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第5回サステナブルファイナンス大賞受賞企業インタビュー③優秀賞の三井住友信託銀行。UNEP FIの「ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)」に基づく初の融資実施(RIEF)

2020-02-12 08:00:19

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  第5回サステナブルファイナンス大賞の優秀賞には、国連環境計画(UNEP)金融イニシアティブ(FI)の「ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)」に基づく三井住友信託銀行の事業会社向け融資が選ばれました。同原則に基づく初の融資です。同行経営企画部の金井司氏(フェロー役員 チーフ・サステナビリティ・オフィサー)にお聞きしました。

 

――今回のUNEPFIのポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)に取り組むきっかけは。PIFを説明してください。

 

金井氏:PIFは2018年11月に作られたものです。企業活動が経済・社会・環境にもたらすインパクト(ポジティブな影響とネガティブな影響)を分析・評価し、企業に、ネガティブインパクトを抑制し、ポジティブ・インパクトを最大化する目標を設定してもらいます。その目標実現へのコミットメントと情報開示を融資の条件とします。UNEP FIは銀行融資がサステナブルファイナンスの中心的な役割を果たすことを期待しているのだと思います。そのためのフレームワークとして、ポジティブ・インパクトの考え方を組み入れた資金使途を特定しないファイナンスとしてPIFを打ち出したものです。

 

――「資金使途を特定しない」とは、どういう意味ですか。

 

金井氏:一般の融資のことです。通常の貸し出しの中にポジティブ・インパクトの考えを入れるのです。「資金使途のあるもの」というのは、グリーンボンドがまさにそうです。その資金使途のインパクトを見ればいいので、わかり易い。プロジェクトファイナンスも、プライベートエクイティもそうですね。

 

表彰状を受け取る金井氏㊧、㊨は審査委員長の佐藤泉弁護士
表彰状を受け取る金井氏㊧、㊨は審査委員長の佐藤泉弁護士

 

 一般の融資では、財務内容および事業基盤を分析して信用力を審査して貸し出します。融資の際、企業活動のポジティブとネガティブのインパクトを分析し、当該企業の社会的課題への貢献も加味して取り行うものです。UNEP FIは、ワーキンググループを立ちあげて、一般融資に、どうやってポジティブとネガティブのインパクトを入れるかという方法論を固めている最中で、今も継続中です。そこをわれわれは、原則が公表されてから4か月後の2019年3月に、実際に、不二製油グループに対し、ワーキンググループでの議論も踏まえインパクト評価を加えたPIFを実施したのです。世界で初めてであるのと同時に、一種のデファクト的な世界基準を示したという意味合いもあると思っています。

 

――不二製油向けのPIFの概要を説明してください。

 

金井氏:まず、不二製油社のサプライチェーンの上流、中流、下流のそれぞれにおいて、ポジティブとネガティブのインパクトを特定しました。それぞれについて、最大化と抑制に係る目標を設定し、それら目標への同社のコミットメントを織り込んだ意見書を当社が作成しました。当社意見書を基に日本格付研究所(JCR)が第三者意見を公表しました。不二製油は当行の融資を通じて、ポジティブ・インパクトの最大化とネガティブ・インパクトの抑制を実施することで、サステナブル企業への移行の道筋を対外的にコミットメントしたことになります。

 

 たとえば、同社のサプライチェーンの上流では、パーム油を調達しているので、そのサステナブル調達の確保にコミットしています。そのためのポジティブ・インパクトとして「雇用」「気候」「生物多様性と生態系サービス」および「包摂的で健全な経済」をカテゴリーに設定しました。調達過程では、NDPE(森林破壊ゼロ、電探知開発ゼロ、搾取ゼロ)を目的とした、サプライチェーンの改善活動や、RSPO等の取り組み、さらにトレーサビリティの向上などを盛り込んでいます。

 

――企業のコミットメントが想定通りに達成できるかどうかには不確実な面があります。達成できない場合に、金利を引き上げるなどのコビナンツは設定するのですか。

 

 金井氏:コビナンツをつけて金利を上げたり、あるいは融資を引き揚げるといったことはしません。インパクトのKPIは、企業との間で信頼関係に基づくひざ詰めの協議で設定しました。企業側がそのKPI未達の場合でも、企業側も継続的に情報開示しなければなりません。インパクト原則に則っているかどうかは、JCRから、原則への準拠性と活用した評価指標の合理性についても、第三者意見を取得しており、客観性を担保しています。

 

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――日本では日本政策投資銀行やメガバンク等が、環境格付融資を実施してきました。それらとの違いはどこにありますか。

 

 金井氏:確かに、環境格付融資にはある意味で、近いところはあります。ただ、当社も含め一般的に行われている環境格付融資の場合はいわば「バックミラー」の要素が強いですね。企業の過去の環境影響活動をみて、優遇金利を付与したりする。PIFの場合は、フォワードルッキングで、「前」を見ているのです。企業が今後どうするかを見ます。この点が違います。それも企業にちゃんとコミットしてもらうために、KPIを設定して目標達成のためのPDCAサイクルを回していくのです。

 

 また環境格付融資は環境全般をみますが、インパクトのあるものだけでなく、ないものも含めて、総花的にみるというのが、これまでのやり方でした。それに対してPIFはインパクト分析をして、その企業独自のインパクトの大小を判断します。そのうちの大きなインパクト領域について、ポジティブなものは拡大、ネガティブなものは縮小するというコミットメントをするのです。この点も異なります。

 

――インパクトのマテリアリティをみるのですね。

 

 金井氏:まさにそうです。さらにUNEPFIでは、セクターによってもインパクトが違うし、地域によっても違うとの見方をしています。たとえば、その会社にとっては大きな売り上げではないものも、その会社の操業国では大きな産業ウエイトを占めており、その結果、ネガティブ・インパクトが大きくなっている場合もあります。そこでUNEP FIでは、地域とセクターをクロスさせ、マトリクス的にインパクトの洗い出しをやっています。ただ、そうして決めたマテリアルなインパクトと、企業が実際に意識していることとがずれるケースもあるのです。

 

――最近は、サステナビリティ・リンク・ローンというのも注目を集めていますね。CO2の削減度等を評価して、優遇金利を与えるものが多いようです。

 

  金井氏:融資の中にインパクトの概念をどういれるかという課題は、サステナビリティ・リンク・ローンや、グリーンローンにも共通する点です。われわれは、インパクトはいずれ銀行の審査基準に反映されるようになると思っています。サステナビリティ・リンク・ローンのように、特定のホットイシュー、例えばCO2排出量を削減したら融資の金利を下げるというアプローチは、サプライチェーン全体を見た包括的なインパクト分析からマテリアルなテーマを抽出するアプローチとは目的や方法論が異なります。サステナビリティ・リンク・ローンの意義は十分ありますし、当社自身も提供していますが、いずれESG全体をみて銀行が金を貸すという時代になってくると思いますので、PIFはある意味で融資の「王道」だとみています。

 

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 ただ、インパクト分析は手間もかかりますし分析技術の熟練度が求められます。その意味でPIFは、かなりハードルは高いですが、チャレンジするし甲斐があると思って、公表されたのを機に、わが社流のものをやってみようとして、いち早く取り組んだのです。

 

――どの企業に対しても適用できるというわけではないのですね?

 

 金井氏:まずインパクトにコミットしてくれる企業でないとできません。特に情報開示が重要で、融資先企業には、コミットしたものについてはKPIの実現状況を開示することをお願いしています。開示できないという企業にはPIFを適用したくてもできないのです。インパクトの創造と情報開示は表裏の関係になっているので、開示できない場合はマテリアリティの特定やインパクトマネジメントの実践方法や統合報告書作成などのアドバイスをさせていただいています。

 

――昨年12月にPIF第2弾として、Jフロントリテーリングにも融資をしましたね。手応えは高まっていますか。

 

 金井氏:今はまだ2件ですが、問い合わせや、相談等は、結構きています。企業側のESG評価、サステナビリティ志向が高まっていることも背景にあるのかもしれませんが、実は、手ごたえは驚くほどあります。

 

――業種的にはBtoCの企業向けの市場が広がりそうですか。

 

 金井氏:サプライチェーン全体を見に行きますので、基本は、どんな企業でもOKです。ただ、やはり、ネガティブ・インパクトの大きな活動は止められないという企業は難しいでしょう。しかし、ネガティブ・インパクトの抑制とポジティブ・インパクトの拡大をセットにして融資条件にしているPIFは、その趣旨からして企業のトランジションを包括的にサポートする仕組みを持っています。つまり、ブラウンタクソノミーのようなネガティブ領域があってもサステナブルな方向への移行をコミットする会社であれば対象となるわけです。確かにやりにくいセクターはありますが、トランジションのストーリーをじっくりご協議させていただくことで、融資の実行は可能になると思っています。

 

 結局、PIFは的確なインパクト分析と適切な協議ができるかどうかにかかっています。そのノウハウをいかに高めて、顧客と納得づくで、KPIの設定ができるかどうかということです。われわれは、昨年、内部にインパクトアナリストチームを作りました。現在、人員は4人です。インパクト評価は銀行が内製化しないとだめだと思っています。いずれは審査部がやる仕事に入るでしょうが、そこまではまだ時間がかかると思っています。

 

                                      (聞き手は、藤井良広)