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ESG情報の多様性と比較可能性:アルファとベータの視点から(越智信仁)

2018-09-23 15:09:03

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1.はじめに

 近年、企業活動のより実態に即した理解に向けて、ESG等の非財務情報を活用していこうとするベクトルは国際的に共有されており、非財務情報を財務内容の補足・補完情報として財務報告(開示規制)に取り込む動きも活発化している。

 

 他方で、わが国では、アメリカの規則S-Kのような開示項目ごとの詳細な規定(例示等)はなく、「投資家の判断に影響するほど重要な情報」の中身に関しては「記載上の注意」で比較的簡単に示されているに過ぎない。

 

 勿論、「対処すべき課題」「事業等のリスク」「財政状態及び経営成績の分析」などの項目において、環境や社会に関する問題が投資家の判断に影響する重要な情報ならば記載対象になり得る。

 

 しかし、有価証券報告書において重要な事項につき虚偽の記載があった場合には、10年以下の懲役若しくは1千万円以下の罰金、又はこれを併科する(金融商品取引法第197条)扱いとなっており、結果的に、重要性に関する各社判断の下、質・量ともに投資家等の将来財務予想に役立ち得るESG情報たり得ていないのが現状であろう。

 

2.重要なESG情報開示へのアプローチ方法

 

(1)自由裁量方式

 

 統合報告やGRI等では、ESGの重要性を自社の判断プロセスで決定する自由裁量方式が採用されており、裁量が大きい反面、他社比較には難を残すことになる。

 

 ただ、自由裁量方式からすれば、業種毎に最低限の指標を決定するクライテリア方式だと、横並び比較が可能な反面、独自性(例えば各社固有の価値創造ストーリー)の反映が制約され、決められたことのみ開示する傾向を生みかねない点が指摘され得る。

 

 自由裁量方式の下では、例えば、戦略やビジネスモデルなどには各社一律の開示要件では表現し切れない特殊性・個別性があり、こうした固有情報を見える化し、差別化されたシグナルとして各種レポーティングを通じて開示することは投資家にとっても有用となる。

 

 なぜなら、当該情報が将来キャッシュフローないし企業価値の評価に結び付くロジックとルートに関する独自の判断目線(銘柄選択能力)を、当該企業に精通した評価者(投資家)が既に備えていれば、相対比較に依らない銘柄固有の絶対的価値評価を通じた超過リターン(所謂アルファ)の獲得が可能となるからである。

 

(2)業種クライテリア方式

 

 FSB(金融安定理事会)の気候関連財務ディスクロージャー・タスクフォースによる提言[i]では、全ての組織が(法定の)財務報告に含めて開示することも展望されており、その情報に基づいて投資家が企業を横並びで評価し、投資行動を決定可能となるよう企図されている。

 

 上記のTCFDによる提言では、開示義務が課されたとしてもESG関連リスクを開示するための標準的枠組みがなければ、どのような情報を盛り込んで提示すべきか判断が難しく比較可能性も確保されないので、少なくとも同一業種に属する企業と比較可能な開示枠組みが求められるとしている。

 

 こうした思考は米国で非財務情報の制度開示を目指すサステナビリティ会計基準審議会(SASB)における業種毎のクライテリア方式にもみてとれる。また、CDPでも、現在は全て共通の質問書となっているが、今後はTCFDの提言も採り入れつつ、投資家の利便性に資するためセクター別の質問書に改める方向にある[ii]

 

 米国のSASBでは、市場との意見交換も踏まえ2017年10月に、ESG等非財務要因をSEC所管の財務報告書に記載する際の79業種にわたる報告基準案[iii]を公表しており、そこでは、業種毎のESG要素に係る重要性のクライテリアを設けることにより同業種内で比較し易くなっている。

 

 同様のビジネスモデルをもつ同業種の方が異業種よりも同様のサステナビリティリスク・機会を有する可能性が高く、業種クライテリア方式の下で、比較可能なESG情報は(例えば低ボラティリティ銘柄戦略等と同様な手法で)ファクターとして利用することによって、システマティックな超過リターン(所謂ベータ)を期待する投資手法に活用可能となる。

 

(3)併存方式によるアルファとベータの追求

 

 以上のように自由裁量方式と業種クライテリア方式は、それぞれの利点と欠点を有しているので、二者択一的な選択を行うよりも、情報利用者がその利用目的に応じていずれの方式の利点も利用(アルファないしベータを追求)し得る併存アプローチが、プラグマティックな解決策になるのではなかろうか。

 

 意思決定有用性への貢献を巡っては、裁量的アプローチと標準化アプローチを必ずしも排他的に捉える必要はないので、業種毎に標準化された開示事項をミニマムの要件として自由裁量で各社の独自性をシグナリングする部分がオンされるような、併存方式の開示枠組みが有用であろう[iv]

 

 アナリストは1つの企業をじっくり見るという切り口と同業他社比較といった切り口の2つの分析アプローチを有しているので、そうした分析目的に沿う開示情報は、いずれも目的適合性を有していると評価できる。

 

 各社の固有情報を個別に評価し得る絶対的評価目線を具備し得ない場合のほか、そもそもESG情報には一般的で断片的な「モザイク情報」にとどまる場合も少なくないとみられるので、そうした情報の開示に際しては、比較可能性を高めることが投資家の相対的価値評価に資すると考えられる。

 

 既にグローバルには市場関係者の間では、比較可能な投資判断に役立つ指標として、ESG評価機関による格付け等も活用されている。今のところ、ESG評価は機関によってばらつきが大きいが[v]、ESG評価の精度向上のためには、評価手法の改善とともに、企業側のESG情報開示の促進も必要となる[vi]

 

3.ESG情報の開示インセンティブ付与

 

 開示主体にとっても、ESG情報の多くが概括的あるいは定性的にしか把握できないとしても、同業他社対比でみて如何に社会・環境課題に取り組んでいるかの姿勢を消費者等にアピールできれば、企業にとって評判獲得のインセンティブになり得る[vii]

 

 そこでは、投資家にとっての情報の非対称性緩和とともに、これに伴う開示主体への「解きほぐし」を通じた開示インセンティブの促進にも寄与し得るのであり、開示主体に他社比較を意識させ開示を底上げする推進力としてもミニマムな共通開示基準の提示が望ましく[viii]、かつ同様のビジネスモデルを持ち同様の方法で資源を使用する傾向がある同業種毎に比較可能性を高める方向性が重視されよう[ix]

 

 比較可能な非財務情報が増えることになれば、評価機関の資本市場における評価機能を強めることにもつながるのであり、例えばわが国でも、女性活躍推進法による女性の活躍に関する情報の開示義務化が、「MSCI日本株女性活躍指数(WIN)」(GPIF採用)というファンド組成を後押しするとともに、定期的に構成銘柄の入れ替えが行われることもあって、ジェンダー面で各社の取り組みを後押しする推進力ともなっている。

 

 業種毎の重要性に応じて情報開示の質や情報量に強弱をつけるSASBの方向性は、情報開示の比較可能性等を巡る質的向上とともに情報利用者・情報作成者の負担軽減にも資するものとして、わが国の有価証券報告書においても今後、ESG要素に焦点を当てた開示内容の体系的充実が検討される際には参考になるのではなかろうか。

 

 このほか、近年、内外格付機関において、グリーンボンドアセスメントによる債券格付け(グリーンボンドで調達された資金が環境問題の解決に資する事業に投資される程度に対する格付機関の意見)が発表されるようになっているが、将来的にはESGへの取り組みに係る発行体格付け、あるいはESGをインテグレートした信用格付けも展望され、そうなれば同様に開示主体に市場メカニズムを作動させる誘因となり得よう。

 

4.おわりに

 

 国際的には近年、サプライチェーンの人権問題への企業対応を公開情報等で民間団体がランキング評価し公表する動き(“Know the Chain,”“Corporate Human Rights Benchmark”)もみられているが、これらも比較可能な情報の「見える化」によって企業の対応インセンティブを引き出そうとする試みであろう。

 

 当初は財務に関係なかった事象も評判が介在することで、正負のインタンジブルズとして企業価値の構成要素にも循環するので、評判を意識したマネジメントを企業から引き出し得る。こうした評判による機能を作動させるには、社会に規範選択を問う重要事象に関し、企業の作為・不作為を含め他社との差異が比較可能な非財務情報の開示を、制度的に義務付ける必要がある。

 

 比較可能性を重視した開示の論理は、幅広い社会的共通資本の外部性制御に向けて、グローバルなSDGsを巡る議論にも貢献可能と考えられる。SDGsは分野毎に整理された世界共通の課題であり、ともすれば広範・漠然としがちな外部性問題への対応をグローバルに比較可能な形で各国・各経済主体の開示に取り込めれば、国際金融資本の市場評価機能をドライビング・フォースとして活用する道も拓けよう。

 

 非財務情報においては特に、各種市場での利害関係者の判断に資する比較可能性の現代的役割が積極的に再評価されて然るべきと考えられる。経済主体(消費者、投資家等)の選択行動に影響を及ぼすような比較可能な非財務情報が必要であり、外部性問題の原因者自らが自分のことは自分が一番よく知っているので、外部性依存度の低減に向けた努力を開示するインセンティブを生む制度設計が求められるのである。

 

 本文でも引用した拙著『社会的共通資本の外部性制御と情報開示』(日本評論社、2018年9月)では、外部性問題として、自然資本(地球環境等)のみならず、社会関係資本(企業不祥事・地方創生)や制度資本(金融バブル・監査の失敗)を巡る今日的諸課題を情報開示という共通の分析枠組みの下で、各経済主体における開示インセンティブの視点から横断的に考察しており、そこでは比較可能性が一つのキーワードとなるが、そうした考察はSDGsを巡るグローバルな課題にも貢献可能と思慮している。

 

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[i] TCFD [2017] Final Report: Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures.

[ii] CDP [2017] Guidance for Companies Reporting on Climate Change on behalf of Investors & Supply Chain Members 2017, p. 6.

[iii] SASB [2017] Exposure Draft, Proposed Changes to Provisional Standards.

[iv] 越智信仁[2018]『社会的共通資本の外部性制御と情報開示ー統合報告・認証・監査のインセンティブ分析』日本評論社、70頁。

[v] Chatterji, Aaron [2016] Do Ratings of Firms Converge? : Implications for Managers, Investors and Strategy Researchers, Strategic Management Journal, vol.37, no.8, pp.1602–1607

[vi] 塩村賢史[2017]「GPIFのESG投資の取組みと今後の展望」『月刊資本市場』387号、41頁。

[vii] 越智信仁[2018]『社会的共通資本の外部性制御と情報開示ー統合報告・認証・監査のインセンティブ分析』日本評論社、65-66頁。

[viii] 北川哲雄[2017]「フェア・ディスクロージャー規制とアナリスト」北川哲雄編著[2017]『ガバナンス革命の新たなロードマップー2つのコードの高度化による企業価値向上の実現』東洋経済新報社、59頁。

[ix] SASB [2017] SASB Conceptual Framework, p.7.

 

越智信仁(おち のぶひと) 日本銀行を経て2015年から尚美学園大学総合政策学部教授。京都大学博士(経済学)、筑波大学博士(法学)。書籍・論文にて、日本会計研究学会太田・黒澤賞、日本公認会計士協会学術賞、日本内部監査協会青木賞、国際会計研究学会賞、日本NPO学会賞を受賞。  http://www.shobi-u-ochi.jp/