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「持続可能性のための金融に関するハイレベル専門家会議」最終報告書のインパクト( 西川綾雲)

2018-02-14 17:02:12

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  1月31日に欧州委員会が事務局を務める「持続可能性のための金融に関するハイレベル専門家会議(HLEG)」の最終報告書が公表された(RIEFホームページで解説は既報http://rief-jp.org/ct6/76445。最終報告書PDFファイルは「出版・資料室」からダウンロード可能http://rief-jp.org/book/76463)。

 

 20年近く、この領域で仕事をしている立場で、この最終報告書を読むと「環境金融の議論も遂にここまで来たか」と感慨無量だ。環境金融の本質は、環境負荷の外部不経済を内部化することだと、以前、この欄で書いた。市場の失敗の是正を図るのは、本来、政府の役割であり責任のはずだ。しかし、政府ですら「経済最優先」を錦の御旗に、経済活動にブレーキをかけるような行為にいつの間にか、ほとんど手を出さなくなってしまった。そこで、「このままでは将来、大損することになりますよ」という警鐘を掲げて、投資家、運用機関、銀行、保険会社を説得して回っているというのが、環境金融の普及を図る社会運動家の偽らざる実態だったともいえる。

 

 環境金融の普及は社会運動であったから、多くの国でその推進は、環境行政の一環に位置づけられることはあっても、金融行政の一環に位置づけられることは、これまでほとんどなかった。過去の国際的な金融政策の議論の中では、2004年にバーゼル銀行監督委員会による新銀行自己資本規制(バーゼルⅡ)において、最低所要自己資本の要件となる保有債権の担保評価で「銀行は、担保から環境保護上の債務が発生するリスク(担保物件に有毒物質が含まれている場合等)をモニターおよび管理すべきである」との一文が盛り込まれ、日本でも金融庁の金融検査マニュアルに盛り込まれたことぐらいではないか。

 

HLEG3キャプチャ

 

 仮に、もし今度のEU・HLEGの最終報告書の提言が、そのいくつかでも現実のものとして採用されるなら、環境金融は環境行政の一環ではなく、本格的に金融行政に統合されることになる。「環境金融の議論も遂にここまで来たか」と感慨無量である理由は、こうしたパラダイムシフト、あるいはターニングポイントの象徴としての役割を、この最終報告書は担うかもしれないと予感するからである。

 

 最終報告書の全部で28にわたる項目にちりばめられている提言内容のいくつかを列挙してみよう。

 

  • アセットオーナーおよび投資仲介業者は、顧客、受益者、組合員に対して負う責任の視野に合せて、ESG要因を含むリスクとバリュー・ドライバーの重要性を評価することを義務とする(Ⅲ.2.)。

 

  • 欧州証券市場監督局は、個人投資家への投資助言者に、投資の有する持続可能性の観点からのインパクトについて当該投資家の選好を尋ね、もしくはそれに応えることを、通常業務の一部とするよう要請する(Ⅲ.4.) 。

 

  • 欧州委員会は、2018年じゅうにグリーンボンドのための公的なヨーロッパ標準を導入する(Ⅲ.5.) 。

 

  • 欧州委員会は、2018年じゅうにグリーンボンドのための独立レビューや検証の提供機関に関する公認基準を作成させる(Ⅲ.5.) 。

 

  • 欧州委員会は、次の段階としてグリーンボンドの認証ラベルの創設を模索する(Ⅲ.5.) 。

 

  • 欧州監督機構は、気候関連リスクを手始めに、シナリオ分析のための手法等に関して経年的に専門能力を確立する(Ⅲ.8.) 。

 

  • 欧州委員会と欧州証券市場監督局は、短期偏重の圧力ならびに長期投資を阻害しているような規制や報酬制度について見直し評価を実施する(Ⅳ.1.) 。

 

  • 欧州委員会は、持続可能性のための金融に関する金融リテラシーの向上を図り、コストの掛からない容易な情報へのアクセスを促進する(Ⅳ.2.) 。

 

  • EUならびに加盟国は、G20、G7の会合で持続可能性のための金融を優先課題として提起する(Ⅳ.8.) 。

 

  • 欧州監督機構は、信用格付機関が持続可能性の要素を信用リスク分析や格付に統合するのを既存の規制枠組みを活用して推進する(Ⅴ.5.)

HLEG2キャプチャ

 

 筆者の従事するESG情報サービスや債券への外部レビューについても、「資本市場において持続可能性情報ブローカーは重要な役割を有している」と肯定的に位置付けながらも、「欧州委員会は、ESGデータ分析と格付を提供する組織に対して、ガイダンスの開発、より厳格な最低限の要件の設定、特に独立性の問題に注意を払って、持続可能性評価の明確さと透明性を高めるべきである」、「欧州委員会が、グリーンボンド技術委員会に、グリーンボンドの独立したレビューと検証の提供者(外部審査提供者)の認定基準を2018年に策定するよう指示することを提言している。そのような認定には、(i)企業倫理、利害の衝突、独立性の観点からの専門家としての行動規範、(ii)専門家としての最低限の資格、品質保証と統治、(iii)外部レビューのための標準化手続きに関する系統立てられた制度的要件を含む」という注文が付けられた。

 

 私見になるが、この最終報告書に盛り込まれた究極の提言は、次のふたつではないかと思う。その第一は、Ⅴ.1.の「銀行」の項に掲げられた提言、「HLEGは、欧州委員会に対し、バーゼルⅢ(バーゼルⅡの後、大銀行の自己資本再強化のために2010年に導入を決め、2017年12月に最終合意)の枠組みを異なる銀行に適用する際に、より大きな比例性を検討するよう促す」というものだ。回りくどい言い方になっているが、要は、銀行に要求される自己資本規制のハードルを環境金融の取組み度合いによって調節すべきだとする提言である。もし、これが現実のものになるのだとしたら、銀行は一気に環境金融になだれ込むことになるのは間違いないだろう。

 

 第二は、Ⅰ.1.という冒頭に掲げられている提言、「HLEGは、欧州委員会が持続可能性に関する分類体系に関する技術作業部会を2018年中に設立し、2018年もしくは2019年に、持続可能性に関する分類体系を作成するとともにその後の長期的なカバナンス体制を開発することを提言する」というものだ。要は、「持続可能性」の外形標準を定めるというのである。他の提言に盛り込まれている施策を実現していくためには、何が持続可能性のための金融かを定義する必要がある。何が「持続可能性」に貢献する金融であり、何が「持続可能性」に貢献する金融とはいえないのか、欧州委員会が白黒をハッキリさせよという提言だ。

 

 1月31日の公表後、この最終報告書に対しては、様々な反応が出ている。「これまで自由に発展を遂げてきた環境金融に、厳しい規制の網をかけ、手かせ足かせを嵌めるのか」や「これまでの金融行政の常識からいって、こんな荒唐無稽なことができるはずがない」といった冷ややかな反応もあるようだ。

 

 確かに、この最終報告書を受けて、仮に欧州委員会が何らかの義務化を伴う規制を導入しようとしても、EUの閣僚理事会および欧州議会の合意を得るプロセスを経る必要があり、簡単ではない。EUレベルで合意ができても、バーゼルⅢの枠組みはすでにスタートしており、追加の注文を求めて「バーゼルⅣ」を目指すとしても、合意までには数年後から10年はかかるだろう。実際にも欧州委員会だけが、バーゼルⅢの運用で、EU独自のアプローチを銀行に求めることも考えられない。

 

EU1キャプチャ

 

 それでも、筆者は、この報告書に欧州(正確には欧州のリベラル知識層や欧州委員会の官僚)の深刻な危機感が反映されているとみる。自由民主主義的な価値観、グローバルな市場統合への意欲、合理的な経済行動に対する信頼感などに裏打ちされた理念が、徐々に色あせている。代わって台頭しているのは、短期志向、大衆扇動、排他排斥的な孤立主義である。最後の砦といえるフランスとドイツでさえ、政権基盤は盤石ではない。こうした状況の下では、パリ協定もSDGsも達成などおぼつかないという心理が徐々に頭をもたげている。こうしたことを背景に、従来のヨーロッパ的なものが純化もしくは過激化している現象のひとつとして、今回の最終報告書は理解できるのではないか。

 

 注目したいのは、HLEGのメンバー構成である。WWF、SOMOのようなNGO代表も存在しているが、議長であるAXAのChristian Thimann氏をはじめ金融業界の関係者も少なからずいる。彼らの手にかかってもなお、「言えることは、この際、何でも言っておこう」というスタンスの斬新な報告書が取りまとめられたことに、一種の驚きを感じざるを得ない。

 

 しかも、報告書には、中国との連携が強く打ち出されている。「欧州はこれまでも、持続可能性のための金融に関する前衛であり続けてきた。しかし、決して独りではない」と書いたうえで、中国が近年、驚異的なコミットメントを行っていることを紹介している。また「EUと加盟各国は、鍵となる国と持続可能性のための金融に関する二国間協定を締結すべきことを提言する」としたうえで、鍵となる国の筆頭に中国を明記しているのである。

 

 環境や持続可能性の議論に背を向ける米国と、その対立軸を鮮明にしようとする欧州と中国という構図がどうやらハッキリしてきた。勿論、欧州の政治的不安定や中国政治の強権性を指摘することは容易い。しかし、たとえ荒唐無稽と批判されようと、自分たちの理想を100頁におよぶ文書としてまとめたことに、まずは敬意を表したい。そして、未来は与えられるものではなく、自らが作り出すものであるという姿勢に、学ばなければならぬと改めて思うのである。

 

西川綾雲(にしかわ りょううん)  ESG分野で20数年以上の実務・研究両面での経験を持つ。内外の動向に 詳しい。