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「TCFD提言へのINPEXの取り組み」 ~気候変動対応が総合的リスク管理体制強化のドライバーに~(小田原治)

2019-10-23 10:13:14

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  TCFD提言への国際石油開発帝石株式会社(INPEX)の取り組み状況について、サステナビリティレポート2019( https://www.inpex.co.jp/csr/csr.html )での開示内容を提示しながら紹介します。

 

【TCFD提言対応の基本方針】

 

   当社は2018年5月に発表した「ビジョン2040」と「中期経営計画 2018-2022」において、TCFD提言に沿った情報開示を持続的な取り組みとして推進することを表明しています。同年発行のサステナビリティレポート2018から気候変動関連の情報開示をTCFD提言に準拠した内容とし、以下の対照表「TCFD提言に沿った開示内容及び開示箇所」を提示しています。

 

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【TCFD提言への取り組みの背景】

 

 ロンドンを拠点とするシンクタンクCarbon Tracker Initiativeが2013年にUnburnable Carbon Report(※1)を発表して以降、石油ガス開発企業の保有埋蔵量の一部は2℃シナリオの下で座礁資産化するとの議論が巻き起こり、2015年にはBPとロイヤル・ダッチ・シェルが株主総会でIEAの各シナリオに対する事業戦略の説明を求められました。

 

 当社は国際的な石油ガス開発企業の一員としてこうした状況を踏まえ、2015年12月に「気候変動対応の基本方針」を策定・公表し、2016年度からは経営企画本部が気候変動対応を担う体制としました。

 

(※1)Unburnable Carbon 2013: Wasted capital and stranded assets

 

【シナリオの設定】

 

 2017年6月に発表されたTCFD提言に基づいて当社が最初に取り組んだのは、低炭素社会シナリオの設定でした。当時、当社は上記の「ビジョン2040」と「中期経営計画 2018-2022」策定の準備段階だったので、その前提となるシナリオが必要でした。

 

 検討の結果既成シナリオを活用することとし、IEAの新政策シナリオを基本としつつ、低炭素化技術の進展とパリ協定による政策強化の2つがドライバーとなって、IEAの持続可能な開発シナリオ(IEA2℃シナリオ)に移行する社会を想定し、4つのシナリオを設定しました。石油、天然ガス、再生エネルギー等の需要見通しを提示する4シナリオは、中長期計画の策定にあたって経営陣の議論のベースとして機能しました。

 

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【ロ-ドマップの作成及びガバナンスの整備】

 

 次に取り組んだのは、TCFD提言対応のためのロードマップ作りでした。TCFD提言は5年を目途に情報開示体制を構築することを推奨していますので、当社では2017年度~2020年度で体制整備すべく、既に対応できている推奨事項を確認の上、追加的に取り組むべき業務課題をリストアップし、年次展開しました。

 

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 このロードマップを実現するために、経営企画ユニット内に気候変動対応推進グループを新設することとし、取締役会及び経営会議によるガバナンスの整備と一体で取組体制を整備しました。

 

 取締役会が気候変動対応の監督、及び基本方針の決定を担い、経営会議が気候変動関連リスク及び機会の評価の決定、及び気候変動対応に係る重要な目標の決定を担うよう関連諸規程を改定すると同時に、気候変動対応推進グループがこれらの事項を分掌・推進する体制です。

 

【気候変動関連リスクの評価】

 

  気候変動関連リスクの管理プロセスは、当社のHSEユニット(※2)が2014年度から年次PDCAサイクルで実施してきました。2018年度から気候変動対応推進グループがその役割を引き継ぎ、従来の管理プロセスにTCFD提言のリスク区分(移行・物理)及び期間区分(短期・中期・長期)等の要素を取り入れました。

 

 新たなPDCAサイクルでは、気候変動対応推進グループがリスクアセスメント及びリスク対応策を作成し、「気候変動関連リスク及び機会の評価プロジェクトチーム」(気候変動対応推進PT)によるワークショップで検証し、経営会議、及び取締役会で報告・審議する体制としました。気候変動対応推進PTは、社内の各部署を代表する組織横断的な20名ほどのメンバーで構成されています。

 

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 リスク評価のプロセスは、国際的なリスク管理基準であるISO31000(2009)の手順に従っています。サステナビリティレポート2019 では、TCFD提言のリスク区分毎に「リスクの評価対象」、「リスク発生時期見込」、及び「対策の状況」を説明しました。

 

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(※2)HSEユニットは、当社の事業活動に関係する全ての人々の安全(Safety)を確保し、健康(Health)を守り、地域と地球の環境保全(Environment)に努めるセクション。

 

【気候変動関連リスクの財務的評価への取り組み】

 

  当社では2017年10月からインターナルカーボンプライス(US$35/tCO2-e)の適用を開始し、プロジェクト所在国の政策移行リスクを定量的に経済性評価に織り込んでいます。更に、TCFD提言が推奨している「2℃以下シナリオに対する事業戦略のレジリエンス(対応力)」の説明の仕組みを構築すべく、以下2つのアプローチを試行・検討しています。

 

 一つめは、IEA2℃シナリオの油価・カーボンプライスの見通しを当社ポートフォリオに適用し、当社のベースケース価格とのギャップを財務的に評価する仕組みを試行しています。

 

 二つめは、IEA2℃シナリオ達成を前提にした石油及びLNGの需給量と、世界の石油とLNGプロジェクトの供給量見通しとのギャップを想定し、当社プロジェクトの供給サイドの競争力を評価するアプローチです。世界の石油とLNG各々の個別プロジェクトをブレークイーブンコスト順に並べたサプライコストカーブを活用する仕組みを検討しています。

 

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【総合的リスク管理と気候変動関連リスク管理との関係整備】

 

  当社は、事業運営に伴うリスクを適切に把握・管理する総合的なリスクマネジメント体制(下図)の継続的な改善に努めています。具体的には、中期経営計画等を実現するため、全社並びに各担当部門の中期及び短期の目標である取組方針・年度計画に、特定した重要なリスクとその対処方法を含めた上で経営会議において決議し、取締役会に報告しています。

 

 各部署は斯かるリスクとその対処方針に留意しつつ、目標達成へ向けた取り組みを推進し、各年度の中間期及び期末にその進捗状況のレビューを実施しています。冒頭に記したように、当社は中期経営計画でTCFD提言に沿った気候変動対応の推進を表明しており、気候変動関連リスクをこの総合的なリスクマネジメント体制の下で管理しています。

 

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 【おわりに】

 TCFD提言対応のためには、開示のための社内情報収集に留まらず、新たな仕組み作りが必要です。気候変動対応という切り口が、総合的なリスク管理体制強化のドライバーになっていると感じています。

 

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本稿は「月刊ビジネスアイエネコ  地球環境とエネルギー 2019年10月号」に掲載された「TCFD対応に向けたINPEXの取り組み」を一部修正・加筆したものです。

 

 小田原 治(おだわら・おさむ)国際石油開発帝石・経営企画本部・本部長補佐・気候変動対応推進担当。