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REITのESG情報開示で、今後求められる視点(長谷直子)

2018-08-20 15:16:10

GRESBキャプチャ

 

  日本の不動産投資信託(REIT)で、ESGやサステナビリティに関する情報開示が進んでいる。

 

 つい最近までは、ごく一部のREITで、保有不動産における環境への取り組み状況がホームページで紹介されている程度だった。それが今では、ホームページの中で、投資法人や資産運用会社としてのサステナビリティ方針や、保有不動産の環境負荷削減に向けた数値目標等を開示することが珍しくなくなった。東京証券取引所に上場する60のREITのうち、サステナビリティ方針を開示しているREITは37もある(2018年7月末時点)。ポートフォリオにおける環境負荷の実績値として、保有不動産全体での電力使用量等の経年変化を開示するREITもこの数年で一気に増えた印象だ。

 

 この背景には、不動産のサステナビリティ評価に関する国際ベンチマークであるGRESBの台頭が挙げられる。不動産におけるサステナビリティ関連の取り組みとしては、建物単位で取得する環境認証制度の取得が先行して普及してきた。日本でも2001年頃からCASBEE等の環境不動産認証制度が創設され、2018年7月時点の建築評価認証の取得数は386件に上る。しかし、REITが保有する不動産のポートフォリオ単位で評価を行う制度は無かった。

 

 そこに新しく登場したのがGRESBである。近年の投資家によるESG情報開示要請の高まりが後押しとなり、不動産投資業界のサステナビリティへの取り組みとして、GRESBの評価に参加する動きが一気に拡がったのだ。GRESBの評価に参加するREITの数は年々増加し、2017年の調査では半数以上の34のREITが参加している(2018年7月末時点の日本のREIT全体の時価総額の80%以上を占める)。GRESB評価を得るために、REITのサステナビリティへの取り組みや情報開示が進んできたと考えられる。

 


 一方、REITのESG情報開示は拡がってきたものの、まだ不足している側面がある。それは、「保有不動産のサステナビリティへの取り組みと、REITの財務戦略の統合」という視点だ。例えば、保有不動産において省エネ設備への切り替えを進めることにより、テナントが電気代を安く抑えられることになれば、その代わりにREITの資産運用会社はテナント賃料を引き上げる提案がしやすくなる。テナントから承諾が得られれば、賃料収入が増える。REIT自身が運営管理を行っている建物で省エネ設備への切り替えを進めた場合は、エネルギーコストが抑えられ、運営コストの削減につながる。

 

 このように、賃料収入の増加や運営コストの削減が実現できれば、財務面でもメリットはあるはずだ。建物単位での調査によると、CASBEE等の環境認証を取得しているビルは、取得していないビルに比べて4.4%賃料が高いことが確認されている(※1)。REITにおける財務面と非財務面の相関関係を調べると、GRESBに参加しているREITは、参加していないREITに比べて、含み損益率が約5%高いという結果が得られた(※2)。つまり、保有不動産で鑑定評価額が悪化している物件が比較的少ないと言える。

 


 企業における情報開示では、単なる非財務情報の開示から、財務情報と非財務情報を統合して開示する統合報告にシフトする動きがみられる。投資家は、企業が単に社会的責任を果たしているか否かだけでなく、その取り組みをいかに中長期的な企業価値向上につなげようとしているのかを重視し始めているのだ。同じ流れは不動産投資業界にも到来するだろう。

 

 むしろ不動産にこそ、中長期的な運用成績の安定性を求める投資家は多い。個々の保有不動産のサステナビリティへの取り組みによる環境負荷削減効果と同時に、その取り組みが保有不動産の収益性にどのようなインパクトを与えるのか、ということにも投資家は関心を有するはずだ。REITのESG情報開示で今後、「サステナビリティへの取り組みから、投資家がどのようなメリットを得ることができるのか」を説明することは極めて重要だろう。

 

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 ※1 ARES不動産証券化ジャーナル Vol.25「これからの不動産市場における 環境マネジメントの重要性」(株)ザイマックス不動産総合研究所常務取締役・中山善夫氏、同取締役主幹研究員・吉田淳氏、同マネジャー・大西順一郎氏


 ※2 2017年におけるGRESB参加企業(34)とGRESB非参加企業(26)との比較。含み損益率は2018年7月末時点の値を採用。

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長谷直子(はせ・なおこ) 日本総合研究所創発戦略センターESGアナリスト。京都大学大学院工学研究科修了、株式会社日本総合研究所入社、2007年から2008年まで経済産業省に出向し、地球温暖化政策、京都議定書目標達成計画の見直しなどにも携わる。

 

日本総合研究所創発戦略センター「創発Mail Magazine, Issue 374.2018/08/14」より、許可を得て転載。

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/sohatsu/mailmagazine/pdf/20180814.pdf