HOME |世界の温暖化対策のカギは「総量管理」: このまま国別削減方式を続けて解決できるのか? COP24を顧みて(西村六善) |

世界の温暖化対策のカギは「総量管理」: このまま国別削減方式を続けて解決できるのか? COP24を顧みて(西村六善)

2019-01-02 15:53:56

COP24-1キャプチャ

 

 2018年12月の国連気候変動枠組み条約第24回締約国会議(COP24)が終了し、今後は途上国も先進国も国別削減(NDC)を同じルールで実施することになった。それ自体は一つの進歩だ。これまでは先進国と途上国では責任に区別があったからだ。中国やインドの排出増大に伴い、この区別は交渉をひどく難しくしていた。

 

COP24は科学の警告を無視した…

 

  しかし、今回のCOP24の最大の問題は科学に向き合わなかったことだ。昨年10月、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は地球温暖化が危機的だと強い警告を発したにも拘らずだ。この報告は従来の2℃目標では危険が大き過ぎ、寧ろ1.5℃の実現が必要で、その為には、2050年にはCO2の排出を実質ゼロにしなければならない。それが実現できなければ地球環境に甚大な被害が及ぶと論じていた。この警告はここ、環境金融研究機構自体が2018年10月8日付の解説記事で取り上げ、日本の関係者にも真剣な行動を呼びかけた。http://rief-jp.org/ct4/83533

 

  今回のCOP24はその直後に行われた。散々議論した挙句、この報告の「時宜を得た完成を歓迎」した(注1)だけで、科学の警告に従って新しい大幅な削減をすることを拒絶した。IPCCの警告に従って大幅な削減をしようとする新たな展開は生まれなかった。

 

何故、国際交渉は遅滞するのか?

 

 本来なら、1.5℃を目指して、削減量を増大するように各国は野心的な深堀すると云う合意が出来て当たり前だ。これまで25年間も議論してきたのにこの有様だ。なぜこうなのか?

 

 この交渉を実際に担当してきた筆者の私見では、最も深刻なことは、この問題を各国政府の責任にしたことである。京都議定書時代から、この問題は所謂「南北問題」の中心的課題とされ、何よりも化石燃料の大量使用で近代化に成功した先進国の責任だと云う観念が途上国には圧倒的に強かった。ここから先進国の政府は「削減への野心」を深堀しなければならないと云う思想が生まれた。

 

 しかし、これまで20年以上にわたってこの考えで国際交渉が行われてきたが、解決のめどは立っていない。この間、この問題の深刻さは世界的に理解が深まり、多数の学者、NGO、メディア、市民団体、企業集団、地方公共機関、政治指導者などからの強い意見が政府と世論を動かしてきた。

 

 更に、ここ数年来、金融の方面からも強力な見解が出されてきたことは特筆に値する。地中にある化石燃料は座礁する資産だと云う観念が定着し始めた。大規模投資家集団は投資の対象となる企業に対し、温暖化関連のリスク開示を迫り、クリーン・エネルギーへの転換を要求するようになった。こういう大きな流れの中で、再エネを主軸とするクリーン技術への大規模な投資が世界中で進行する事態になった。

 

COP24-3キャプチャ

 

 以上のすべての進展と関係者の熱意は勿論貴重だが、その結果が自分の国はxx%削減すると云う政府の誓約に置き換えられる必要があるのだ。そしてその合計が1.5℃を実現しなければならないのだ。しかし、先進国も途上国も自国の経済負担を軽減したいので、結局、「削減野心」は深堀されなかった。

 

 例えば、日本では削減費用が他国よりも高価なので、大幅な削減は日本経済に被害を齎すという議論が主流化し、「削減野心」が深まることは殆どなかった。どの国も自国の特殊事情を主張するので、国別の「削減野心」を基礎とするシステムでは十分な成果を上げることが出来ないのだ。これを是正するため、「peer review」 と呼ばれる国際的な圧力が諸国にかかってくる。

 

 要するに、国別削減は国別圧力の世界だ。決して健全とは言えないし、科学性も経済性もない世界だ。人類はこの宇宙的問題に対して確実性のない仕組みで悪戦苦闘している。時間も切迫しているのに・・・。これが紛れもない現実なのだ。

 

他に解決策は無いのか? 総量管理で行くべきでないか?

 

 本当にこれからも政府の「削減野心」を軸にして行動して、2050年までに解決するのか?確実性のない戦略で突き進んで破局が来ないと誰が保証できるのか?ほかの解決方法は無いのか?

 

 実際この20−30年間、温暖化問題を取り巻く科学的知見や技術革新や生産力などにおいて国際社会は長足の進歩を遂げている。しかし、温暖化防止の国際協力の仕組みは全く変わっていない。どうやらここに問題があるのではないか?他に解決案は無いのか?

 

 無いわけではない。私見では国別削減の発想を止めて、総量管理に移行したら問題は解決すると思う。具体的には「1.5℃を実現する炭素予算」の総量以上にCO2を排出させないようにすることだ。この炭素予算は今回のIPCC特別報告書でも図表化されていて、前記の環境金融研究機構の解説記事でも引用されている。

 

nishimuraキャプチャ

 

 それに、総量管理の思想は突飛なものではない。今回米国の連邦政府が公表した温暖化の影響に関する報告書(NCA4)でもこの思想が明記されている。https://www.globalchange.gov/nca4 (同文書の第29章参照)私見では総量を管理すること無しにこの問題を期限内に解決することはほぼ不可能だ。

 

   当然の事だが、1.5℃等の温度目標を高い確率で今後XX年以内に実現しようとするなら、排出できる世界のCO2の量(炭素予算)は有限になる。総量管理方式とはこの有限な炭素予算以上には排出できないようにするものだ。しかし、どうやるのか?仕組みは非常に簡単だ。

 

 最も経済効率的で確実な方法は市場を活用することだ。世銀などがCOPの委託を受けてこの有限な炭素予算を排出権として世界市場で販売し、企業はそれを購入しないと化石燃料を燃焼できない仕組みにする。

 

 こうすると、第一に政府は削減義務から解放される。国としての「削減野心」の深堀の必要は無くなる。政府は主役の座を降り、企業と消費者が主役になる。第二に、排出されるCO2の単位当たりの一つの値段(炭素価格)が世界的に生まれるので、企業にとって最も公平な競争の条件が確保される。

 

 炭素予算は有限なので、いずれ炭素価格は上昇し(価格シグナル)、企業は利益確保のため化石燃料から再エネなどの代替エネルギーに移行する(エネルギー転換)。更に、価格シグナルが革新技術をペイする形で起爆する。そして企業も消費者も省エネに向かい、再エネの使用を拡大する。

 

 有限資源を市場で消費するのは最も効率的な資源利用の方法だ。例えば原油と云う有限資源は割り当て制度ではなく、市場の需給にゆだねられている。市場が最も効率的だからだ。新しい有限資源となる炭素予算も同様の扱いをするべきだ。

 

総量管理と単一の炭素価格はすべての国に有利…特に日本に有利

 

 日本では削減費用が他国よりも高価だと云う議論が強いが、そうなら猶更、炭素予算の総量管理方式を採用するべきだ。何故なら炭素予算の購入費用(炭素価格)は世界共通なので、競争条件は公平だ。日本企業の競争力や技術開発力はこのシステムで全面的に発揮され、他国よりも遥かに早く脱炭素化が進むだろう。

 

 途上国や貧困層が困る?先ず世界190か国の内、160か国は微細な排出国であり、排出量を全部合わせても僅か10%だ。今後化石燃料を燃焼して工業化を図ると云うことは考えられない。寧ろ、価格が低下する再エネでエネルギー需要を充足し、持続的発展の軌道に乗ることが出来る。

 

 残るのは日本を含む30か国だ(注2)。この30か国はトップの国際競争力を有する国で、これらの国のどの企業も世界市場で必要な排出権を入手する能力がある。そして炭素価格の上昇に伴い、経済合理的に脱炭素経済に漸進的に移行出来る。

 

 しかも、これら30カ国は世界のCO2の総排出量の90%を占めているので、パリ協定はそのままにして、これらの国が別途、総量管理方式に合意したら、温暖化の問題はほぼ解決する事になる。繰り返しになるが、この方式で行けば政府が「野心」の深堀をする必要は無くなる。世銀が1.5℃実現用の炭素予算以上に排出権を発行しないので温度目標は期限内に必ず実現する。

 

 現行の国別の「削減野心」の深堀方式では、コストが膨大になり過ぎるとか、この人類的な大危機を乗り越えることが出来ないと分かった時、代案として検討されることを期待する(注3)。

 

国別のカーボンプライシング(炭素価格)とはどう違うのか?

 

 世界中の専門家が論じている通り、CO2の排出に明示的な値段(炭素税など)をつけるとCO2排出を抑制する効果がある。現在日本を含め、世界中で国別にCO2の排出に値段を付けようとする動きがあるが、例えば日本が勝手に炭素税の導入を決めると、税率次第では他の国との競争上不利になる危険がある。

 

  それに、国別のカーボンプライシングはパリ協定の国別削減目標(NDC)を達成することを目的としている。現状では各国のNDCを合計しても1.5℃などの温度目標を実現できないので、国別のカーボンプライシングは限界的な意味合いを持つにとどまる。一方、総量管理方式における炭素価格は最も経済効率的に温度目標を期限内に達成する。(了)

 

 

(注1)米国、ロシア、クウェート、サウジアラビアの4カ国が報告書の内容を受け入れることに強く反対したので、結局COPは「報告の完成を歓迎する」と云う安易な妥協をしてしまった。

(注2)中国、米国、EU28、インド、ロシア、日本、ブラジル、インドネシア、カナダ、メキシコ、イラン、韓国、豪州、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、ウクライナ、タイ、アルゼンチン、パキスタン、ナイジェリア、マレーシア、イラク、エジプト、ベネズエラ、ベトナム、ウズベキスタン、UAE、クウェート。

(注3)筆者の英語の論文として以下がある。“A new market-based climate change solution achieving 2∘C and equity”  by Mutsuyoshi Nishimura,

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/wene.131/pdf

 

nishimura2キャプチャ

西村 六善(にしむら・むつよし) 元外務省欧亜局長。1999年OECD大使として気候変動問題に関与、気候変動担当大使、元内閣官房参与などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。