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出版:『社会的共通資本の外部性制御と情報開示』~統合報告・認証・監査のインセンティブ分析(越智信仁著、日本評論社)

2018-12-19 16:49:23

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 本書は副題に「統合報告・認証・監査のインセンティブ分析」とあるように、社会的共通資本(自然資本、環境・地域コミュニティ等の社会関係資本、金融・監査等の制度資本)に共通する外部性を制御するため、原因者に対して、開示インセンティブのあるべき姿を横断的に考察した意欲的な著作である。

 

 環境・社会的要因を投資判断の際に評価することの重要性は、気候変動の激化で経済活動に多大な影響が及び、人権・格差等の社会問題への企業の対応力の巧拙がレピュテーションリスクを生じさせることでも、明らかになってきている。本書はそうした環境や社会要因の重要性を、「人間の幸福(well-being)を目指す経済社会のあり方」として肯定的にとらえるとともに、それらを「社会的共通資本」と位置づけ、その経済社会への外部性をいかに制御するかというテーマを真正面に据えている。

 

 ESGやサステナビリティの言葉は経済・金融の世界でも飛び交うようになっている。だが、企業価値を左右するそれらの情報を、経済主体がどれほど真剣に外部性としてとらえ、必要な情報開示に取り組んでいるのか、と問うと、心許ない状況が続いていると言わざるを得ない。

 

 評者は外部性の環境要因を企業価値評価に組み込む環境金融論を長年にわたって提唱してきた。これに対して筆者は、環境等の自然資本の外部性のみならず、社会関係資本や制度資本についても外部性評価と、その制御の方法論の設計を目指している。その知的な設計のために、膨大な内外の文献を読み解き、業際的な理論を応用して再構成し、新たな道筋を見出すという知的作業を丹念に展開している。

 

 正直、著者のそうした網羅的な読解力に付いていくのはかなりの体力を要する。しかし、その疲労感を上回って余りある「論理的な手応え」が随所で得られるのが、本書の魅力でもある。

 

 その一つが、自然資本評価への取り組みと開示のインセンティブとしてのリアルオプション分析の応用である。環境・社会分野への戦略的選択(オプション)投資を、将来の事業参入に対する「オプションの買い」と位置づけることで、不確実性をチャンスとして把握できるインセンティブを経営に付与しようという考えだ。

 

 リアルオプション理論を、M&Aや研究開発、ベンチャー投資等に応用した経営論はある。だが、環境・社会関連分野への応用は著者が指摘するように「未開拓」な領域である。環境・社会的リスクを同時にオポチュニティ(機会)として経営がとらえるための理論的バッグボーンになり得る。

 

 社会的共通資本の不適切な使用による「悪い評判」を、企業価値を阻害する「負のインタンジブルズ」とみなす点も著者の独自的視点である。企業は社会的共通資本の所有権を有しない。しかし、負のインタンジブルズを被ることによる企業価値への影響を減じるために、開示の効率的な利用・配分に配慮するようになると指摘する。

 

 さらに著者の視点は、「人間の幸福(well-being)」を追求する経済・社会主体の在り様にも突き進んでいく。その具体策として、地域における環境・社会的価値実現のための協働の担い手として、企業とコミュニティの関係性を深める「地域社会益法人」の設立と認証制度を提案している。

 

 既存の外部評価システムである監査制度、国際会計基準等が抱える不確実性等の課題についても、最新の論点を踏まえた論考を加えている。ESG投資の実務者、研究者ら、さらには経営トップにも一読を勧めたい。

                                        (藤井良広)

 

越智 信仁(おち・のぶひと) 日本銀行を経て2015年から尚美学園大学総合政策学部教授。京都大学博士(経済学)、筑波大学博士(法学)。書籍・論文にて、日本会計研究学会太田・黒澤賞、日本公認会計士協会学術賞、日本内部監査協会青木賞、国際会計研究学会賞、日本NPO学会賞を受賞。  http://www.shobi-u-ochi.jp/

 

 

 

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