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安倍総理訪ロとエネルギー改革(古賀ブログ)

2013-05-11 22:10:15

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abeputinnn20130427f1a-870x495●日本の理屈とロシアの理屈――事実の積み重ねの重み

安倍総理がロシアを訪問した。領土問題の解決に向けて再スタートが切られたようだが、マスコミの報道を見ていると、極めて近視眼的、しかも、ロシア側からの取材が殆どないままの一方的な内容が目立つ。北方領土問題を語り始めたら、一冊の本でも足りない。表に出ないところでどんな話がなされたのか、事前の準備交渉で何が起きていたのかがある程度わからなければ、正しい論評はできない。それを承知の上で、ここでは、あえて、共同声明と共同記者会見、そして、その後に出てきた報道だけを見ながら(つまり、公開情報だけを頼りに)、マスコミとは全く違った見方を提示してみたい。

 

まず、北方領土についての両国の立場は明らかにかなり隔たりがあることを認識しなければならない。日本側は、一貫して、国後島、択捉島、歯舞群島、色丹島の4島が日本固有の領土であり、この4島を一括して返還すべきだと考えている。過去の交渉では、歯舞、色丹の2島と残りの2島を分けて交渉する案なども浮上したが、日本側が決断できずに先送りされ、結局ロシアの実効支配がどんどん積みあがってしまったという経緯がある。ソビエト崩壊後しばらくの間はロシア側に余裕がなく、北方4島は、言わばロシアから見捨てられた状態に陥り、そこに日本側の経済支援が行われたことによって、住民たちの間には、日本への帰属を肯定する意見も広がるかに見えた時期もあった。

 

外交とは、長期的な洞察力をもって行わなければならない。近視眼的な民族主義的、感情的な思考で物事を進めようとしても決してうまく行かない。まずは、正確な情報の把握と冷徹で精緻な分析をしながら準備を進め、長期的な視点で、いつが攻め時かを見誤らず、動くべき時に、大胆な決断をすることによって成功を収めることができる。それでも、もちろん、最後は賭けの要素も残る。リスクを取る勇気も必要だ。相手に対してこわもてで対応することが勇気だと勘違いしている人達が増えているが、それは、その時々の手練手管であって、本当の勇気でもなんでもない。

 

そういう意味では、自民党政権は、過去に何回もチャンスを逸してきた。その結果、今日では、ロシアによる北方4島でのインフラ整備と経済開発、さらに住民福祉増進策が進展して、その地で育った住民から見れば、今さらロシア領から日本の領土に変更されるなどということは、とうてい受け入れがたいという状況が作り出されている。

 

日本の立場に立てば、そもそも、終戦後に全く何の正当な理由なく、一方的に日本の領土を侵略し、しかも、そこにいた住民を強制的に追放したロシア(当時のソ連)の行為は、あらゆる意味で不当、不法だから、日本がその返還を求めることのどこがおかしいのか、ということになる。しかし、今、北方4島に住んでいる住民からすれば、そんなことは自分たちの責任ではない。彼らにもロシアの主権者としての権利がある。現在のロシア住民の意思に反して勝手にその帰属先、国籍を変えるということは、究極の人権侵害だという理屈さえ成り立つ。事実の積み重ねがいかに力を持つかということだ。

 

 

●「引き分け」の意味――ロシアの譲歩があるなら日本の譲歩も必要なはず

 

そうしたロシア側の考え方に基づけば、4島のうち歯舞、色丹の2島を日本に返すだけでもとんでもない譲歩だということになる。現に、ロシア外務省の中にさえ、そうした考えを持つ者もかなりいるらしい。そうなると、プーチン大統領の立場はかなり苦しい。プーチン大統領の人気は一頃の勢いが衰えていて、この問題で安易に譲歩することは、我々が予想する以上に政治的に大きなダメージを受けるリスクがある。安倍総理が2島返還で譲歩するのとどちらがリスクが高いかというと、客観的にはともかく、プーチン側は、自分たちのリスクの方が大きいと評価している可能性のほうが高い。何故なら、実効支配しているのはロシアで、住民もいまやロシアの支配を望んでいる。この状況下では、ロシア側がわざわざ2島を返還する必要は全くない。逆に言えば、2島返還で決着することは、ロシアの方が譲歩したことになる。

 

ここで、「引き分け」という言葉の意味が重みを持って来る。すなわち、領土問題で大きな譲歩をするのであれば、経済面でロシア側が大きな利益を得なければならない。

これに対して、日本側は、だからこそ今がチャンスであると考える。エネルギーだけでなく、農業、医療などを含むさまざまなプロジェクトでロシアに協力すれば、ロシア側に大きな利益が生まれるから、それによって領土での大きな譲歩を引き出すことができるだろう、と期待するのである。

 

 

●WIN-WINは譲歩ではない

 

 

しかし、その考え方は、微妙にすれ違っていると私には見える。何故なら、日本側が「WIN-WINの関係」という場合、経済面でのWIN-WINを達成すればよいと考えているふしがあるが、ロシア側は、経済では、日本がより大きく譲歩したという結果を求めて来るはずだからである。日本よりもロシアにより大きな利益がある、日本が経済面では痛みを伴う決断をする、というのがロシア側が求めることではないのか。

 

LNG(液化天然ガス)を輸出するというのは普通の取引だ。市場価格で買いますというのではあまり意味はない。国際協力銀行が融資しますと言っても、それは、結局は日本企業のプラント輸出のためだったりするわけで、決して日本が身を削るわけではない。医療だ、農業だと恩着せがましく言われたが、どれをとっても日本の医薬品、医療機器、農産品の輸出のために過ぎない。その程度のことで、2島を返してくれと言われてもそれはとてもできない相談だ。

 

国際法上は、2島返還の義務があるということはロシア側も認識している。しかし、国際法上の義務だといってもロシアの世論は絶対に納得しないだろう。政治的には今の状況では譲歩は不可能なのだ。だから、国内世論に訴えられる材料が必要になる。共同記者会見におけるプーチン大統領の発言が、殆ど経済問題に割かれ、企業名まで出して、こんなにいろいろありますよとアピールしていたが、大統領の顔色は冴えなかった。

 

普通なら、誇らしげに国民に訴えるのであろうが、顔色は沈んでいた。おそらく、日本側が示した協力案件が、安倍総理の「本気度」を示すようなものではない、とプーチンには映ったのではないか。確かに、会見の冒頭で述べられた内容や共同声明に書かれたことで、「そこまでやるのか」というような内容はなかった。他の途上国との経済協力と比べて、何か驚きを与えるようなものは皆無だったと言ってよい。おそらく、安倍総理が自分で、「もっと踏み込め」と指示した案件はなかったのではないか。官僚と企業が作った案をただ並べただけで終わったのだろう。それでは、プーチンが落胆したとしても仕方ない。

 

●日本にロシアが攻め込む図式

 

 

私がそう思った最大の理由は、実は、会見の最後にあった記者からの質問に対するプーチン大統領の答えの中にあった。そう言うと、「TBSの記者の質問」だと思う人も多いだろう。彼の質問は、的を射た問いであったが、だからこそプーチンを苛立たせた。北方4島での実効支配の強化の動きが返還の妨げになるのではないかとの質問だったが、この点は、まさにロシアの大統領が抱える最大の矛盾である。あからさまに記者に敵意を見せたプーチン大統領の様子をマスコミはことさら強調して報道した。

 

しかし、私が注目したのは、その質問ではない。それに続くブルームバーグの記者の質問である。この質問は、おそらく、ロシア側が振付けた質問だろう。会見冒頭で大統領は自ら具体的なプロジェクトについて企業名まで挙げて紹介した。これは自らのイニシアティブで話すわけだから、日本側との話がうまく進んでいる案件以外を持ち出すことははばかられる。日本側が乗ってきていない案件を自分から勝手に話すのはまずいかもしれないが、記者から質問が出れば、それに答えるのは外交儀礼上それほど問題ではない。

 

そこで、プーチン大統領は、ロシア側から提案しているのに、日本側の反応が冷たいと感じた案件について、記者からの質問に答えるという形で、日本側にあらためて譲歩を求めたのではないか。そう私が推測するのは、この質問に対するプーチン大統領の回答の中には日本側がとても飲めないだろうなと思うものが3つも入っていたからだ。その3つとは、

(1)日本国内におけるガス受け入れプラント建設へのガスプロム社の参入とガスパイプライン建設への参入、

(2)ロシア国内での発電所建設とその発電所から日本までの送電プロジェクト、すなわち電力の輸出、

(3)LNGタンカー建設へのロシアの参加

である。

 

これらは、ロシア側から提案されたのであろうが、おそらく日本側はにべもなく断ったと思われる。その理由は、(1)国内でのパイプライン事業にロシア企業の参入を認めるということは、例えば、北海道でロシア単独または、日ロ合弁のパイプラインによるガス供給事業が認められるということだ。これは日本のガス会社にとっては絶対に受け入れることはできないし、ガス会社と癒着した経産省やエネルギー族議員ももちろん拒絶するだろう。

 

(2)また、ロシアの電力会社が日本に送電するということは、地域独占をなくすだけでなく、海外の電力会社も国外から日本の電力市場に参入するということを意味するから、そんなことは電力業界、経産省、族議員から見れば、聖域への挑戦であり、とうてい受け入れられない。

 

(3)さらにLNG船建設へのロシア企業の協力についても、日本の造船業界は受け入れないはずだ。日本の造船業は中国・韓国との競争に敗れ、コンテナ船やバラ積み船や普通のタンカーなどの受注はできなくなってしまった。日本企業がまだ、競争力をかろうじて維持しているのが高付加価値分野であるLNGタンカーである。そこに、大して競争力があるわけでもないのに、のこのことロシアの企業が参入しますと言って来ても、はいどうぞとは行かないのは当然だ。

 

これらの提案は、ある意味かなり高めのボールだが、ロシアから見れば、領土を譲るのだから、国民が驚くような経済面での譲歩を日本から引き出したとアピールするためには、日本にとって難しいプロジェクトが実現しなければならないと考えているのではないか。仮に、日本が、国内の既得権グループと戦うことをしないで、ロシアの提案を軽々に退けるというようなことになれば、日本はそれほど真剣に交渉する気はないのだとみなされるかも知れない。その意味で、あえて記者会見で、プーチン大統領は、安倍総理に踏み絵を迫って見せたのではないか。これに対して、安倍総理のコメントは、殆ど無視、と言ってもいいほどそっけないものだった。個別の提案には一切コメントをしなかったのである。

 

 

●ロシア産業構造の高付加価値化が夢

 

 

もう一つ、この問題に関する日ロのすれ違いが起きる原因として、日本側が、これらの提案の背景にあるロシア側のもう一つの考え方をあまり理解していないということがありそうだ。日本側は、シェールガス革命や欧州でのガス販売不振で困っているロシアは、とにかく日本にガスを売りたいのだから、その点に答えれば基本的にロシアは満足するはずだと考えているふしがある。

 

しかし、私は、ロシアの狙いはそれよりも一歩先を目指したものだと思う。ロシアは、現在の産業構造が資源エネルギーにあまりに偏りすぎていて、それが、今回の経済的苦境に陥った原因だと考えているだろう。そうだとすると、再び、ガスの輸出を伸ばすだけでは、その脆弱な構造を再生産するに過ぎない。

 

そこで、ガス輸出以外の産業を伸ばしたいと考えるのは自然だ。もちろん、その場合様々なハイテク産業を誘致するというのも一つの手段だが、もう少し自らの競争優位を活用するとすれば、ガス輸出に関連するところで、より付加価値を高めた産業の育成を図るという戦略が出てくる。それが、ガス輸出に関連して、LNG船を建設するとか、日本国内のパイプライン事業に進出するとか、電力を日本に輸出するという提案だと考えると、今回のプーチン大統領の発言の真意がより理解できるのではないか。

 

 

●日本のエネルギー市場改革で一石二鳥を

 

 

日本政府としては、LNGタンカー建設における日ロ協力は純粋に民間の話だから、これを日本の造船会社に強要するわけにはいかない。しかし、ガスパイプラインと電力販売の話は、日本政府のエネルギーに関する規制政策如何によっては可能性が出てくる。私は、ロシアの提案は、真剣に受け止められるべきだと思う。そして、北海道を皮切りに、ガス事業と電力事業を国際的に開放していく姿勢をとるべきだと考える。

 

今後、我が国では、電力市場の自由化の議論が進むが、これまでの実績では、「自由化」したはずの大口向けの市場でも地域独占の実態は全く変わらなかった。大手電力会社の談合体質がある限り、今後もいくら「自由化」しても結局は馴れ合いが続くだろう。もし、ロシア企業が日本の電力市場に参入すれば、こうした談合は続けられなくなる。さらに、ガス事業においても同様の効果が期待できる。

 

もちろん既得権との癒着を守ろうとする安倍政権にとってのハードルは高い。しかし、日本のエネルギー市場を国際標準に変えていくために、極めて有効な手段になるはずだ。安倍総理はどこまでこの問題を理解しているのかよくわからない。まずは、問題をしっかり把握して、国内の既得権と戦う姿勢を見せれば、ロシア側も、日本の対応が単なる見せかけの「協力」ではなく、身を削っての「譲歩」であると受け止めるのではないだろうか。日本の経済改革と北方領土交渉でのカード作り。うまくやれば、日本にとっても一石二鳥の政策になると思うのだが。

 

 

●経産省の官僚に任せると必ず失敗する

 

 

今回の交渉を見ていて感じるのは、役所の縦割りの壁だ。領土問題と経済協力問題は一体として一つのバスケットに入れて交渉することによって初めて解決策が出てくる。しかし、経済問題、とりわけ、エネルギー分野については、経産省が絶対に他の省庁の口出しを認めないだろう。その結果が、今回の交渉で並べられた、日本には全く痛みのない、もっと言えば、経産省の利権には関係のない、あるいは利権増殖に役立つプロジェクトの数々だ。外務省が過去のしがらみにとらわれ、また、少しでも批判されることを恐れて、新しい案を出さないことも含めて、官僚任せでは絶対に答えは出ないどころか、かえって両国関係を悪化させる危険性さえあるということをあえて指摘しておきたい。