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迷走する2050年の脱炭素戦略、原子力と石炭火力で未来は描けない(石田雅也)

2018-04-25 14:58:27

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 経済産業省は2050年までの長期的なエネルギー政策を検討するために「エネルギー情勢懇談会」を設置して、専門家による会合を9回にわたって開催した。その議論をもとに、最終回の会合(2018年4月10日)で「提言~エネルギー転換へのイニシアチブ~」をとりまとめた。2050年までに国の温室効果ガス排出量を80%削減するための政策を検討してきたが、提言では“総力戦”という表現を使って数多くの選択肢を追い求める方針を示しただけである。背景には、原子力と石炭火力に固執する一部の産業界の意向が透けて見える。(石田雅也・自然エネルギー財団)

 

廃炉や使用済み核燃料の対策には触れず

 

 この提言の目的は2050年に向けて、国全体で「エネルギー転換・脱炭素化」を推進することにある。8人の委員による議論の結果、「あらゆる選択肢の可能性を追求する複線シナリオ」を採用した(図1)。自然エネルギー(再エネ)を脱炭素化の主力電源と位置づけながらも、原子力や高効率の石炭火力の可能性を引き続き追求していく。国内の電力産業が積み上げてきた技術と資産を生かそうとするあまり、世界各地で進む自然エネルギーを中心としたエネルギー転換の流れから大きく後れをとる可能性がある。

 

「エネルギー情勢懇談会提言」のポイント.
図1:「エネルギー情勢懇談会提言」のポイント
出典: エネルギー情勢懇談会(2018年4月10日)

 

 従来のエネルギー政策と同様に「原子力依存度は低減」との方針を維持したものの、具体的な対策は示さなかった。「更なる安全性向上による事故リスクの抑制、廃炉や廃棄物処理などのバックエンド問題への対処といった取組により、社会的信頼の回復がまず不可欠である」と説明するにとどまっている。技術面では欧米で小型原子炉の開発が始まっていることに触れた程度で、将来に向けて原子力を推進する根拠は希薄なままである。

 

 2050年までの長期を見通した政策を提言するのであれば、安全性の観点から廃炉や使用済み核燃料の処分が最大の課題になるはずだ。脱炭素化の選択肢として原子力の可能性を追い求めるためには、その前提として老朽化した原子力発電所の廃炉と使用済み核燃料の処分に関するロードマップを示さなくてはならない(図2)。

 

脱炭素化の「野心的な目標」を達成するための課題
図2:脱炭素化の「野心的な目標」を達成するための課題
出典:エネルギー情勢懇談会

 

原子力を優位に保つコスト検証方法へ移行

 

 提言ではコストの検証に関して新たな方法論を持ち出した。ただし、その妥当性については十分に議論する必要がある。2030年のエネルギー政策をまとめた「エネルギー基本計画」の中では、太陽光・風力、原子力、石炭・ガス・石油といった発電方法によるコストをもとに、将来の電源構成を想定している。これに対して新たな検証方法は、再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせるなど、電力を供給するシステムとしてコストを算定する方法を提案している(図3)。

 

「脱炭素化システム」のコスト検証イメージ
図3:「脱炭素化システム」のコスト検証イメージ
出典:エネルギー情勢懇談会

 

 例えば太陽光や風力の発電コストが2030年度の目標である1kWh(キロワット時)あたり7円まで低下しても、蓄電池を組み合わせたシステム全体では69円になる、という試算結果を出した。一方で原子力に対するコスト算定方法や試算結果は明らかにしていない。自然エネルギーを主力電源に位置づけ、原子力の依存度を低減させる方針を掲げながら、コストの検証方法は自然エネルギーを抑制するようにしか見えない。これでは最適な手段とコストによるエネルギー転換は進まない。

 

日本の自然エネルギー技術を過小評価

 

 9回にわたる会合の中で、原子力を支持する委員のあいだから、日本の自然エネルギー技術に対する厳しい評価の声が何度も上がった。太陽光パネルや風力発電機の市場では海外メーカーが主導権を握り、国内においても日本メーカーの競争力は低い、との指摘である。提言の中では日本企業が強みを持つ脱炭素化技術として、水素・蓄電・原子力を挙げた。こうした考え方が、複線シナリオによる総力戦という提言の基本方針につながっているわけだ。

 

 しかし日本でも次世代の太陽電池をはじめ先端的な技術開発が進んでいて、その成果が出始めている。自然エネルギーの中核になる太陽光と風力に関連する技術開発は多方面に広がっており、日本企業が競争力を発揮できる分野は数多くある。2050年に向けた脱炭素化の技術を検討するにあたって、現時点の太陽光パネルと風力発電機の市場だけを見ていては戦略を誤る。長期的にエネルギー転換の主役になる太陽光と風力に関する技術開発を最重要の注力分野と位置づけるべきで、世界全体で市場が縮小する原子力や高効率石炭火力と同列に扱うのは適切ではない。

 

 もう1つエネルギー転換で重要な役割を果たす送配電網に関しても、提言の中では将来の可能性を的確に判断できていない。欧米をはじめ世界各国に広がってきた国際送電網について、「島国で国際電力網が乏しい英国」といった実態と異なる解釈を記載している。そのうえで「国際連系線を活用した再生可能エネルギー拡大という戦略は、日本にとって様々な課題があり、丁寧に検証しなければならない」と消極的な姿勢を示した。すでに民間レベルで国際送電網の検討が進んでおり、国の長期戦略に組み込むことが可能な状況になっているにもかかわらずだ。

 

 「野心的だが決め打ちしない」ことによる総力戦では、重要な分野で後れをとる確率が高まる(図4)。ハイリスク・ローリターンの戦略になる可能性が大きい。世界の潮流を正しく見極めながら、原子力と石炭火力に固執することなく、自然エネルギーの拡大と省エネルギーの推進に注力した脱炭素戦略を立案することが求められる。

 

提言で示した2030年と2050年のエネルギー戦略の違い
図4:提言で示した2030年と2050年のエネルギー戦略の違い
出典:エネルギー情勢懇談会

 

エネルギー情勢懇談会の提言:
提言(1,198KB)
提言のポイント(248KB)
関連資料(6,299KB)

 

 自然エネルギー財団のサイトから許可を得て転載 https://www.renewable-ei.org/activities/column/20180419.html

 

石田雅也(いしだ・まさや) 日経BP、スマートジャパンを経て、2017年4月から自然エネルギー財団の自然エネルギービジネスグループマネジャー。日経BP時代は、日経コンピュータ編集長や初代ニューヨーク支局長も務める。