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南米チリ、巨大な海洋保護区を新設。 南北アメリカで最大、固有の生物が72%を占める(National Geographic)

2015-10-10 17:05:12

Chileキャプチャ

チリ政府は10月5日、同国沿岸から数百キロ沖の海域を新たに海洋保護区に指定し、「ナスカ・デスベントゥラダス海洋公園」と名付けると発表した。その広さはイタリアの国土面積にほぼ匹敵し、南北アメリカで最大の海洋保護区となる。

 


 米国ワシントン州シアトルにある海洋保全研究所のラッセル・モフィット氏によると、漁業が禁じられている禁漁区は世界中にあるが、新たに指定された保護区はその8%を占めることになるという。

 

 保護区とされたのは、サン・アンブロシオ島とサン・フェリクス島をとりまく海域で、ぱっくりと口を開けたパックマンのような形をしている。面積はおよそ30万平方キロ。この2つの島から成るデスベントゥラダス諸島は、ペルーからイースター島へ南西方向に走る海嶺ナスカリッジの一部をなしている。ちなみに、デスベントゥラダスとはスペイン語で「不運な」という意味だ。

 

チリ沖に新設された海洋保護区「ナスカ・デスベントゥラダス海洋公園」(緑色の部分)。面積はおよそ30万平方キロ。サン・アンブロシオ島(拡大図、右)とサン・フェリクス島(左)をとりまく海域で、ぱっくりと口を開けたパックマンのような形をしている。
(MAP BY MATTHEW W. CHWASTYK, NG STAFF; SOURCE: UNDERSECRETARY OF FISHERIES AND AQUACULTURE, CHILE)
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 ナショナル ジオグラフィック協会の「原始の海プロジェクト」主任研究者アラン・フリードランダー氏によると、新公園に指定されるまで、2島の周辺海域ではカジキなどの漁業が行われていたという。原始の海プロジェクトは、国際海洋保護団体「オセアナ」と協力して、新たな海洋保護区の指定を後押ししていた。

 


 デスベントゥラダス諸島周辺のカジキ漁は、チリのカジキ漁獲量の約0.5%に相当していた。(参考記事:「キリバス、海洋保護区の漁業全面禁止へ」

 

 保護区のうち、パックマンの「口」にあたる部分は保護の対象外なので漁が認められると、オセアナのチリ支部副代表アレックス・ムニョス氏は言う。また保護区の外の小さな海域では、国際NPO「海洋管理協議会」が持続可能と認証したロブスターの漁も、小規模ながら続けられる。(参考記事:「持続可能な漁業へ、注目の定置網」

 

 原始の海プロジェクトが保護区の指定を推進してきた主な理由は、手つかずの生態系を保護するためだと、フリードランダー氏は説明する。原始に近い状態の海を研究することで、健康な生態系を構成する生き物たちの働きを深く理解できる。

 

この海だけの、豊かな生命を守る

 

 チリ本土から遠く離れ、船で2日もかかるデスベントゥラダス諸島。その周辺には、熱帯と温帯の種が入り混じった独特な海洋環境が広がっている。


 ここに生息する海洋生物の多くは、世界中でここにしかいない固有種であると、海洋生態学者のエンリック・サラ氏は言う。フェルナンデスオットセイ、チリ・サンドペーパーフィッシュ(ヒウチダイ科の魚)、フアンフェルナンデス・トレバリー(シマアジ属の魚)などが代表的だ。

 

集団かくれんぼサンゴの穴に隠れるチリ・サンドペーパーフィッシュ(ヒウチダイ科の魚)。海洋保護区となったデスベントゥラダス諸島と、750キロ南のフアン・フェルナンデス諸島のみに見られる固有種。(PHOTOGRAPH BY ENRIC SALA, NATIONAL GEOGRAPHIC)
ナショナル ジオグラフィック協会付きエクスプローラーとしても活躍するサラ氏によると、デスベントゥラダス諸島と、そこから750キロ南に位置するフアン・フェルナンデス諸島の周辺で見つかった種のうち、約72%は固有種であるという。
 サラ氏が率いる原始の海プロジェクトは、地球の海にわずかに残された、原始に近い状態の海洋環境を保護するため活動している。(参考記事:「はるかなる南ライン諸島」

 

 今回の発表により、政府による厳重な保護の対象となるチリの海域は一気に3倍に拡大した。「チリは長年、世界有数の漁業大国でした。しかし残念なことに、その結果として、海洋資源の枯渇が進んでしまいました。デスベントゥラダス諸島周辺に海洋公園を作ることによって、今度は海洋保全の分野でリーダー的存在になろうとしているのです」と、オセアナのムニョス氏は語る。

 

色鮮やかな魚たちケルプの茂みの前を泳ぐオレンジ色の魚は、ササノハベラの仲間。
(PHOTOGRAPH BY ENRIC SALA, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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小さな積み重ね

 

このプロジェクトには参加していない海洋保全研究所のモフィット氏は、遠く離れた沖合の海よりも、漁業や汚染による被害が深刻な、沿岸や近海の保護が急務ではないかと提言する。


「これまでは人口の多い沿岸部から遠く離れた、漁業の権益が問題になりにくい海域ばかりが、広く保護区に指定される傾向がありました。実際には、もっと多様な海洋保護区を創設していく必要があります」(参考記事:「ガボン、領海の4分の1を海洋保護区に」

 

サラ氏とムニョス氏もその意見には賛成だ。しかし現実には、デスベントゥラダスのような孤立した海域も、遠洋漁業や底引き網漁の脅威にさらされている。手遅れになる前に保護下に置くことには科学的に意義があり、コストの面でも効率がよいと、フリードランダー氏は言う。


サン・フェリクス島にはチリ海軍が小規模ながら駐留しているため、禁漁を徹底するうえで助けになるだろうと、ムニョス氏は言う。サラ氏も、「(海軍は)この公園を守ってくれると期待しています。彼らの役割は大変重要です」とコメントした。

 

マンボウに遭遇チリのデスベントゥラダス諸島沖を泳ぐマンボウ。(PHOTOGRAPH BY ENRIC SALA, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 国連は、2020年までに世界の海の10%を保護するという目標を掲げている。目標達成までの道のりはまだ遠いが、それでもモフィット氏は、デスベントゥラダスを保護区に指定したことは、大きな前進だと評価する。

 

    ムニョス氏はすでに、フアン・フェルナンデス諸島(小説『ロビンソン・クルーソー』の舞台としても知られる)にも保護区を設けられないか、可能性の検討を始めている。(参考記事:「「ロビンソン・クルーソー」の住居跡を発見した日本人探検家」

 

 チリ政府は、イースター島周辺の海域にも約72万平方キロの海洋保護区を設置しようと準備中で、今回の発表と同じ10月5日に、イースター島の先住民ラパヌイの人々と話し合いを始めると宣言した。

巨大な捕食者ウニの鋭いとげも、この巨大ヒトデが相手では役に立たない。サン・アンブロシオ島周辺にすむウニにとって、最大の天敵はヒトデだ。
(PHOTOGRAPH BY ENRIC SALA, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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米国やキューバでも新たな動き

 

 米国もまた、新たに2カ所の保護区を指定すると発表。一つはミシガン湖の西部、ウィスコンシン州沿岸の2300平方キロの水域で、湖底には39隻の沈没船(うち15隻は国の史跡として登録されている)が確認されている。

 

  もう一つは、メリーランド州のマローズ湾からポトマック川にかけての36平方キロの水域。その大部分は未開発で、第一次世界大戦当時の木造の蒸気船団など、200隻近い沈没船が水底に眠っている。

 

 さらにキューバも、米国と提携して姉妹海洋保護区の創設に向けて交渉に入ると発表した。米国側からはフロリダキーズ国立海洋保護区、メキシコ湾のフラワー・ガーデン・バンクス国立海洋保護区、ドライ・トートゥガス国立公園、ビスケーン国立公園。

 

 キューバ側からは、同国の最西端にあるグアナアカビベス国立公園がリスト入りする。合意に至れば、管理、研究、教育分野で相互協力が実現することになる。

 

 ニュージーランドも9月末に、ケルマディック諸島の62万平方キロを保護区に指定すると発表。北島から北東へ1000キロにわたって連なる列島と海底火山が含まれている。

 

文=Jane J. Lee/訳=ルーバー荒井ハンナ

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/100700278/?P=1