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温暖化問題に解決の目処はつくのか? 国連気候変動特別総会の展望(西村六善)

2019-08-26 18:03:52

UN22キャプチャ

 

  地球温暖化の危害はもはや止めどが無い。深刻さは拡大する一方だ。でもパリ協定での努力は成果を生んでいない。ここ数年は世界のCO2の総排出量は横ばいだったが2018年には前年比2.7%も増加し、過去最高になった(1)。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)はこのままではあと12年しかないと去年警告した(2)。

 

  危機感と焦燥感が世界中で高まっている。特に目立つのは若い人々が立ち上がっていることだ。今年、スウェーデンの15歳の少女グレタ・トゥーンベリさんは「行動しない大人たちが子供たちの未来を奪っている」と糾弾した。抗議の波は世界に広がった。彼女は実際、今ここにいる子供だけではなく、数千年、数万年も先の人類の未来を奪っていると論じている事になる。

 

たった一人で、「迅速な温暖化対策を求める登校拒否(School Strike)」を始めたグレタさん。
たった一人で、「迅速な温暖化対策を求める登校拒否(School Strike)」を始めたグレタさん。

 

 国連が9月に特別総会を開くのは危機感からだ。特別総会ではあらゆるテーマ(3)が議論されるだろう。レオナルド・ディカプリオ等の有名人も多数動員される。世論喚起にはインパクトがあるだろう。その中で、脱炭素化への動き、国別削減目標(INDC)の引上げ、資金協力の必要性、クリーン・エネルギー用のインフラ拡充、研究開発の拡大、等に世間の理解は深まるだろう。

 

しかし、世界中のあらゆる努力にかかわらず、この宇宙的な危機を制圧する目途は立っていない。ここが最も重要な点だ。今回の会議の後、「遂に制圧できる目処が立った」と云えるのかどうか、それが問題だ。

 

日本はどういう姿勢か

 

  この会議に臨む日本政府の基本方針は6 月 11 日閣議決定された「長期低排出発展戦略」に示されている。 その基調は「温暖化抑制は経済抑制だ」という牢固とした意識から脱却しているとは思えない。確かに早期に「脱炭素社会」を実現するビジョンはやっと明示されたことは評価できるが、その実現は経済界中枢の夢に託された形だ。

 

 その典型は「非連続的イノベーション」と云う用語を多用している点だ。これはまだ実現していない技術の革新的展開を示す言葉だ。既に存在しているクリーン・エネルギーの大量導入よりも、未知のイノベーションに日本のエネルギー転換の夢を託する…。つまり、産業界にとってはコストゼロの政府の技術投資を促し、そのうま味を確保しながら旧来型の官民一体ゲームを進めたい...

 

 どうやら温暖化抑制を日本の新しい持続成長の機会だと捉えるよりも、やらざるを得ないなら産官学の連携で目の覚めるような非連続的イノベーションを狙いたいと云うことだ。安倍首相は「環境と成長の好循環をしっかりとつくり上げることで、世界における環境政策のパラダイム転換を、我が国がリードする」と述べている。

 

国連で演説する安部首相
国連で演説する安部首相

 

 察するに、再エネなどのクリーン・エネルギーは成長促進的な好循環ではないとみているようだ。だから、石炭も当面継続するし、「非連続的イノベーション」を起爆する産官学複合投資を進めたい…要するに日本経済界の中枢は、クリーン・エネルギーのもとで世界的に進行中の文明的な展開を視野に入れたくない…そういう印象だ。

 

 しかも、世界が化石燃料から再エネにシフトをする中、いまだに原発や石炭の維持を図る「戦略」は国際社会ではリーダーシップ的だとは見なされないだろう。そう云う抽象論の領域だけでなく、化石燃料ダイベストメント(投資撤退)やグリーン・ファイナンス等の市場実態の領域でも不利を被る危険がある。「日本は持続可能なエネルギーへの早急な転換に断固乗り出した」と云う姿勢を日本の中枢ではっきりさせること。これがまさに急務だ。

 

日本の閉塞性を打破するために

 

 脱炭素化への道程で、日本が欧州諸国に比較して全て立ち遅れている訳ではない。 世界市場で勝負し相当に頑張っている点は認める。しかし、もっと決断が果断であっても良い。寧ろ技術で競争しているならもっと果断にやるべきだ。その視点からすると日本には何かが欠けている。

 

 それは何か? 私見では政党トップの間の対話だ。エネルギーと温暖化問題、 日本の持続成長などについて政治のトップの対話は絶対に必要だが、殆ど全く存在していない。あるのは役所の審議会だ。しかしこれは最早時代遅れだ。

 

 役所は消費者より業者の利害を見たがる。 それに大変革を主導したがらない。 役所と経済界と政治は「持たれ合い」か「言い訳」の「共同体」のような力学で動いている。 このため市民団体や学識経験者、国際競争に晒されている人々の強い意見は殆どインパクトがない。

 

 この閉塞感を打破するのは政治しかない。今こそ与党と野党が日本のクリーンな持続成長に向けて柔らかな新対話を始めるべきだ。官僚を排除して政治のトップが話し合うべきだ。 トップが日本のエネルギーの将来に向けて腹を割った議論をするべきだ。構造改革は日本は実は得意だ。トップが大きな図柄を描けば、野党側も協力し、技術転換を進め、人材育成を進めるだろう。 イデオロギーとは関係がない。柔らかい対話は出来る筈だ。

 

世界は説得よりも問題の解決を求めている。

 

 翻って国連の特別総会を展望して、世界市民の気持ちを一言で云えば、こうなるだろう…「分かった。危機の説得は十分だ。 兎に角、解決してくれ」。

 

 解決のめどが立っていないのは深刻だ。しかし、私見では新しい可能性がある。 去る7月ネイチャー誌に世界的に著名な科学者6人が「1.5℃目標を50%の確率で実現する残存炭素予算は580ギガトンCO2だ」と発表した(4)。 これは現在の世界の総排出量で行けばあと15年でなくなる数値だ。しかし、科学者の説明では2018年を起点として、今後30-40年にわたる総排出量がこの580ギガトンCO2を超えなければ同じように1.5℃目標は実現するという。

 

残りの排出量を同抑制するか
残りの炭素予算1580ギガトンCO2をどう抑制するか

 

 

 今までは政府が自国のCO2排出量を減らす仕組みで悪戦苦闘してきた。そのワリには事態は改善していないし、温暖化を制圧できていない。 しかし、仮に30―40年かけて580ギガトンCO2の総量を超えないようにしようと国際社会が決めたら、それを確実に、そして無理なく実現する方法はある。

 

 例えば、この総量を世銀などが世界市場で「排出権」として売却し、排出権を提示しなければ税関は原油や石炭などの輸入を許可しないという仕組みがそれだ。産油国が自国産の石油を燃焼する時も同じ扱いにする。つまり排出権を買っていないと化石燃料を燃焼できなくするのだ。世銀は580ギガトンCO2以上の排出権を販売しないのだから1.5℃目標は50%の確率で実現する。もっと確率を上げようと国際社会が決めたら580ギガトンCO2より少ない量を排出権として販売することになる。

 

 580ギガトンCO2を国別に割り当てると必ず不公平と不経済が起きる。市場に任せた方が良い。 市場は今日すべての有限資源を効率的に世界経済に提供している。有限資源の割り当て制度は存在していない。市場は有限な排出権を旨く処理するし、現在の削減野心を申告する制度よりも遥かに経済合理的で確実だ。

 

 それに世銀は排出権の販売収入を手にする。国際社会はこの資金を貧困国のクリーン・エネルギー化とか、世界中の再エネ用のインフラ整備に充てることが出来る。もっと重要なことはこうすると化石燃料を燃焼する行為に初めて世界で一つの値段がつくことだ。炭素価格と云われるものだ。

 

 40年後には石油や石炭、天然ガス等、化石燃料は使えなくなるから炭素価格は次第に上昇する。すると明敏な経営者はこの炭素価格を横目で見ながら、損を出す前に早々に脱炭素に向かって舵を切るだろう。どの企業もどの国も40年もかけないで早々にエネルギー転換を実現するだろう。そうした方が得だからだ。 現在トップの排出国60か国で全CO2排出量の98%を排出している。これらの国が上記の仕組みに合意したら、遂に温暖化問題を解決出来る。しかも経済合理的に。

 

 残存炭素予算の数値はこれからも議論され、より正確性を増すだろう。しかし、今やその数値の科学的正確さを問う必要は無い。残存炭素予算の凡その総量と30年とか40年とかの期間を決めれば、上昇する炭素価格のせいで企業は必然的に脱炭素に向かう。

 

 総量管理方式の方が政府の削減野心の深堀に努力するより遥かに確実だし、前向きだ(5)。 温暖化問題の科学者の間ではこのような総量を軸とする議論が始まっている。今後の議論の展開に期待したい。

 

(注)

(1)http://rief-jp.org/ct8/85288

(2)https://www.unic.or.jp/files/dlun97.pdf

(3)クリーン・エネルギーへの転換、産業エネルギーのクリーン化、エネルギー効率の増大、自然重視の世界システム、森林、農業、海洋、食料システムからの排出削減、吸収能力拡大、脱炭素化へのあらゆる資金調達と動員等。

(4)“Guest post: A new approach for understanding the remaining carbon budget” dated July 17, 2019. https://www.carbonbrief.org/guest-post-a-new-approach-for-understanding-theremaining-carbon-budget/amp

(5)https://rief-jp.org/blog/86006

 

 Nishimura無題

西村 六善(にしむら・むつよし) 元外務省欧亜局長。1999年OECD大使として気候変動問題に関与、気候変動担当大使、元内閣官房参与などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。