この一年を振り返ってみる。

 

1. 石油掘削規制の除去 

 

  トランプ政権は2017年3月にはキーストンXLパイプラインの建設を許可し、4月にオフショア石油掘削規制を緩和し、更に今年1月にはアメリカのすべてのオフショア領域で石油・ガス採掘を可能にする方針を発表した。また、過去半世紀にわたって、「環境保護か石油資源開発か」で国内で大論争を呼んできたアラスカの北極野生生物国家保護区での石油掘削も許可した。

 

  これらすべてはオバマ大統領が反対してきた案件だ。すべての「オバマ遺産」の殲滅を目指すトランプ大統領として当然の行動であった。唯、アラスカ州での石油開発は政治的な必然性もあった。トランプ政権の第一年目の唯一の目玉法案である税制改革法通過に必要な票固めの為、石油開発推進派だった同州のマコースキー上院議員を抱き込む為だった。

 

 しかし大規模な石油掘削の目論見は実現するのか?展望は困難に見える。先ずキーストンXLについては経済性の問題は濃厚に残っているし、先住民との対立の問題もある。訴訟リスクは続く。

 

keystonXLキャプチャ

 

 一方、アラスカの石油掘削にも大きな疑問符がついている。最初の土地のリース手続きに今後4年かかり、次のリースでも7年後だとされている。30年前の地質調査に代わる新たな地質調査をやるのかどうかも不明だ。

 

 それに環境派は断固巻き返しを図ろうとしている。現時点では2018年の中間選挙で民主党が議会で優勢とされているが、民主党はその場合、今回の決定を全面的に覆し、アラスカ北極圏の環境を永久保存する法律を目指すとしている(2)。

 

 全米オフショア掘削の解禁も大きな問題を孕んでいる。米国の沿岸部分の90%で石油・ガスの掘削を許すという大規模なもので、確かにこれが実現したら米国は世界の屈指の産油国になる可能性がある(3)。

 

しかし、この方針には、沿岸地域の殆どすべての知事が党派を超えて反対を表明している。理由は漁業と観光と自然資源の保全のためだ。どこでも油濁事故はごめんだ。地域振興には漁業とか観光の方が死活的に重要なのだ。知事だけでなく各州の司法長官や国防総省までが反対している。勿論アメリカの環境団体は、これを自然環境に対する総攻撃だと捉えて強い反対運動を開始している(4)。

 

このように石油ガスの大増産と云っても現実は簡単でない。石油資本は訴訟のリスク、地方政治の動向、世論の動きなどを天秤にかけて行かねばならない。そして何よりも世界的な石油価格の動向を冷静に分析してやっと長期投資に踏み切る…そういう問題だ。トランプ大統領の目論見は非常に不確かだ。

 

Shalegasキャプチャ

 

2. エネルギーと環境関連の大規模な規制撤廃

 

 日本ではあまり報道されていないが、トランプ大統領は大統領令などの権限を最大限に利用して大規模な規制緩和・廃止を進めている。勿論燃費改善基準も緩和方向だ。オバマ政権時代の規制が経済を窒息させ、雇用を縮小したので、規制を一掃すると云うのだ。しかし、規制は成長の足枷だという見方は誰の目にも間違いだ。規制や燃費基準が技術革新を生む。ここを無視する大統領の政策は米国を後進国家にするだけだ。

 

 この問題の深刻さを物語るように、ニューヨーク・タイムズ紙はトランプ大統領の規制緩和措置を常時アップデートしている(5)。勿論この中にはオバマ大統領がパリ協定を実行するために計画したクリーン・パワー・プラン関係分もある。石炭火力発電所への規制の撤廃などがそれだ。有力な環境団体であるシエラ・クラブは「今回の規制の解体は過去40年にわたる環境政策を全部反故にする深刻さだ」と糾弾している(6)。

 

  更に大統領は今年1月の年頭教書で発表した1.5兆ドルにのぼるインフラ投資計画でも規制を弱体化していく構えだ。道路、橋梁、パイプラインなどの建設を短期間に進め成長と雇用を急増させるために、環境や安全に関する規制を大規模に取り払うと云う発想だ(7)(8)。

 

3. 石炭産業を復活させると云う大統領の幻想  

 

 トランプ大統領は選挙期間中から石炭の復活には強い執念を燃やしていた。中西部の白人労働者への支援の柱として自分は石炭を必ず復活させると常に強調していた。失業した炭鉱労働者のことを決して忘れないと何度も弁じた(9)。この為、中西部の炭鉱地帯では一部の炭鉱労働者は転職のための職業訓練すら拒絶して、ひたすらトランプ大統領の約束を心待ちにしていたほどだ(10)。

 

  しかし、石炭は戻ってきていない。大統領は4万5千人の炭鉱労働者に職を与えると言ったが出来たのは精々1200人だとニューズウイーク誌は報じている(11)。

 

  元々戻ってくる筈はないのだ(12)。それは初めから分かっていた。世界的な需要の落ち込みや炭鉱作業の機械化、火力発電所の老朽化、天然ガスの低価格、再エネ価格の大幅低下、その他の理由で雇用は激減し、石炭投資は停滞したままだ。2006年から2016年までで米国での石炭の生産も消費も35-40%近く下落した。2017年中に、米国では27か所の石炭火力発電所が閉鎖された。石炭輸出だけはアジア方面を中心に増加したが、中国などの需要が今後低下するので全く将来性はない。それに石炭をめぐる係争事案が増大している。

 

coalキャプチャ

 

 トランプ大統領の政策手段は専ら規制の撤廃だが、石炭はその程度のことで復活するような問題ではない。オバマ大統領が攻撃したからではなく、市場のシグナルが石炭を市場から追い出そうとしている話だ。正しく市場を見ているマイケル・ブルンバーグ氏は大統領選挙期間中からトランプ候補の石炭復活論を将来性の全くない暴挙だと断定してきた(13)(14)。その見極めがつかない同大統領の理解の浅薄さが石炭労働者の悲劇を増大させているのだ。

 

4. 太陽光パネルへの関税賦課:アメリカのクリーン・エネルギーへの打撃か?

 

 トランプ政権は今年1月22日、電気洗濯機とともに太陽光パネルへの輸入関税を30%引き上げた。米国で設置されるパネルの80%は中国などの外国製だ。米国企業は、このまま安価な中国製パネルがアメリカ市場に流れ込むと米国パネル産業に打撃を与え、太陽光産業の26万人の雇用の10%相当の雇用が失われるというのだ。ひいてはアメリカの再エネ産業を衰退に追い込むと危惧されている。今回の決定は国内のパネル製造企業の苦情申し立てに基づく(15 )。

 

 それに、パネルへの関税賦課は外国の対抗措置を惹起するので、結局米国の利益に合致しないと云う批判もある。現にこの措置に対し、韓国のLG社は洗濯機の小売値段を引き上げると決めた。中国も黙っていないだろう。WTOに提訴し、パネルの原料となるポリシリコンの米国からの輸入に対抗措置をとるとされている。

 

 米国の環境派は、こぞってこれはクリーン・エネルギーに対する挑戦だと強く批判している。クルーグマン教授は「時代遅れの化石燃料びいき」だと論じている(2月3日付朝日新聞15面)。共和党の上院議員もこの措置には反対している有様だ(16)。

 

  しかし、本当に米国の再エネの拡大にブレーキがかかるのか?影響はそれ程深刻ではないとする議論もある。パネルという部品のコストが仮に30%上がっても太陽光パネル設置コスト全体の一部に過ぎない。ブルンバーグの再生可能エネルギー専門家集団(BNEF)の試算では、パネル自体の全球的なコスト低下によって今回の措置は大部分吸収されると云う。しかも課徴金は4年後には15%に低下する。こうなれば全く意味のないものになる(17)。ファティ・ビロルIEA事務局長も「これは再エネに別れを告げるようなものではない」と言明している(18 )。

 

  それどころか米国内では再エネ産業のような将来の成長産業の根幹を中国に占領されるのは国益に反するという議論も行われている(19)。石油を中東に依存することの危険に匹敵するというのだ。

 

5. 温暖化の科学への総攻撃:予算も職員も縮小し、言論も統制へ

 

 2012年の時点からトランプ氏は「温暖化は中国が米国を弱体化するための作り話だ」と云っていた。2017年大統領になって以降、執拗に温暖化の科学を攻撃した。それに伴い、気候変動問題に関する連邦政府の予算も職員の数も大幅に減額された。温暖化に関する基本データとかあらゆる情報は政府機関のウエッブサイトから除去された。温暖化が人為によると論ずる科学者は政府から全く相手にされなくなった。自由な研究と議論は不可能になった。温暖化の科学を信奉する職員は実際上不利益扱いを受けている。多くの連邦職員が退職し、職員の補充は滞っているか不適格者が任命されている(20)。

 

EPAキャプチャ

 

 更に深刻なことが起きようとしている。報道によればプルイット環境保護庁長官は温室効果ガスの健康被害判断を反故にしようとしていると云う。これは、2007年4月、連邦最高裁がCO2などの温室効果ガスは大気浄化法に規定する大気汚染物質の定義に該当すると判断したもので、環境保護庁のGHG排出規制の根拠になっている極めて重要な判断である。本当にそうなら、アメリカという国の将来だけでなく、地球環境全体にとっても極めて深刻な事態になりかねない(21)。

 

6.温暖化は戦略的脅威ではない。本当にそうなのか?

 

 温暖化はアメリカにとって戦略上の脅威ではなくなった。2017年12月に発表したトランプ政権の国家安全保障戦略(National Security Strategy)では、温暖化を米国の安全保障上の脅威のリストから除外した。ブッシュ、オバマ政権の下ではリストに載っていたものである。しかし、マティス国防長官は温暖化を国防上の危険な問題と捉えており、ティラーソン国務長官と並んでパリ協定残留を大統領に進言したとされている(22)。

 

  元々この戦略文書ではブッシュ政権以降温暖化の問題を安全保障上の脅威と認識してきた。要するに、温暖化は海面上昇や地域情勢の不安定化など一連の連鎖反応の原因だ。だから米国の安全保障に影響を及ぼす脅威だ。現に国防総省では温暖化に備えてハードとソフトの両面で対応が行われてきた。2015年発行のタイム誌は国防総省では「温暖化はすべてのリスクの根源だ」(Climate Change Is the ‘Mother of All Risks’ to National Security)とされていると論じている(23)。国防総省と国務省などが十分な研究を経て到達した結論を大統領がまともな議論もせずに否定しまうと云うのは深刻な事態だ。

 

結論として:それでもアメリカはクリーン・エネルギーに向かう

 

 2018年1月の一般教書演説では気候変動などは全く言及がなかった。それどころか石炭を「美しいクリーン・コール」と呼び、「石炭に対して(オバマが仕掛けた)戦いは終わった」等と述べた。なお、実はここで大統領が使った「クリーン・コール」と云う用語は水洗された石炭のことで、CO2排出を低下させる技術のことではない。

 

 大統領は用語を誤用していると米国メディアは伝えている。

 

 それは兎も角、大統領にとっては化石燃料だけが重要で、再生可能エネルギーなどは眼中にない点だけは確かだ。この1点だけでも世界の潮流に逆行している。1月後半ワシントン・ポスト紙は「ホワイトハウスの強い意向でエネルギー省の再エネ振興へのR&D予算(2019年度予算)の72%がカットされる」と云う驚くべき記事を掲載した(24)。

 

 議会がこの削減を認めることはないだろう。しかし再エネを否定するトランプ大統領の考え方は明らかだ。フォーブス紙はこの削減は「中国への贈り物だ」という記事を書いた(25)。

 

solar2キャプチャ

 

 周知のとおり、この政権は既に殆ど全ての政策分野で数多くの混乱を生んでいる。大統領の「エネルギー支配」と云う政策はきっと成功しないだろう。世界中がクリーン・エネルギーで技術革命を実現している現実に背を向けて行くのだから、先行する中国や欧州の後塵を拝することになるだろう。「エネルギー超大国」などは単なるお題目ということだ。

 

 そして、この大統領のエネルギー政策の失敗はアメリカの将来を一時、危険な方向に追いやるだろう。しかし、アメリカの経済と社会の現実はトランプ大統領の意向や命令の通りには動かないだろう。すでに米国議会では昨年末の税制改革法の審議の過程で、大統領の意に反して再エネと電気自動車への税控除の継続が決まった。数多くの有力メディアはトランプ大統領とは関係なしに、アメリカはクリーン・エネルギーへの大規模な転換を進めるだろうと論じている(26)。

 

 最近同大統領はパリ協定が米国にとって有利になれば復帰してもよいという趣旨の発言をしたと報道されている(27)。米国にとって有利なディールでなければ受け入れないというトランプ大統領一流の発想だ。貿易であれその他の問題であれ、米国だけが過去に不利益を被って来たと云う主張は事実誤認だ。アメリカの歴代政権を始め、どの国も最初から自己利益の最大化を図ってきた。そして利害を考量して最終的な妥協を図ってきたのだ。「前任者は失敗したが、自分がやれば旨く行く」と云うのが彼の口癖だが、国際交渉の現実を知らない人間の妄言だ。 私見ではトランプ大統領に有利なパリ協定の再交渉などありうる話ではない。

 

 

nishimura2キャプチャ

西村 六善(にしむら・むつよし) 元外務省欧亜局長。1999年OECD大使として気候変動問題に関与、気候変動担当大使、元内閣官房参与などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

<注>

(1) https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2017-07-06/american-energy-superpower

(2 )https://www.nytimes.com/2017/12/20/climate/drilling-arctic-anwr.html?_r=0

 (3)https://www.doi.gov/pressreleases/secretary-zinke-announces-plan-unleashing-americas-offshore-oil-and-gas-potential

 (4)https://www.ecowatch.com/offshore-drilling-in-the-us-2523558588.html

(5)https://www.nytimes.com/interactive/2017/10/05/climate/trump-environment-rules-reversed.html

(6)https://www.politico.com/story/2018/01/23/trump-energy-pipeline-drilling-paris-climate-353585

(7)https://www.nytimes.com/2017/08/15/climate/flooding-infrastructure-climate-change-trump-obama.html

(8)https://www.washingtonpost.com/graphics/politics/trump-rolling-back-obama-rules/?utm_term=.47a17c295921

(9)https://www.vox.com/2018/1/30/16953292/trump-war-on-coal-claim-fact-checked

(10)https://www.reuters.com/article/us-trump-effect-coal-retraining-insight/awaiting-trumps-coal-comeback-miners-reject-retraining-idUSKBN1D14G0

(11)http://www.newsweek.com/donald-trump-has-only-delivered-1200-coal-mining-jobs-despite-claiming-have-751885

(12)http://www.energy-democracy.jp/1944

(13)https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-10-11/anti-coal-effort-expands-with-64-million-from-michael-bloomberg

(14)https://www.bloomberg.com/view/articles/2017-11-24/u-s-coal-industry-shows-no-sign-of-comeback

(15)https://oilprice.com/Energy/Energy-General/Trumps-Solar-Tariffs-Wont-Kill-the-Industry.html

(16)https://www.washingtonpost.com/business/economy/its-trump-vs-the-gop-on-trade-as-administration-moves-on-tariffs-nafta/2018/01/24/7946b542-013a-11e8-bb03-722769454f82_story.html?utm_term=.d8edcff9fdaf

(17)https://www.bloomberg.com/view/articles/2018-01-24/trump-s-solar-tariff-is-bad-but-not-a-huge-deal

(18)https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-01-22/trump-taxes-solar-imports-in-biggest-blow-to-clean-energy-yet

(19)http://energypost.eu/energy-future-u-s-depend-cheap-solar-imports/

(20)https://www.washingtonpost.com/graphics/politics/trump-rolling-back-obama-rules/?utm_term=.70a93d0e6ef2

(21)https://www.cnbc.com/2018/01/30/epa-chief-scott-pruitt-wont-rule-out-repealing-endangerment-finding.html

(22)https://www.theguardian.com/us-news/2017/dec/18/trump-drop-climate-change-national-security-strategy

(23)http://time.com/4101903/climate-change-national-security/

(24)https://www.washingtonpost.com/business/economy/white-house-seeks-72-percent-cut-to-clean-energy-research-underscoring-administrations-preference-for-fossil-fuelsv/2018/01/31/c2c69350-05f3-11e8-b48c-b07fea957bd5_story.html?utm_term=.30ddfc0e09cc

(25)ttps://www.forbes.com/sites/peterdetwiler/2018/02/01/with-proposed-budget-cuts-trump-aims-to-give-china-a-huge-gift-in-the-emerging-energy-economy/#1e5029f318bb

(26)https://insideclimatenews.org/news/03012018/clean-power-renewable-energy-jobs-technology-grids-policy-2017

(27)https://www.theguardian.com/us-news/2018/jan/28/donald-trump-says-us-could-re-enter-paris-climate-deal-itv-interview