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グリーンボンドを巡る「lose-lose」論。「グリーン性」を誤解する日本的思考(藤井良広)

2018-06-11 08:30:48

Greenbondキャプチャ

 

 「グリーンボンドはwin-winプロダクトではなく、lose-loseプロダクトだ」。グローバルに拡大しているグリーンボンド市場に、”冷や水”を浴びせるような発言が話題を呼んでいる。発言の主は、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の水野弘道理事(運用担当)兼最高投資責任者(CIO)というから、二度びっくりだ。

 

 水野氏は4月に世界銀行の会議にメッセージを寄せた。メディアの報道によると、その中で、「グリーンボンドは発行体にとってはコストが高く、投資家にとってもコストが高い」と述べたという。水野氏はその理由として、「発行体にとっては、グリーン性を評価する必要があり、その費用が通常のボンドよりかかる。投資家にとってのコストは、通常のボンドに比べて流動性が低く、そのコストがかかる」とした。

 

 つまり、グリーンボンドは、発行体・投資家双方が得をするwin-winプロダクトではなく、双方が損をするlose-loseプロダクトとの論法だ。「グリーンボンドはコストアップ」という主張は、日本の環境省も似たような立場のようだ。同省は「グリーン性を評価するセカンド・オピニオンやコンサル等の費用がかかるため、発行体に対して一件当たり最高5000万円の補助金をばらまく」政策を打ち出している。http://rief-jp.org/ct4/79853

 

GPIFの水野弘道氏
GPIFの水野弘道氏

 

 水野氏の「lose-lose 論」は、従来の社債との表面的な比較では正しいともいえる。しかし、グリーンボンドという新しい債券の意味を踏まえているのか、というのが欧米のグリーンボンド市場関係者の反発だ。いや、反発というよりも、「ミズノは、わかっていないね」という失望感が漂う。

 

 英メディアによると、Amundi Asset Managementの機関投資家分野の共同担当者、Frederic Samama氏は「グリーンボンドの重要なベネフィットは、ボンド市場の投資家が、株式市場の投資家と同様に、発行体の気候変動対応にエンゲージして投資する点だ」と、社債との比較論を超えて、グリーンボンドが投資家を動かす要因を指摘する。

 

 実際に、日本でもグリーンボンドを購入した機関投資家は、「〇〇発行のグリーンボンドに△△億円分、投資した」との投資表明を実施するパターンが定着しつつある。これは投資家が発行体のグリーンプロジェクトを前提として投資するエンゲージメント活動というわけだ。

 

 Samama氏は、GPIFも株式市場においては、投資先へのエンゲージメント活動を強調している、と指摘。水野氏自身が、GPIFが委託した資産運用会社に気候変動に関するエンゲージメント活動をとるよう要請していると、これまで再三、アピールしてきたことにも言及。「GPIFの資産運用会社はそうしたエンゲージメント活動による追加コストをマネジメントフィーに組み込んでいるはずだ」と述べ、ボンドの場合だけエンゲージメントのコスト論を強調する水野氏の論法に、首を振る。

 

 同氏は、水野氏が指摘する流動性への疑問についても首を傾げる。GPIFのようなユニバーサルインベスターにとって、「流動性はそれほど重要だろうか」と。大規模年金基金は海外でも、通常「バイ・アンド・ホールド(投資したら、ずっと持ち続ける)」を基本戦略するところが少なくない。「水野さんのGPIFもそうでしょ」。

 

 スウェーデンのSEBのclimate and sustainable finance責任者のChristopher Flensborg氏は「グリーンボンドは金融セクターが気候変動に対応することを促す役割を果たす。投資家に対しても(気候変動等で)教育し、活発に活動するよう促す。その結果、投資家は抱えるポートフォリオが持つ環境面の影響を抑える規制や情報開示の必要性等に気づくようになっていく」と述べる。これこそが、グリーンボンドに投資する投資家が受ける大きな利益だと強調する。

 

 同氏は発行体が得るメリットとしては、グリーンボンド発行のプロセスで投資家とのコミュニケーションを改善できる点(Samama氏が指摘した投資家による投資表明もその一つ)をあげる。こうしたコミュニケーションの深まりこそが、win-winを生み出すというわけだ。

 

 さらにこう語る。「今、グリーンのボンドとグリーンではない同じ価格の債券を比較販売したら、どうなるか。私はグリーンが買われると思う。特に、若い世代の顧客になれば、その傾向が高くなる」。だが、水野流でいけば、日本市場だけは、そうではないということかもしれない。

 

 ところが、実は日本の市場でも、グリーンボンドのほうが買われる現象はすでに起きている。たとえば、戸田建設が浮体式洋上風力発電の建設資金をグリーンボンドで調達したところ、従来型の債券よりも低い調達コストで販売できた。投資家の買い注文が殺到したためだ。http://rief-jp.org/ct4/76862

 

 グリーンボンドのセカンド・オピニオンを提供する英Carbon Trustの担当者、Nick Harris氏は、「われわれは、英バークレイズ銀行が最初に発行したグリーンボンドを扱った経験がある。その際、バークレイズのスタッフたちは、PR効果と評判向上という点で、これまでにない最高のボンド発行だった、と口をそろえて称賛した」と紹介している。戸田建設もコスト削減だけでなく、評判向上にもつながった。

 

 PR効果に加えて、期待されるのが「ハロー効果」だ。グリーンボンドの発行で市場の評判や好感度を得ると、その発行体が提供する他のプロダクト(例えば、金融機関の場合は、グリーンローンや、グリーン住宅ローンなど)の売れ行きも良くなるという好循環現象が起きるという。

 

 水野氏が投げかけた「lose-lose論」や、環境省の「高コストのグリーンボンド発行への補助金」という論法と、それに対するグローバル市場からの反論を比べると、日本の官僚や公的機関の担当者が、「市場の多様性」を十分に理解していないことがよくわかる。

 

 彼らが気付かないような、発行体と投資家とのコミュニケーションの深まりや、PR効果、評判効果、さらにはハロー効果、規制変化への対応等は、実際にグリーンボンドの取引を重ねた経験から実感される市場のエフェクト(効果)である。こうした効果は、コストを大きく上回る可能性がある。何よりも、グリーンボンド市場が毎年、急成長を続けているのは、コストを上回るベネフィットが、発行体、投資家の両方にあるからとみるべきではないか。それに気づく力があるかどうかだ。

 

 グリーンボンドの発行・投資の市場取引において、lose-lose論を日本人が提起したことは興味深い。グローバルにはグリーンボンド市場をさらに拡大するため、ボンド規格標準化の流れが動き出しており、「グリーン性」の厳格化が求められている中で、日本は事実上、孤立しているためだ。

 

 日本で環境省が出しているグリーンボンドガイドラインは、市場基準のグリーンボンド原則(GBP)の最低基準を厳格に守らなくてもいいとしたうえに、資金使途も、GBPの「100%グリーン」から、「50%以上ならいい」と大幅にディスカウントしている。海外の関係者からは「loose-loose(緩々の)基準」と呼ばれている。

 

 日本でのグリーンボンドの発行が、欧米や中国に比べて相対的に少ないのは、政府やGPIFなどが「コスト高」を安易に強調するため、新規の発行候補企業が二の足を踏んでしまう、との見方もある。これは再生可能エネルギー発電の普及が進まない状況とも、どこか似ている。政府が「再エネは高い、原発が安い」とのコスト面での主張を変えず、原発死守のエネルギー・電力体制を維持しようとしているためだ。

 

 グリーンボンドのlose-lose論を展開することで、水野氏は何を守ろうとしているのだろうか。あるいは、単に少し、しゃべり過ぎただけなのか。

 

藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 日本経済新聞元編集委員、上智大学地球環境学研究科客員教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。