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出版『新・贈与論』(林公則著、コモンズ)

2017-09-26 17:47:31

hayashi1キャプチャ

 

 本書は、ドイツの社会的金融機関として知られるGLS(貸すことと贈ることのための共同体)グループの紹介を通して、「お金」のあり方を問い、「贈与」という行為に新たな光を当てることを試みた意欲的な著作である。

 

 世間の常識は、お金といえば運用。現下の長期超低金利の下で、政府は「貯蓄から投資へ」と旗を振る。その趣旨は、ゴミのような銀行預金の金利ではなく、株に投資すれば値上がり益・配当益を稼げますよ、という「運用のススメ」である。まとまったお金があれば増やすのが当然というマネーの世界に、逆行するような贈与の世界。運用せずに人にお金をあげてしまうわけだから、お金は減る。著者はドイツのゲゼルや、シュタイナーの提言を踏まえ、お金持ちの道楽のように思われてきた贈与の行為にこそ、社会に創造性をもらせる機能があることを知らせる。

 

 贈与という行為は経済活動の余剰としての貢献活動にとどまらない。ゲゼルが提唱した「減価するお金」や、シュタイナーの「老化するお金」という考え方の軸になる贈与の行為があってこそ、経済社会は循環し、一握りの富める者だけの社会ではなく、多くの人が創造力を発揮し、それを万人が享受できる豊かな社会の構築につながる。今風にいえば、贈与はサステナビリティ(持続可能性)の土台になる行為ということになる。

 

 著者はこうしたドイツの碩学たちがたどり着いた「お金と社会の関係論」を実践しているドイツ・ボーホムのGLSの活動をつぶさに取材、紹介している。マネーゲーム万能の時代にあって、その対極ともいえる贈与や信用保証等を土台とした金融活動を展開しているGLSの例は、実は例外ではない。欧州にはオランダのトリオドスバンク、イタリアのバンクエティカ、スイスのオルタナティブ銀行など、社会的金融機関が着実に活動を続けている。米国でも、CDFI(Community Development Financial Institutions)の制度の下、コミュニティバンクやマイクロファイナンス機関が各地で根を張っている。

 

 評者もGLSをはじめ、こうした米欧のコミュニティバンクや社会的金融機関の活動を取材した本(「金融NPO」岩波新書、2017年)を書いたことがある。マネーゲームに翻弄されないこうした社会的金融機関の実践活動を目の当たりにすると、その手応えの確からしさに、ある種の「感動」すら覚えるほどだった。これまでも、何人もの日本人が、GLSやトリオドスを訪ねて、その実践の姿に感動し、日本での展開に挑戦してきた。

 

 その挑戦の火は細々と続いてはいる。だが、わが国では、米欧ほどには広がりも、深みも十分ではない状況も続いている。本書では、新たに、クラウドファンディングの実践例、沖縄のファンド、基金等を紹介している。いずれも贈与をアレンジした形で「人への応援」「目的への応援」を展開している。こうした新しいお金の活用の取り組みは、より幅を広げ、深みを増し、「感動」を呼ぶ手応えに変わっていくのだろうか。

 

 その成否の見極めは、お金を生かす先の「共同体」のあり様にかかっているのかもしれない。日本社会で崩れかけていると指摘されて久しい、地域、近隣、社会組織等の共同体の再興を果たせるかどうか、あるいは共同体の再興に贈与の行為がどれほど役立つのか。

 

 もう一つ、あえて注文を付けるとすれば、本書には、GLSと経営破たんしたドイツ・エコバンクとの合併についての言及がほとんどなかった。GLSと似た金融の仕組みをとる社会的金融機関として話題を集めたエコバンクの盛衰は、マネーゲーム市場と併存する社会的金融機関の課題を示すものかもしれない。著者の見解が気になる。

                                                    (藤井良広)

 

林 公則(はやし・きみのり) 一橋大学大学院経済学研究科特任講師、NPO法人ん化学兵器被害者支援日中未来平和基金理事。専門は環境経済学と環境政策論。主著に沖縄論』(共著、岩波書店)など。

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