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アメリカ環境ビジネスの最新トレンドとトランプ政権の環境政策(光成美紀)

2019-11-20 18:59:08

EPA11キャプチャ

 

 環境ビジネスの市場規模は、その定義によってセグメントや含まれる業種範囲が異なるが、米国の環境ビジネスインターナショナル社(Environmental Business International, EBI)では、世界全体の環境ビジネス市場を約100兆円規模と試算しており、その約4割を米国が占める。

 

 (写真は、ワシントンにある米環境保護庁の本部)

 

 EBI社は1988年に設立され、米国の環境ビジネス市場データを独自につくりだした会社であり、米国の環境保護庁(Environmental Protection Agency, EPA)だけでなく、OECDや環境白書でもデータ引用されるほか、同社を創業し、現社長のGrant Ferrier氏は米国議会委員会のほか、諸外国政府への環境ビジネスへの解説や環境関連企業のM&Aの助言なども行っている。

 

 EBI社では、約15年前から毎年環境ビジネスサミットを開催しており、環境ビジネスを行う企業の幹部や連邦政府各省庁、州政府や業界団体、弁護士、非営利団体などが登壇して業界の意見交換をする。この会議に、筆者は15年前の初回から時折、米国市場の調査のために参加していたが、今年数年ぶりに参加したところ、あらためて米国環境ビジネス市場の先進性と進展を感じた。

 

 本稿では、環境ビジネス市場の概要及びトランプ政権の環境関連の優先テーマに加え、現在米国の産業界が最も懸念する環境リスクについて紹介したい。

 

環境ビジネスとその市場規模とは

 

 環境ビジネス市場は、従来からある環境汚染対策として大気、水、土壌、廃棄物、有害化学物質の調査や浄化対策、再生可能エネルギー等に分類されるセグメントに加え、機器やサービスの分類として、機械設備、情報システム、分析サービス、コンサルティングサービスなどに分類されている。米国には、日本でまだ発展していないサービスや企業も多く、とりわけIT,金融、コンサルティングなどの分野は層が厚く、AIやドローンなどを活用した最新技術サービスも先行している。

 

 米国には、水、廃棄物、エネルギー等のサービスを総合的に実施する環境コングロマリットともいえるヴェオリアやスエズのような数兆円規模の巨大企業グループはないが、単体として世界最大の廃棄物処理会社であるWaste Management社があるほか、国防省やエネルギー省などが管轄する環境対策も非常に大きい。各省ではEPAを超える予算がある分野もあり、年間1500億円以上の予算をかけて、軍用地の汚染浄化、生態系の維持管理なども行っている。

 

 金融分野では環境関連のM&Aに特化するプライベート・エクイティ・ファンドや金融サービス会社、環境関連の保険に特化したブローカーも多い。こうしたファンドや金融サービス企業は、業界のM&Aと環境ビジネス関連企業の再編を支援している。

 

 大規模な環境・エネルギー事業の基本計画や調査設計等をとりまとめる環境コンサルティング会社は、こうしたファンド等の支援を受けてM&Aで拡大しており、過去20年で上位5社のシェアは2%から28%に増大した。また、AIや3D、ブロックチェーンなど今後の重要技術を早期に活用するため、異業種の統合や連携が増えている。

 

 米国は、特に共和党政権とその支持層が温暖化対策に対して積極的でないことなどから、環境対策等が進んでいないというイメージもあるが、実際には官民ともに多額の予算があり、再生可能エネルギーの採用も進んでいるほか、環境情報の開示も非常に進んでいる。また、汚染対策やリサイクル、コンプライアンスなどについても先進的な仕組みやビジネスが数多くある。

 

現政権の環境政策

 

 今回の会議は、アメリカ環境ビジネス会議のなかでも政策及び政治動向に関する内容で、ホワイトハウスのほか、両院議会の環境問題の担当の方々、エネルギー省、国防省の環境管理をする陸軍工兵司令部(Army Corps of Engineer, ACE)等からの発表があった。

 

 米国のホワイトハウス内には、1970年に制定された国家環境政策法(National Environmental Policy Act, NEPA)に基づく環境諮問委員会が設置されている。NEPAはパイプラインやエネルギ―開発プロジェクトなどの大規模プロジェクトにおいて環境影響評価を義務付けることを定めた法律で、米国で最も古い連邦環境法の一つである。現在のトランプ政権の環境諮問委員会のMary B. Neumayr委員長も今回のEBJ環境ビジネスサミットに立ち寄り、現政権の優先順位の高い環境分野について下記3つの分野を紹介した。

 

 第一は、環境法執行の効率化であり、Modernizationという表現を使用している。大気汚染などが対象となるとのコメントがあった。Neumayr委員長から個別のコメントはなかったが、現在日本でも話題になっているように、カリフォルニア州など複数の州で連邦基準よりも厳しい排ガス規制を規定していることについて、政権方針との対立がある。

 

 米国では各州の規制の相違が大きいが、発電所などの固定された施設の規制と、移動する自動車等の規制では、その影響も異なる。2つの異なる基準の車両を製造することは自動車メーカーにとっては大きな負担となる。このため、結局は厳しい基準に適合する可能性が高く、基準設定の権限にまで影響を及ぶ可能性があり、難しい課題となっている。

 

 第二は、許認可の迅速化である。トランプ政権では経済と環境保全とのバランスを重視している方針とのことで、これまでエネルギー開発、鉱山開発、パイプライン設置などで連邦政府と州を合わせると平均4.5年かかっていた許認可を原則として2年以内に発行できるように迅速化を進めるとのことであった。

 

 許認可の迅速化は、現在、米中貿易摩擦においても課題の一つとなっているレアアースや重要鉱物政策においても政策方針として挙げられている。(トランプ政権の重要鉱物政策については、以下をご参照。https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=242)許認可の長期化により実質的に実現がほぼ難しい事業に対して規制緩和が行われている。

 

 第三には、水インフラが挙げられた。インフラ政策はトランプ政権の重要政策の一つであるが、老朽化した水インフラ等への投資を優先しているとのことであった。日本と同様に、大型化するハリケーンや異常気象が増えている米国では、沿岸部の各州では、湾岸地域の強靭化マスタープランが策定されており、水インフラ(水道及び排水等の下水関連)の老朽化は、道路・橋などの交通インフラと共に今後20年の投資分野と位置付けられている。

 

 オバマ政権時にはクリーン・パワープランと呼ばれる石炭発電所を対象として温室効果ガスの削減を各州に求める政策を課す予定であったが、トランプ政権はこれを廃止し、環境保護庁(EPA)の予算を大幅に削減している。

 

 一方、環境法令違反への罰金や修復命令等はオバマ政権時代に合計100億ドル(約1.1兆円)を超え、刑事罰も多かったものが、トランプ政権になり罰金は5分の一以下になり、刑事罰は30年来の低さになっている。米国の罰則は日本では考えられないほど規模が大きいため、政権交代による環境政策の相違は企業の環境リスク対応にも大きな違いがでる。

 

 トランプ大統領はパリ協定の離脱など、気候変動に対する国際的な枠組みに積極的ではない共和党支持層の意見を反映した政策がとられているが、米国では民主党支持層とミレニアム世代より若い世代に環境・持続可能性を配慮する志向が高まっている。大手企業でも再生可能エネルギー100%を達成するRE100に加盟する企業が多数あるほか、大学や自治体でも再生可能エネルギーの導入は進んでいる。

 

産業界の懸念事項(PFAS問題)

 

 さて、こうしたアメリカ環境ビジネスの分野で、現在最も大きな話題となっているのがPFAS(パーフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物)による水や土壌、大気汚染の問題である。

 

 PFASはフッ素系有機化合物で、1940年代から本格的に使用され、3000以上の化学物質が作られており、油、水、高温に強く、摩擦削減効果がある。PFOSとPFOAという2つの物質が最も懸念されるもので、PFOAは、テフロン加工のフライパン等を製造する際に使用されるものがよく知られる。

 

 このほか、消火剤やセミコンダクターなどの精密機器の製造工場、空港、カーペットや保護用作業着、傘、デリバリー用のピザの箱やファーストフードの包装紙などにも使用されており、あらゆる場所にあると言われている。ダイオキシンや農薬などと同様に体内に蓄積される残留性物質に属し、過去の調査では健康影響の懸念があることが示されており、デュポン社によって2004年に設立された研究会では、PFASと6つの疾病との相関関係の可能性(Probable Link)が指摘されているほか、PFOAとPFOSは、樹脂や接着剤などに使用されるベンゼンやクリーニングなどに使用される塩素系溶剤に比べ100倍から1000倍の毒性があるとの報告もある。EPAは今年2月に、PFAS規制に関する今後の行動計画を発表しているが、一部の州では規制が始まっている。

 

 まだ、EPAにより有害物質として指定されたわけではないが、すでにテフロンの製造を行っていた3M社とデュポン社は一部の州で1000億円近い金額で住民集団訴訟との和解をしている。全米にはPFASによる汚染サイトは4万か所以上あると推定されており、その浄化費用は800億ドル(約9兆円)を超えると試算されている。

 

 米国の各地域にある環境ビジネス協議会等では、PFASの会議は満員となる状況で、弁護士、保険会社なども情報収集をしているほか、浄化会社や分析機関でも浄化技術や分析方法の確立を進めている。一方、まだ法律の対象となる有害物質に指定されておらず、規制内容も明らかになっていないなかで、企業の住民補償などが確定しており、今後どのようにこの問題が展開されるのか、環境ビジネスの関係者も懸念している。

 

 米国は訴訟が多く、また集団訴訟による多額の賠償額が発生する。過去のアスベスト関連の企業が負担した費用は、2017年末までに1460億ドル(約16兆円)に上るが、PFASはアスベストと比較にならないスピードで物事が展開しており、今後の浄化費用も甚大になる見込みである。訴訟による弁護士費用が増えるだけでなく、健康被害の防止と深刻な汚染対策に充てられる費用を確保する仕組みの構築が必要だとの意見も提起されていた。

 

 日本では、沖縄の地下水などで一部濃度の高いPFOS等が発見され、2019年5月にNHKのクローズアップ現代で放送され国会でも話題となった。現在、厚生労働省でも水道水の暫定基準を策定する方向で調整が進んでいるといわれている。

 

 PFOSをテーマにした映画は2年前に公開されているが、この11月にも“Dark Waters”というタイトルの映画が公開される。PFASについては、米国だけでなく、オーストラリア、北欧各国でも潜在的な汚染浄化費用等の調査も進められており、今後の長期的な課題となる環境リスクとみられている。

 

おわりに

 

 本稿では、過去数回のアメリカ環境ビジネス会議の動向の一部を、筆者の私見と共に紹介した。米国は、ITやAIなどの最新技術と金融分野で世界最大かつ最先端の市場を持つ。環境ビジネスにおいても、これまでESCO、排出権取引、環境保険、標準化した環境デューデリジェンス、グリーンビルディング認証など世界的に広がる様々なビジネスモデルや枠組みをつくっており、異なる分野の専門家による協業が活発に行われている。

 

 日本の環境技術やサービスとの連携により持続可能な社会に役立つイノベーションや、制度等が類似したアジア地域への環境ビジネスの展開などの可能性も高まるだろう。

 

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 弊社では、Environmental Business International社と連携して日米の環境ビジネス情報の配信を進めるほか、来年(2020年)Environmental Business International社と日米環境ビジネス会議の共催を予定している。

 

 2019年12月から「アメリカ環境ビジネス研究会」(https://www.finev.co.jp/wp-content/uploads/2019/11/20191211ajd.pdf)を開催しますので、ご関心がある方はinfo@finev.co.jpまでご連絡ください。

 

mitsunari1キャプチャ

光成美紀(みつなり みき)

慶應義塾大学経済学部卒業、University of Pennsylvania(環境学修士)、みずほ情報総研㈱を経て、㈱FINEV(ファインブ)代表取締役。産業構造審議会・産業環境対策小委員会臨時委員(2013年~現任)。土壌汚染、環境保険、環境債務、海外環境規制の寄稿・出版多数。