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安倍首相の“ヘイルメリーパス”の精度は?政府・日銀共同声明のFGW流評価(FGW)

2013-01-23 14:01:34

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abeshushouimagesCAVRBS0Sアメリカンフットボールで、押しまくられて敗色濃厚な側が、終了間際に、一か八かでエンドゾーンに投じる超ロングパスがある。これを“へイルメリーパス”というそうだ。日本の政治学専門のコロムビア大学のジェラルド・カーチス教授が、安倍政権のアベノミクスを「アベ・シュショウの『ヘイルメリーパス』だ」と、呼んでいる。一か八か、運を天に任せる政策、だというのだ。

安倍首相は政権発足とともに、日銀に大胆な金融政策を要求すると宣言し、「2%のインフレ目標」設定か、さもなくば日銀法改正か、とすごんでみせた。財政でも10.3兆円の大型補正を編成、13年度予算でも公共事業を柱に積極財政の展開を明言するなど、デフレ脱却になりふり構わずの姿勢である。アベノミクスの一か八かは、日銀の独立性毀損と、国債暴落という「二つの可能性」を惹起させながら、デフレ脱却のエンドゾーンに向けて投じた、という姿である。

ヘイルメリーパスを見事に、受け手がキャッチしてタッチダウンできると、一気に逆転勝利が転がり込んでくる。そのパスの精度を占う最初の一幕が、1月22日の政府・日銀が「2%のインフレ目標と2014年からの無期限の資産購入」で合意した共同声明である。日銀はこれまで「物価安定のめど(goal)」としてきた消費者物価の上昇率を「物価安定目標(target)」に切り替え、「2%」の数値を明記した。その実現のための手段として、来年から月13兆円ずつ国債などの金融資産を無期限で購入することをうたった。

「追加緩和は日銀の強い決意を裏打ちする」(麻生太郎財務相)、「政府と日銀がこれだけ明確にコミット(約束)したことはない。歴史的だ」(甘利明経済財政・再生相)、「大胆な金融緩和に向けて大きな道筋ができた。画期的な文章だ」(安倍首相)と、政権側からは自画自賛の声が一斉に出た。しかし、市場の受け止め方は冷静だ。「これが一か八かなの(?)」との肩透かし感が大勢だ。

独立系エコノミストの武者陵司さんは、あっさり「安倍さん、これじゃ駄目だ」と、ダメだしをした。なぜだめか。2%目標の達成期限がない。「できるだけ早期に」では誰も信用しない。さらに、達成できなかった場合の責務がない。何しろ共同声明なのだから、できなかった場合は政府も共同責任を負う。仮にできなかった場合の日銀総裁の責任を追及しようにも、総裁を“叱りつける”法的根拠は共同声明にはない。

一見、のん気そうに見える、のらりくらりの白川総裁に、まんまとはぐらかされた格好だ。一か八かのヘイルメリーパスを投じるには、圧倒的な肩の強さと、敵陣のわずかな隙間を見抜く一瞬の判断力、失敗を恐れない度胸が伴っていなければならない。

これを政治に置き換えれば、肩の強さは、2%目標達成を何としても日銀に実行させる政治力の強さ(国会での多数派掌握)であり、判断力は、相手(この場合、日銀)の画策を見抜き、その動きを封じ込める慧眼と理論武装(浜田宏一内閣府参与がその役割)である。そして度胸は、日銀法改正も厭わない政策への決断力である。ところが、期限なしの、罰則なしの、共同声明では、それらが全く担保されない。首相以下が自画自賛すればするほど、「こんなことで満足している政治家なの?」と、市場の落胆をあおるばかりだ。

うまく政治の“言いがかり”を切り返してやった、と内心、にんまりしている白川日銀総裁以下の日銀官僚たちにとっても、日銀流のヘイルメリーパスを成功させる絶好の機会を、自らつぶしたともいえる。

日本経済がデフレに陥り、脱出できないのは、明らかに日銀の金融政策の失敗である。遅すぎた金融緩和、少なすぎる緩和効果。「金融政策ではデフレ脱却はできない」という“日銀理論”をでっち上げ、本来の中央銀行の役割をサボタージュしてきた。

「少なすぎる金融緩和」の結果、円高の長期化を招いた。グローバル市場で、ソニー、パナソニック、シャープ等の電機メーカーが溺れかけ、国策半導体メーカーのエルピーダが経営破綻し、部品メーカーを含む多くの製造業が海外流出せざるを得なかった。「日銀の金融政策は効かない」のではなく、十分に効いたのである。マイナスの方向に。

今回の共同声明を決定した日銀の政策委員会で、佐藤健裕、木内登英の2委員が「2%の目標は、現状で無理なく実現できる物価水準を大きく上回っており、成長力強化が伴わなければ逆に金融政策の信用を落とす」と反対したという。この、何もしないで年収3000万円をかすめ取っているスリーピングボード委員たちめ!

「無理なくできる水準」ならば、日銀に頼まなくても、政府でもできる。「信用を落とす」ことを気にするが、これまでの金融政策の失敗で、すでに日銀の信用はないに等しい。そのこともわからない審議委員ばかりだから、デフレを克服できない。

本来は、白川総裁は、安倍首相の注文に対して、「そんなことを要求するのなら、私は絶対反対しますから、私をクビにしなさい」と逆襲する手もあった。まさに中央銀行のヘイルメリーパスだ。日銀への信頼、白川総裁への評価は急上昇し、金融政策の効果も戻ってくるかもしれない。日銀の独立性は、そうした政治からの強要を跳ね返すために与えられている。まさにその機会だったのに、独立性を意味する機能を活用しないのなら、独立性など不要である。 いずれにしても日銀もパスのタイミングをはずしてしまった。

安倍首相の日銀への圧力も、しょせん、歴代の政権と同程度で、日銀にあしらわれている、と市場に見抜かれると、パスの勢いは急失速してしまう。一方の国債発行の上限をはずしてでも公共事業をばら撒く決意は、うまくいけば内需を底上げする可能性はある。だが、財政赤字の増加ピッチを一気に高め長期金利の上昇、国債価格の暴落を引き起こす危険性がある。内需を底上げし、雇用を増やす方向に向かわせるためには、既得権益の塊である重厚長大産業の寡占市場を開放し、電力の独占体制を自由化し、新規参入を促す企業成長戦略が必要だ。

政策支援の対象は、ゼネコン(自民党の票田)ではないし、死に体の電力(同じく)でもない。そこがわからず、「今までの自民党」でやり抜こうとするなら、財政赤字の増大だけが確実な手応えとなって、戻ってくる。投じたヘイルメリーパスは、簡単に相手側にインターセプトされてしまう。あとは、一気の円暴落、国債暴落、土地価格暴落等で、外資に買いたたかれる日本、という悪夢が正夢になりかねない。やはり、腰が座らないままの姿勢で無理なパスを投じようとする、一か八かは、危険なのだ。(FGW)