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土地収奪  ~「伊藤忠」出資のフィリピン・バイオエタノール事業~現地報告:工場の操業開始――地元住民の戸惑いと懸念の声、続々と(FOE)

2012-08-08 10:06:27

商業運転を始めた工場。トウモロコシ畑(手前)のすぐ上に工場廃水用の貯水池が作られた
「こんな、まるで飛行機のような音がするなんて。」  5月中旬から1週間程、2キロ強離れたサン・マリアノ町の中心地まで断続的に鳴り響いた轟音に、地元住民は驚きの声と不安の色を隠せませんでした。バイオエタノール製造工場の試運転が始まったのです。

商業運転を始めた工場。トウモロコシ畑(手前)のすぐ上に工場廃水用の貯水池が作られた


工場が建設されたサン・マリアノ町マラボ村の周辺には学校施設もあるため、「この状況が続くようであれば、子供たちの授業の妨げになるのでは」という声も聞かれました。

「外に干した白い洗濯物が黒くなる」 といった苦情もマラボ村の住民からあげられ、工場の煙突から排出される煙の影響が懸念されるようになりました。

しばらくして、騒音や煙の状況は幾分解消されましたが、6月になると、工場周辺で養魚池の魚が死んでしまう事故が起こりました。工場廃水を敷地外に流す前に一時的に滞留させておく貯水池から、養魚池に排水が流れ込んだためでした。

「水田の灌漑用水に使われる水源が、貯水池からの排水経路と重なっている。今はまだ作付期でないので実害も出ておらず、影響はわからないが、貯水池からの排水が作物に影響を及ぼすのでは。」  本格的な作付期を前に農民の不安は募ります。

また、マラボ村の村長は、これから雨季に入るこの地域で、貯水池の廃水がオーバーフローを起こし、直下にある農地や河川にも悪影響を及ぼす可能性を指摘しています。

「(養魚池の事故後、)本来の排水経路が閉められたとのことで、貯水池から廃水が流れる経路が確保できているのか定かでない。今後、大雨が降った場合に、貯水池の廃水がそのまま直下に流れ出るしかない状況だと、水田やトウモロコシ畑、ピナカ・カナワン川が被害を受けるのでは。」

工場の煙突から排出される煙 [2012年7月/FoE Japan撮影]


 

「風向きによっては、家にいても悪臭が感じられることもある」  大気や水質に関する懸念のほか、マラボ村では、悪臭への苦情も出ています。

主要な幹線道路からマラボ村に続く道は工場敷地のすぐ脇を通っていますが、その付近でも時に強烈な悪臭が感じられるようになりました。

マラボ村の村長は、こう言います。  「着工前に、環境影響につい事業者から説明はあったが、いいことばかり言われ、悪影響については何も言われなかった。例えば、灌漑用水の水源を通る貯水池の水は、水田にとっても肥料の役割を果たすと言われた。しかし、魚が死ぬような水が水田の肥料になるのか非常に疑問だ。」

本来であれば、事業者であるグリーン・フューチャー・イノベーション(GFII)社が、短期間であれ、長期間であれ、悪影響が起こる可能性があることを地域住民に事前に説明すべきで、その悪影響に対する適切な回避・軽減措置や補償措置を検討すべきだったと言えます。

6月上旬に商業運転に入ったばかりのバイオエタノール製造工場ですが、今後も被害を出しながら操業を続けるのではなく、地域住民の懸念する大気(悪臭含む)・水質・(農地の)土質への影響に関する調査を透明性の高い形で行ない、地域住民の納得のいく対策を講じることが事業者に求められています。

地元の有力者等が本来の耕作者・土地所有者の知らぬ間に、偽造した土地所有証書等を用い、勝手にECOFUEL社(原料のサトウキビを生産し、工場に供給するGFII社のパートナー企業)と土地リースの契約を結び、サトウキビが植えてしまったケースについて、問題の解決が進んでいないのが実態です。  参考>農地収奪・作物転換の現状(2012.02.13)

GFII社の出資元である日本企業も含め、事業者側は「土地所有権の法的状況が曖昧であったり、所有権に問題のある土地では契約しない」との見解を示し、契約後に問題が発覚した場合は契約を破棄する姿勢を示してきました。

但し、事業者側も認めるとおり、ECOFUEL社に提出された土地所有証書等は「書類」でしかなく、それが正当なものであるか、不正なものであるかは、一見して判断できるものではありません。特に同地域では、バイオエタノール事業が開始される以前から、土地収奪・土地所有権偽造の問題が起こっていたという背景があるなか、事業者が「問題のある土地で契約しない」状況を実現するには、土地所有権の正当性を確認するため、通常以上の積極的かつ十分な配慮・努力が不可欠になります。

しかし、土地所有証書の不正を証明するための多大な労力・費用を負担するのは、被害を受けている耕作者・土地所有者側です。土地所有に係る行政機関である農地改革省(DAR)や環境天然資源省(DENR)の役人に掛け合い、町レベルから、州レベル、時には、イサベラ州からバスで10時間以上もかかる首都マニラまで出向き、必要書類の所在を確認したり、発行を依頼しなくてはなりません。

農民にとっては、交通費も時間も大きな負担です。それに比し、ECOFUEL社は農民が持参する結果を事務所で受動的に「待つ」のみで、その間も、当該農地でサトウキビ栽培、つまり、営利活動を続けています。被害農民にとっては、非常に理不尽な状況が続いているのです。

イサベラ州農民組織(DAGAMI)は、そうした農民を代表し、2012年3月中旬にマニラを訪問した際、農地改革省(DAR)と環境天然資源省(DENR)の高官に対し、同地域の土地所有状況に関する厳正な調査と情報公開を求めました。

DARは2ヶ月、また、DENRは2週間で回答すると農民組織側に約束しましたが、期限は守られず、DARが特別チームを編成し、地元での調査を行なったのは、この7月10、11日のことでした。

調査は当該農民への聞き取りを中心に行なわれ、耕作者が土地所有権を失った過程や、地元の有力者による土地権偽造が確認されたケースもありました。しかし、調査結果に関する正式な報告はまだなされていません。

事業者の受け身の姿勢、政府機関の遅々たる対応に、問題を抱える農民の不満は高まる一方です。

サトウキビ栽培地で作業を続ける農業労働者の労働条件・環境の改善も、なかなか進んでいません。  参考>農業労働者の人権は尊重されているか?(2012.02.09)

工場の運転開始に伴い、サトウキビの収穫がいたるところで行なわれていますが、サトウキビの茎部を刈り、トラックに積み込む等の作業に従事したイサベラ州都イラガン町の農業労働者によれば、1人1日当り129~200ペソ(約248~400円)の賃金しかもらっていないとのことでした。これは、同地域の農業労働者の法定最低賃金である243ペソを下回っています。

 

「朝6時に家を出て、7時から17時まで実働。18時に帰宅の毎日。農地は暑くて汗をすごくかくのに、夕食のおかずも手に入らない」イラガン町で暮らし、4人の子供を学校に通わせるため、サトウキビ農地で働く一人の母親はこう漏らしました。

「以前は、木炭作りや他の人の水田・トウモロコシ畑で農業労働をしていた。バイオエタノール事業があっても無くても、自分たちの生活状況は変わっていない。バイオエタノール事業で週毎に賃金をもらえても、賃金は低いし、毎日の食卓に必要な米は、結局、借金している。賃金をもらってから、その借金を返済する。その繰り返し。」

実際、このイラガン町の農業労働者グループ10人に関しては、ほぼ全員が常時、賃金受け取り後に、賃金を食糧などの借金の返済に充てている状況で、手取りが残らない農業労働者も見受けられます。しかし、事業者がこうした農業労働者の苦しい生活の実態を把握し、十分な配慮をしているかと言えば、そうではない実態があります。ある農業労働者はこう証言します。

「最低賃金をもらえているわけでもないのに、長靴や手袋等の防護服も賃金から天引きされた。でも、いくら天引きされたのかも、自分たちにはよくわからない。」

日本企業で事業に出資している伊藤忠商事は、「サプライチェーンCSR行動指針」のなかで、「サプライチェーンにおいて人権・労働、環境等の問題が起こらないように予防し、問題が見つかった場合にはサプライヤーとの対話を通じて改善を目指」すことを明記し、労働者の人権に配慮する項目を列挙しています。

同事業の農業労働者に係る問題が国際的に指摘されてから、すでに1年以上が経過します。最低賃金や福利厚生等の労働者の基本的な権利を確保できるよう、労働者の事業者側の迅速かつ真摯な対応が求められています。

 

http://www.foejapan.org/aid/land/isabela/2012July.html