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仙台における石炭火力発電所稼働差止訴訟の論点(明日香寿川)

2018-06-23 16:35:52

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  1. はじめに

2017年10月1日に仙台で営業運転を開始した仙台パワーステーション(以下では仙台PS)は、関西電力と伊藤忠系列会社の共同出資による石炭火力発電所である。この仙台PSに対して、現在、筆者を含む地域住民124名が原告団を組織し、操業差止めを求めている(2017年9月27日提訴。2018年7月18日が第四回期日)。今回の訴訟は、2012年以降に、世界の流れに逆行して日本で急増した石炭火力発電所計画に対して市民が対抗するものであり、石炭火力発電所の操業差止め訴訟は日本で初めてである。

 

  訴状の内容は、1)気候変動、2)大気汚染、3)仙台港近くの干潟への悪影響の3つからなっている。

 

 気候変動では、「熱波と豪雨という二つの極端現象に関しては、個別の現象の発生と人為的な温室効果ガス排出との関係が統計データなどの充実によって1対1対応させるような議論が可能になってきている」という最新の研究成果を強調し、大気汚染と同様に、人格権侵害として訴えている。

 

 大気汚染では、大気汚染物質の大気拡散モデルから推定した大気汚染物質濃度上昇値、疫学知見に基づいた単位大気汚染物質上昇量あたりの死亡率上昇割合、大気汚染物質に曝露する人口などから、新設される石炭火力発電所がもたらす近隣地域での具体的な死亡者数と低体重出生数を専門家に依頼して推算した(結果は、一般的な稼働期間の40年間で、それぞれ760人と44人)。このように近隣地域に住む人々が受ける健康被害を明確かつ定量的に示すことによって原告の人格権の侵害を訴えている。

 

 仙台港近くの干潟への悪影響では、2011年の東日本大震災で一度は破壊されたものの、奇跡的に復活した蒲生干潟の生態系サービスの重要さを訴えている。いわゆる環境権の侵害を主な論点としているが、水銀などの重金属による汚染が食物連鎖によって人間の健康にも影響することも懸念される。

 

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 これらの主張と同時に、1)電気が余っている現状で首都圏に売電(公共性なし)、2)故意に稼働前アセス・健康調査せず(加害責任の曖昧化)、3)電力自由化便乗・自己短期利益最優先・住民無視・被災地感情無視のビジネスモデル(安い石炭で売り抜け)、4)パリ協定遵守に不十分な日本の気候変動政策にさえ不整合、という合わせ技のロジックで被告の責任を問うている。

 

 以下では、紙幅の問題から、1)大気汚染がもたらす具体的な健康被害による人格権侵害、2)受忍限度、の2つに限定して論点を述べる。

 

 2. 大気汚染による人格権侵害

 

 ここでは、具体的な健康被害によって生命・身体に関わる人格権が侵害されることを論理的に示すために、1)日本では、現在においても大気汚染が深刻なこと、2)大気汚染物質、特に微小粒子状物質(PM2.5)の濃度には閾値がなく低濃度でも健康被害が発生していること、かつ、PM2.5濃度などがわずかに上昇しただけでも死亡者(注)および低体重出生児などの健康被害が新たに発生すること、3)仙台PS稼働によって仙台PS付近のPM2.5濃度が上昇すること、およびその具体的な大きさ、4)仙台PS稼働によって死亡者および低体重出生児が発生すること、およびその具体的な大きさ、の4点について順に述べる。

 

 注: 大気汚染がないときと比べて追加的に増加する死亡者の絶対数を意味する。早期死亡、追加死亡、過剰死亡などの言い方もされる。大気汚染物質に対する曝露によって特定の疾病(例:心筋梗塞や肺がん)による死亡率が上昇し、平均寿命よりも早く死亡する人が発生することから生じる。

 

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1)   日本では、現在においても大気汚染が深刻

 

 日本では、科学的事実として、大気汚染による健康被害が終わった問題ではなく、現実に被害をもたらしており、かつ将来においても確実に被害をもたらす脅威となっている。例えば、日本で石炭火力発電所などから排出される大気汚染物質であるPM2.5による死亡者数を、Goto et al.(2016)は2000年に年間31300人、世界保健機関(WHO)が中心となっているGlobal Barden of Disease(世界疾病負荷)プロジェクト(State of Global Air, 2018)は2016年に年間45800人と、それぞれ異なる大気拡散モデルを用いて推定している。

 

 また、2008年に世界保健機関(WHO)が発表した国別の大気汚染死亡ランキングによると、日本での大気汚染による死亡者数は年間23253人であり、日本は世界で11番目に死亡者が多い国になっている(大気汚染による死者数ランキング2008)。さらに、現状での日本の1000あまりの大気汚染物質測定局(一般環境大気測定局(一般局)が785局(国設局を含む)、自動車排出ガス測定局(自排局)が223局(国設局を含む))でのPM2.5の環境基準達成率は、一般局で88.7%、自排局で88.3%であり、いまだにPM2.5に関しては環境基準を達成していない地域が多くある(環境省平成28年度大気汚染状況について 2018年3月20日)。

 

 ちなみに、日本のPM2.5の環境基準は年平均15μg/m3であり、米国(年平均12μg/m3)や世界保健機関(WHO)が推奨する値(年平均10μg/m3)よりも緩い。すなわち、日本の環境基準は他国よりも緩いにも関わらず、それを達成していない測定局が多く存在するのが日本の現状である。

 

 このような状況で、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンと特定非営利活動法人気候ネットワークは、日本の石炭火力発電所から排出される大気汚染物質の拡散を示すシミュレーションマップ「石炭汚染マップ」を作成し、現在日本各地で建設が計画されている石炭火力発電所40基以上が稼働した場合、追加的に発生する大気汚染の状況を視覚的に示すと同時に、新たに1175人の死亡者が発生することを明らかにしている(グリーンピースジャパン・気候ネットワーク 2018)。

 

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 2)  大気汚染物質、特に微小粒子状物質(PM2.5)の濃度には閾値がなく低濃度でも健康被害が発生して、かつ、PM2.5濃度などがわずかに上昇しただけでも死亡者および低体重出生児などの健康被害が新たに発生

 

 前述のPM2.5濃度に関しては、現在、閾値、すなわち、これ以下であれば被害はないという特定の濃度が存在しないと考えられるようになっている。例えば、Di et al.(2017)において、日本よりも厳しい米国のPM2.5濃度に関する環境基準であり、一般的に低濃度とされる12μg/m3(年平均)以下でも、少なくとも5μg/m3(年平均)まで濃度と被害の大きさに関して量的に正の相関関係があり、かつ12μg/m3(年平均)以下で、相関関係を示す傾きが急になることが明らかになっている。

 

 これらは、PM2.5の場合、低濃度における閾値というものは存在せず、かつPM2.5濃度が現行の環境基準以下の低濃度の場合の健康利益の減少幅が、PM2.5濃度が高い場合の健康利益の減少幅よりも大きいことを示している。すなわち、低濃度においても、あるいは低濃度の方が、PM2.5濃度のわずかな上昇でもPM2.5曝露を要因とする心肺疾患などによる死亡率が大きく上昇することを示している。

 

 3)  仙台PS稼働による仙台PS付近のPM2.5濃度上昇およびその具体的な大きさ

 

 本仙台PS訴訟では、原告は、専門家に依頼した大気汚染物質の大気拡散モデルを用いたシミュレーション(推算)によって、仙台PSの稼働が仙台市の近隣で大気汚染物質濃度の上昇をもたらすことを定量的に明らかにしている。この推算結果によると、仙台PSからの新たな大気汚染物質排出に関して、PM2.5、二酸化硫黄(SO2)、二酸化窒素(NO2)などの濃度上昇推計値が最も高い地域は、具体的には多賀城市、利府市などであり、例えば多賀城市では、仙台PS稼働によってPM2.5の濃度(24時間最大値)が約2μg/m3上昇する。なお、このような大気拡散モデルによるシミュレーションを用いた立証は、過去の公害裁判である西淀川大気汚染事件第2次〜第4次訴訟などでも「定量的評価が可能な唯一の方法」として採用されている。

 

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  4)  仙台PS稼働による死亡者および低体重出生児の発生およびその具体的な大きさ

 

 前述のように、本仙台PS訴訟では、仙台PS稼働による死亡者などが専門家によって具体的に計算されている。すなわち、仙台PSの稼働は、1)年間約19名(40年間の営業運転期間では合計で約760名)の脳卒中、肺がん、心疾患、呼吸器疾患などによる死亡が発生、2)年間約1名の低出生体重児が発生、などをもたらす。また、農作物、土壌、建造物などに悪影響を及ぼす酸性物質の沈着量や水銀、ヒ素、ニッケル、クロム、鉛などの重金属化合物を降下量も定量的に計算されている。これらによって、仙台PSの稼働が被害発生の十分な蓋然性を持つ「公害」であり、原告が持つ権利が侵害されていることは明らかだと言える。

 

3.  受忍限度について

 

 以下では、いわゆる受忍限度に関して、主に公共性との関連について述べる。

 

 本仙台PS訴訟は、かつて北海道の石油火力発電所の建設差止めを訴えて原告が最終的には敗訴した伊達火力発電所建設等差止訴訟(昭和55年10月14日札幌地裁判決)などとは、下記の公共性の有無などの点で大きく異なる。

 

 第一に、仙台PSは、発電施設にも関わらず公共性が全くない。なぜなら、伊達火力発電所建設等差止訴訟において、伊達火力発電所は電力を地元住民に対して供給する発電設備であった。しかし、前述のように、仙台PSは、電力自由化後に、首都圏への売電を目的として東北地方に雨後のタケノコのように建設計画が発表された発電事業の一つにすぎない。すなわち、被告が発電した電気の売電先は地元仙台ではなく首都圏であり、発電所周辺地域における電力需給とは関係ない。さらに、実際には、現在、仙台においても、日本全体でも電力需給は供給が需要を上回っている(電気が余っている)状況である。すなわち、仙台PSの場合、受忍限度論での考慮要素としての公共性は全く存在しない。

 

 第二に、公共性とバランスされるべき反公共性(健康被害、温室効果ガス排出、政府方針との不整合、今後の経済的淘汰など)に関して、仙台PSは大きな問題を持つ。また、環境アセス逃れとしか考えられない11.2万kWという大きさの発電設備であることなど、侵害行為の態様程度に関しても仙台PSは大いに批判されうる。

 

 なお、仙台PSの場合、沿線住民が自動車による騒音・振動・排気ガスの大気汚染で国および道路公団を訴えた国道43号線訴訟(平成7年7月7日最高裁判決)の場合とは異なり、稼働することによって発生する利益とこれによって被告が受ける前記被害との間に、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うというような受益と負担の彼此相補関係がない。このことからも、当該事業の公共性は否定される。

 

4. 結びに代えて 

 

  筆者は、ぜひこの仙台での裁判を「劇場型」裁判にしたいと考えている。すなわち、原告団のホームページなどで、訴状、答弁書、準備書面、証拠、陳述などの被告と原告のやりとりをオープンにし、かつ筆者なりの解説や意見などをタイミング良く発信することで、裁判の経過を国内外のなるべく多くの方々に知ってもらいたい。そして、たくさんの人の助言などをいただきながら、被告、被告側弁護士(長島・大野・常松法律事務所所属)、被告側証人が、そう簡単にへんなことは言えないような状況を作りたいと思っている(原告団HPはhttps://stopsendaips.jp/)。

 

 ご協力をいただければ幸いである。(本文は明日香の個人的な意見であり、原告団としての公式な意見などではありません)

 

  明日香壽川(あすか・じゅせん) 東北大学東北アジア研究センター中国研究分野教授兼同大環境科学研究科環境科学政策論教授、 元地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任

 

参考文献

Di et al. 2017. Air Pollution and Mortality in the Medicare Population, The New England Journal of Medicine, Vol. 376, No.26, pp.2513-2522, June 29, 2017.

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1702747

 

Goto et al. 2017. Estimation of excess mortality due to long-term exposure to PM2.5 in Japan using a high-resolution model for present and future scenarios, Atmospheric Environment, Volume 140, September 2016, Pages 320-332.

https://doi.org/10.1016/j.atmosenv.2016.06.015

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1352231016304484

 

State of Global Air 2018. Number of Death attributable to PM2.5 in 2016.

https://www.stateofglobalair.org/data/#/health/map

 

(朝日新聞での下記のような関連記事あり)

「栄養不足・感染症…温暖化「すでに健康に影響」医学誌」朝日新聞2017年10月31日.

https://www.asahi.com/articles/ASKBZ5TPQKBZULBJ00Q.html

大気汚染による死者数ランキング<191カ国>2008 http://top10.sakura.ne.jp/WHO-AIR-1.html

グリーンピースジャパン・気候ネットワーク『石炭汚染マップ』大気汚染シミュレーションから予測される健康影響.

http://www.greenpeace.org/japan/Global/japan/pdf/Health_results_by_plant.pdf