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ゆうちょに眠る復興埋蔵金6兆円  スリムで生産性の高い銀行に生まれ変わる好機に(日経ビジネス)

2011-07-15 12:24:06

 

  • 宇野輝 =京都大学経済学研究科・経済学部特任教授 :3月11日の東日本大震災後、政府は復旧・復興のため補正予算を検討している。財政規律を守るには赤字国債を発行しない形で復興財源を確保するのが望ましいが、6月25日に政府の「東日本大震災復興構想会議」がまとめた提言でも、増税を含めた財源確保策が明記できたとは言い難い。


 しかし、掘り起こせば今すぐにでも使える「埋蔵金」がある。日本郵政グループの金融機関であるゆうちょ銀行が抱える過大な自己資本だ。日本郵政グループの株式上場が凍結され、ゆうちょ銀の上場が遠のいている今、政府保有株の売却益は当面、得られそうにない。であれば、ゆうちょ銀の株主資本を政府に戻し、復興財源の一部とすべきである。

自己資本比率は74.82%


 

 埋蔵金の規模は6兆円だ。内閣府が試算した東日本大震災による直接的な被害額である16.9兆円の3分の1強を賄える巨額の財源である。

 ゆうちょ銀は民営化したとは言え、政府が事実上、100%出資する金融機関である。民間金融機関と同等か、それ以上に経営の安定性を問われるのは言うまでもない。しかし、民営化して4年目のゆうちょ銀行は経営改革が進展せず、自己資本が必要以上に多額である。それが経営の緊張感を失わせるという副作用も生んでいる。

 まず、その自己資本がいかに過大であるかを見てみよう。

 ゆうちょ銀は2011年3月末の預金量が175兆円もある日本最大の金融機関だ。そうなると、比較対象はメガバンクということになる。

 2011年3月末の資本金額はゆうちょ銀行が3兆5000億円、三菱東京UFJ銀行、及び三井住友銀行は1兆7000億円である。自己資本比率はゆうちょ銀行の74.82%に対し、三菱東京UFJ銀行は16.61%、三井住友銀行は21.45%である。


大手銀行の資本 2011年3月末

































  ゆうちょ銀行 三菱東京UFJ銀行 三井住友銀行
資本金 3兆5000億円 1兆7119億円 1兆7709億円
資本準備金 4兆2962億円 1兆7119億円 1兆7710億円
資本剰余金 2兆1663億円 7102億円
合計 7兆7962億円 5兆5901億円 4兆2521億円


 

ゆうちょ銀と同じように、公的金融改革の一環で民営化された金融機関を見ても、日本政策投資銀行は資本金1兆1000億円(2011年3月末)、自己資本比率20.39%である。商工中金は資本金2186億円(同)、自己資本比率12.37%。いずれも資金調達ではゆうちょ銀よりも厳しい立場に置かれたが、自己資本の水準はメガバンク並みだ。

 

資本金をメガバンク並みまで減額


 

 郵政民営化の際、郵便貯金部門が独立して発足するゆうちょ銀の資本金は、金利変動のリスクなどに対し、経営基盤を安定させる十分な水準が必要とされた。ただし、過大資本はROE(株主資本利益率)や収益性の低下にもつながる。これは株式上場にあたっての問題ではあったが、経営基盤の安定をアピールすることが優先されたわけである。

 ゆうちょ銀が発行する3兆5000億円の株式はすべて、郵政グループの持ち株会社である日本郵政が保有し、その日本郵政の株式は日本政府が100%保有している。つまり、民営化したとは言っても、実際には公的金融機関だ。そして資本金に資本準備金を合わせるとに7兆7962億円(2011年3月末)もある。

 これに対し、自己資本比率の計算上、分母となるリスクアセットは11.5兆円しかない。運用の大部分が、リスクアセットに参入されない国債となっているためだ。

 このため、資本金をメガバンク並みの1兆7000億円まで減額し、資本準備金4兆2962億円を政府に返還しても、残る利益準備金などを合計すれば自己資本額2兆5167億円を確保できる。この時、自己資本比率は21.86%である。国際業務を行っていない銀行としては十分な自己資本だ。

 従って、資本金からの1兆8000億円と、資本準備金からの4兆2962億円を合計した6兆962億円が、最大に見積もれる復興財源となる。

そもそもメガバンクが生き残りをかけ、銀行の収益向上と自己資本増強に真剣に取り組んでいるのは国際競争に耐え得る経営基盤を構築し、監督官庁の規制を遵守して自立しようとする姿勢の表れである。

 ゆうちょ銀も民営化時に(1)新規業務(住宅ローンや中小企業向け貸出しなど)に取り組み、(2)資産運用においても新規業務(デリバティブ、シンジケートローンなど)へ参入し、多様な分散投資によるリスクテイクも考えていたはずである。

 それらに備える十分な自己資本をゆうちょ銀に持たせてスタートしたが、残念ながら3年経っても新規業務への取り組みは遅々として進んでいない。

 ゆうちょ銀を設立した目的は、官製金融の「入口」と言われる「郵便貯金」をより成長性の高い部門に供給することだった。言い換えれば、資金が成長性の高い民間へと流れる経済構造に変えることにあった。にもかかわらず、実質的に何も動いていない現状は、日本経済にとっても大きな損失と言わざるを得ない。

政府自身が「健全性を保てる」と試算


 

 では、自己資本を減らすことによる将来のリスクはどうか。

 ゆうちょ銀のビジネスモデルは、期間10年の定額貯金などで調達した資金を、長期国債で運用するものだ。このため、金利上昇局面では、債券価格の下落や運用利ざやの縮小という大きなリスクにさらされる。このことが、充実した自己資本の根拠になってきた。

 しかし、そのリスクを重視した政府自身が、金利上昇局面でもゆうちょの経営は一定の健全性を保てると試算した資料がある。

 2007年4月の「日本郵政公社の業務等の承継に関する実施計画」がそれだ。民営化後の経営計画を示したもので、以降、これを改定する中期的な損益見通しがまとまったことはない。

 ゆうちょ銀の損益見通しを表3のように示す。ここでは、(1)長期金利が2006年12月の1.3%から変動しないと仮定した「フラットシナリオ」と、(2)長期金利は2011年に4.0%まで上昇するという「政府見通しシナリオ」を併記した。



 幸い、これまでのところ長期金利は横ばい状態が続いている。つまり、現実には、ほぼ「フラットシナリオ」をたどっている。しかし、だからと言って、国債依存の危険性を放置していいことにはならない。また、地域で集めた貯金は本来、地域に還元すべきものなのに、地域金融にも資金が回っていない。

まして、今は国家が震災によって非常事態にある。そんな時、国債増発によってマーケットの信認を失い、金利リスクや信用リスクを増大させ、ゆうちょ銀の経営を悪化させるより、財政規律を守りながら復興財源として最大6兆円を拠出した方がよほど賢明だ。ゆうちょ銀がスリムになり、効率的で生産性の高い銀行に生まれ変わる好機だと考えることもできる。

郵政事業は国民の財産と言えるもの


 

 長年にわたって積み上げた郵政事業の6兆円は、郵政公社時代の政府出資の資本金1兆2000億円と利益剰余金5兆1000億円の合計6兆3000億円に相当するもので、中でも利益剰余金は明治以来の利益の結晶とも言える。

 郵政事業は、旧郵政省と旧大蔵省が一体となって国民の税金で運営してきた。赤字に陥った時は、一般会計から税金を投入し、支援した経緯もある。それらを考慮すれば、国民の財産とも言えるものだ。

 2010年3月末の財務省報告には「日本郵政株式会社の政府保有株式は9.6兆円であり、政府保有割合100%(会計名:一般会計=36%、国債整理基金特別会計=64%)」と記載されている。

 このゆうちょ銀の減資スキームに法律上の問題があったとしても、法律は国会で議論すれば変えられる。また、仮に将来、企業向け融資など新規業務への参入によりリスクアセットが増えれば、メガバンクが資本増強を行ったように、政府が増資するか、民間の協力を得れば良い。

今こそ「国民のため」考える時


 

 歴史を顧みれば、郵便貯金は明治以来、国家が危機にある時、その復興の支えとなる財源として使われてきた。日清・日露戦争、世界恐慌、関東大震災、昭和恐慌、太平洋戦争などの後である。

 国民の貯金の積み重ねである170兆円が、失われた20年の間に急増した「国の借金」の原資である国債を引き受けてきた。その借金の一部は、ダム・高速道路や港湾・空港など、多くが無駄な公共投資に使われた財政投融資資金ともなった。

 その結果、今、我が国には大震災と原発事故という2重の国難に対処する財政の余裕がない。せめて、役目を果たしていない巨額のゆうちょ銀の株主資本を復興財源として提供することが、国民のためになるのではないだろうか。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110708/221370/?P=1