HOME環境金融ブログ |株式投資分野と債券投資分野の「ESG投資」を同等にできないか(江川由紀雄) |

株式投資分野と債券投資分野の「ESG投資」を同等にできないか(江川由紀雄)

2019-08-22 17:15:55

SDGs11キャプチャ

 

債券市場の規模は株式市場を凌駕するのだが

 

 資金を市場で運用している多くの国内金融機関にとって、債券市場の動向は株式市場並みかそれ以上に関心の対象になる。

 

 国内で発行され流通する円建ての商品に限定すると、国債が971兆円、企業が発行する普通社債が65兆円、地方債が61兆円、財投機関債が37兆円(いずれも2019年6月末、日本証券業協会調べ)、そして証券化商品が20兆円(2019年第1四半期末、日本銀行調べ)市場に出回っている。債券ではない信託受益権形態のクレジット商品も数十円は存在するだろう。債券と同様に満期時に額面金額で償還するタイプの商品である。これに比べて、東証一部上場株式の時価総額は591兆円(2019年7月末、日本取引所グループ)である。株式市場に比べ債券市場は規模が大きい。

 

egawa1キャプチャ

 

 ドル建ての商品についても債券の方が上場株式よりも多く存在するようだ。NYSEとNasdaqをあわせて上場株式の時価総額は約33兆ドルに対して、米国債・米国で発行される社債等が43兆ドル(何れも2019年第1四半期末、 Securities Industry and Markets Association調べ)存在する。米国外でも米ドル建ての債券が多く発行されている。

 

 銀行であれ保険会社であれ、国内金融機関の負債のほとんどは円建てなので、為替リスクを抑制するために、資金運用は円建てのものが中心となる。銀行などの預貯金取扱金融機関は、規制上の制約や監督当局の姿勢もあり、値動きがあり元本割れリスクのある株式よりは満期まで保有すれば(デフォルトしない限り)額面金額の元本が戻ってくる債券中心の運用に傾斜せざるを得ない。

 

金融機関と機関投資家中心の市場

 

 株式と違って、債券に投資する個人投資家は多くはない。債券の大半は額面1億円で発行される。額面100万円で募集期間を長く置き有価証券届出書を当局に提出して制限なく誰でも買えるようにする「個人向け社債」も多少は発行されるが、債券市場全体から見れば氷山の一角のような存在である。かつては公社債投信など、円建ての債券を組み入れる投資信託が多く設定され証券会社や銀行を通じて個人投資家にも販売されていたが、利回り面での競争力を失ってしまい、ほぼ絶滅状態にある。円建て債券の大半は、国内金融機関と機関投資家が中心に投資する状況にある。

 

 債券市場は、金融機関と機関投資家が巨額の資金を継続的に投じている市場なのだから、その資金の動きを使って世の中をよくしていくことができないだろうか。インパクト投資とかESG投資と呼ばれるものは、そうした方向性を持つ。資金を運用する立場からも、そのステークホルダー―運用会社なら委託者、保険会社なら保険加入者、銀行なら株主や預金者―に対して、単に預かった資金を市場で運用しているのではなく、社会的に意義のあることに資金が使われるように気を遣っているのだと胸を張って説明できる。最近では、様々な業態の企業が「ESG」に取り組んでいることをアピールするようになった。

 

「ESG投資」の実態

 

 「ESG投資」は、株式の分野では普及してきたように思える。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2017年度から「ESG活動報告」の公表を始めた。GPIFのような巨額の資金を運用する機関投資家は、幅広く投資するユニバーサル・オーナーにならざるを得ず、ダイベストメントや投資対象の絞り込みは容易ではない。それでもGPIFは、ESG指数を用いた運用などに取り組んでいる。もっとも、GPIFが採用しているESG指数は、どれもこれも株式を対象としたものになっている。そもそも債券を対象としたESG指数など存在しないのであろう。

 

 

GPIFキャプチャ

 

 2019年8月に出たばかりの最新版GPIFによる「ESG活動報告」を読む限り、債券に関しては、世界銀行グループと共同研究を行ったことや、世界銀行グループの国際復興開発銀行(IBRD)と国際金融公社(IFC)がグリーンボンド等への投資機会についてGPIFの運用委託先に提案するといったことが言及されている程度に過ぎない。特定の発行体によるグリーンボンドとソーシャルボンドを投資対象にすることを検討することを除けば、債券分野でのESG投資の具体的なものがよくわからない。

 

 いくつかの運用会社にはESGを担当する人がいて、年金や投資信託の運用に際して企業との対話を実施するなどのESGインテグレーションを進めている。こうした活動を誇りたいのか、運用会社や信託銀行のウェブサイトではESGが詳細に説明されている。しかし、債券や短期金融商品での運用にESGを採り入れているのかどうかよくわからない。

 

グリーンボンドとソーシャルボンドの普及状況

 

 昨年から日本国内でもグリーンボンドの発行事例が急速に増えた。環境省が予算措置を講じ、グリーンボンドの発行を促進するための様々な事業を行っている。グリーンボンドを発行する企業、地方公共団体、公的機関は、ウェブサイトにグリーンボンドのページを設け、誇らしげに広報している。グリーンボンドに投資することを投資家が公表することが日本独特の慣行として根付いた。国内向け財投機関債として発行する債券は全てソーシャルボンドだとしている公的機関もある。グリーンボンドやソーシャルボンドに投資する行動は「ESG投資」と呼ぶことができるだろう。グリーンはE (Environment)に、ソーシャルはS (Social)に、それぞれストレートに結びつく。

 

 しかし、グリーンボンドの発行事例が増えたといっても、民間企業が発行する円建ての社債に限定すれば、年間10兆円を超えるペースで発行される中の数千億円に過ぎない。地方債や財投機関債については、グリーンボンドは片手で数えられる程度の数の発行体による事例しか出現していない。プロジェクトボンドや証券化商品については、再生可能エネルギー施設関連で数件の事例が存在するに過ぎない。

 

 株式分野で比較的高いESG評価を得ている企業が発行する社債であっても、グリーンボンドやソーシャルボンドとして発行されていない限り、「ESG投資」だとは呼ばないようである。グリーンボンドと称していなくても再生可能エネルギーによる発電等のプロジェクトや機器に投融資する金融スキームは多く組成されてきた。証券化商品についても裏付資産を見ればグリーンボンドにおけるグリーンプロジェクトと呼べそうなものが混在していることは珍しくない。

 

提案してもほとんど実現に至らないグリーンボンド

 

 グリーンボンドやソーシャルボンドは、調達した資金を厳格に管理し、特定のプロジェクトに用い、そのことを説明し続けることが発行体に求められる。金融機関が発行するグリーンボンドは、調達した金額と対応する融資などの残高が見合っていることを示す程度ではあるが、発行体にとってかなり煩わしい。企業の財務部門は普段は企業全体の資金繰りを見て資金調達をしているのであって、グリーンボンドなどを発行するとなると、特定のプロジェクトに紐付ける管理が追加的に必要になるのである。お金に色は付いていないとよく言われるが、色が付いていないのに一部分だけ色を塗って管理しなければならない。

 

 Green21キャプチャ

 

 証券会社が潜在的なグリーンボンドの発行体や証券化商品をグリーンボンドに仕立てられる見込みのあるオリジネーターに対してグリーンボンドを提案すると、十中八九以上、10例あれば9例以上で「グリーンボンドにすると資金調達コストが安くなるのかね」と訊かれ、必ずしもそうはならないと答えると、そこで検討が終了してしまう。低コストで安定的に資金調達することを第一に考える企業の財務部門だけではなく、経営トップや経営企画部署の人たちもその気にならないと、手間とコストを掛けて資金調達の条件面では特段の有利性が認められないグリーンボンドの発行に踏み切るという決断はできない。そして、企業の経営者の気持ちを変えてしまうような影響力を持つ証券会社は少ない。

 

 日本ではグリーンボンドについては環境省が手厚い促進政策を推進しており、費用のかなりの部分を補助金でカバーできてしまうとしても、社債をグリーンボンドと称して発行するかしないかでは、準備期間や事務負担に大きな差異が生じてしまう。

 

 ところで、株式分野のESG投資については、株式の発行体である上場企業にグリーンボンド発行に匹敵するような財務部門の事務負担は生じない。企業の活動についてわかりやすく対外的に説明することが中心となるので、ESG投資の対象として機関投資家から選ばれる存在になることは、財務部門ではなく経営企画部署やIR広報部署(いくつかの企業では、「SDGs推進室」など、部署名に「SDGs」を冠した部署が担当している事例もあるが)が中心となる仕事ということになろう。

 

株式投資分野でのESG投資との同等性を確保できないか

 

 大半の上場企業の株式がESG投資の対象になっているいっぽうで、社債などの債券なら、極めて少数の企業などがグリーンボンドまたはソーシャルボンドとして発行する特定の銘柄(回号)のみがESG投資の対象になり得るとすると、そこには極端なアンバランスが生じていないだろうか。機関投資家による株式投資の大半がESG投資として説明できるのに対し、社債を含む債券投資においては、ESG投資はごく僅かな部分に留まる。

 

 企業が発行する社債の全部または大半をグリーンボンドまたはソーシャルボンドに仕立てることは現実的ではないだろう。実施に行っている事業にグリーンプロジェクト等に該当するようなものが含まれているとしても、グリーンボンドを発行するという決断は容易ではないし、社債発行によって調達する資金の全てをうまくグリーンプロジェクト等に充当できる企業は少ないだろう。こうしたことから、グリーンボンドとソーシャルボンドに対する認知が今後更に高まったとしても、それらは発行される債券のごく一部に留まるのではないだろうか。しかし、グリーンボンドまたはソーシャルボンドを発行していない企業が善いことをしていないという訳ではないのである。

 

 企業が開示する情報を基にするESG評価などを参考に投資資金を振り向けることを株式投資の分野では「ESG投資」と呼べるなら、債券投資の分野でも同様の考え方を採用してもいいのではないだろうか。

 

 もっとも、債券の投資家は、株式の投資家(株主)とは立場が大きく違う。

 

 SDGs11キャプチャ

 

 株式の投資家は、株主としての権利を行使できることもあり、株主総会で議決権を行使するばかりではなく、企業に質問状を送り、対話を求めるエンゲージメントを行う運用会社と機関投資家が多々出現してきている。単にESGスコアの高い企業の株式に傾斜して投資することだけがESG投資ではなくなりつつある。

 

 社債など債券の投資家は、株主と違って、単なる債権者に過ぎず、発行体の経営に対して口出しをできる立場にはない。しかし、発行体の信用リスクを負担して資金を供与するのだから、発行体に対して経営方針や事業内容について説明を求めることは可能だ。企業のIR広報は、株主を想定した情報発信が中心となっているが、社債を発行しているのなら、社債権者向けの情報発信にも注力することは検討できるだろう。また、株式を上場していない債券・社債の発行体にとって、株式ではなく債券を通じて資本市場との接点を保ち、事業に必要な資金調達を行おうとしているのだから、債券投資家向けのIR活動は必然的に重要なものになる。一部の公的機関にこうした活動に注力している状況が見られるように思う。

 

 上場株式は、株主に議決権が与えられている普通株式であり、必然的に、発行体は株式会社かつ営利事業を行うことによって株主にも報いることを意図している企業ということになるが、債券(社債を含む)の発行体は民間営利企業に限らない。国内に限定すると、債券の発行体の数(数百)は、上場株式の銘柄数(数千)に比べ、大幅に少ないが、営利企業以外の発行体も多く含まれるという点で、範囲は広いとも言える。

 

 今後は、債券投資の分野でも、ESG評価を参考に銘柄選択をするようなことは堂々と「ESG投資」と呼び、債券投資家は遠慮なく発行体にコンタクトし、コミュニケーションを図り、発行体は債券投資家向けのIR活動にも注力するように市場関係者が誘導するようにしてはどうだろうか。

 

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////

 

 筆者は2019年7月まで証券会社で国内金融機関と機関投資家の資金運用をお手伝いする仕事をしていた。国内金融機関の資金運用担当者にとっては、株式市場よりも債券市場の方が自分の仕事に直結する身近な存在である。

 

 これまで何度か勤務先を変えたが、大学を卒業してすぐに就職してから今までの期間のうち半分以上を証券会社のリサーチ部門で過ごした。エコノミストや株式アナリストは大勢いても、証券化商品を専門とするアナリストが業界全体で3、4人しか存在しなかった頃から証券化商品に特化したリサーチを機関投資家に提供し好評を得ていた。守備範囲は証券化商品だけではない。社債などのクレジット商品へも手を広げた。

 

 株式部門は派出で、債券部門は地味だという印象は拭えない。株式と債券とでは、市場参加者の気質はかなり違うような印象を持っている。しかし、株式市場の参加者に比べて、債券市場の参加者が世の中を善くする方向に投資する資金を振り向けたいという気持を持っていないかというと、全くそうではないような気がしてならない。

 

江川 由紀雄 (えがわ ゆきお) 一般社団法人流動化・証券化協議会 顧問、埼玉学園大学大学院経営学研究科客員教授、前新生証券株式会社調査部長。主な著書 「証券事典」(共著)(金融財政事情研究会)、「証券化と格付けの精神」(商事法務) yukio.egawa@gmail.com