HOME4.市場・運用 |諫早湾干拓問題正念場に。「ギロチン」から20年 有明海再生、待ったなし(佐賀新聞) |

諫早湾干拓問題正念場に。「ギロチン」から20年 有明海再生、待ったなし(佐賀新聞)

2017-01-04 10:51:06

isahaya1キャプチャ

 

 国営諫早湾干拓事業は4月で、「ギロチン」と呼ばれた湾奥部の閉め切りから20年になる。排水門の開門を巡る裁判は、国、開門派、開門阻止派の3者で和解協議が続いているが、国が示した開門しない前提の100億円の基金案は漁業者の分断もはらみ、先行きは見えない。有明海では赤潮発生が続くなど抜本的な原因究明は待ったなしの状態で、再生に向けた道筋が示せるのかどうかに注目が集まる。

 

■諫早湾干拓事業 和解協議先行き見えず

 

 今季のノリ養殖の冷凍網張り込みの解禁日は、昨年の12月23日から1月6日に延期された。大規模な赤潮発生が原因だ。佐賀市の漁業者は「県東部まで含めて延期になるのは記憶にない。もう有明海の体力はぎりぎりの状態で、安心して仕事ができない」と訴え、早期の開門調査を求めた。

 

◆基金案で混乱

 

 開門問題を巡る訴訟では昨年から、国、開門派、開門阻止派が同じテーブルにつき、長崎地裁と福岡高裁で和解協議が本格化している。和解が成立すれば、少なくとも長期間続いてきた開門を巡る訴訟の乱立に終止符が打たれ、問題解決に大きく前進する。

 

 ただ、長崎地裁が示した和解勧告では「開門しないこと」が前提になった。これに基づき国は、有明海の漁業振興策に使う100億円の基金創設を提案した。運用するのは訴訟の当事者ではない沿岸4県と各漁業団体で、裁判所は1月17日までに受け入れの可否を回答するよう求めている。

 

 これが、漁業者の分断をはらむ大きな混乱を招いている。基金案は、開門しない前提の和解が成立しなければ実現することはない。つまり和解するには、開門派の原告漁業者が確定判決に基づく開門の権利を放棄しなければならず、現状では極めて困難な状況にある。

 

 しかし、これまで足並みをそろえて開門を求めてきた佐賀、福岡、熊本の3県の漁業団体のうち、佐賀を除く両県が「開門の旗」を掲げたまま基金案の受け入れに傾いている。中立の立場だった長崎も受け入れる方針とみられる。

 

 福岡、熊本両県が矛盾した対応をするのは、国の分かりにくい説明にある。国は「基金案で開門の権利を放棄しなければならないのは、訴訟当事者である開門派弁護団だけ。国が漁業団体に『開門を求めるな』とまで強制できない」と話し、漁業団体に受け入れを迫っている。

 

 開門派弁護団は「国には再生予算の権限があり、漁業団体が顔色をうかがうのは無理もない。国の説明は脅しやだましのようなもので、明らかにやりすぎ」と怒りをあらわにしている。

 

◆「開門待てぬ」

 

 開門派弁護団が基金案を受け入れないのは、基金で行う事業に問題があると考えているからだ。2005~14年までの10年間で、海底耕耘(こううん)や赤潮発生の原因調査などに430億円以上がつぎ込まれた。ただ、漁業者は有明海の再生を実感できていない。事業の中身はこれまでの延長線上でしかなく「有明海再生につながらない」と強調する。

 

 一方、漁業団体が受け入れに傾く背景には、設備投資や稚魚放流など目の前の経営安定に向けた事業も含まれていることにある。厳しい漁業環境が続く中で「開門まで待てない」との思いと、「どうせ開門しないなら、お金をもらったほうがまし」との思惑が交錯している。

 

◆今年がヤマ場

 

 諫早湾の干拓事業は戦後間もない1952年、当時の長崎県知事が「海を耕地に」と構想を打ち出したことに始まる。その後、相次ぐ高潮被害や57年の諫早大水害を経験し、防災も含めた事業に転換した。86年に事業着手し、97年には潮受け堤防が閉め切られた。

 

 2008年4月には干拓地で営農が始まる。16年10月時点では、干拓地の農地面積666ヘクタールで40経営体がタマネギやレタスなどの露地野菜や飼料作物を生産しており、15年度の農業産出額は約34億円となっている。

 

 一方、2001年にはノリの大凶作が表面化した。諫早湾の閉め切りが原因として、漁業者側が起こした開門を求める訴訟は10年末、勝訴が確定した。しかし開門期限直前の13年11月、干拓地の営農者が求めた開門差し止め訴訟で開門しない仮処分が決定した。国は相反する司法判断があることを理由に確定判決に従わず、今も開門は実現していない。

 

 裁判で、国が開門しないことには制裁金が科されており昨年11月末現在、6億8400万円にも上る。長崎地裁は基金案の議論を「年度末まで」と区切っている。農業被害を最小限に抑える開門方法も示されており、このまま基金案が実現するのか、開門を含む和解協議に転換するのか、今年1、2月が大きなヤマ場となる。

 

 和解協議を見守る佐賀市の漁業者は不安顔で話す。「和解ばかりが話題になり、有明海の現実が忘れられている気がする。有明海は漁業者だけのものでなく、みんなの海のはずなのに」。

 

◆場当たり的対応に批判

 

 開門するのか、しないのか-。相反する司法判断が出たことで混迷を深めているように映る国営諫早湾干拓事業の開門問題だが、課題を先送りし、長年にわたる政府の場当たり的な対応が大きな要因とする見方も根強い。

 

 「開門により海をきれいにしていこうという高裁の判断は重いものがある」。2010年12月、当時の民主党政権の菅直人首相が、開門調査を命じた福岡高裁判決について「上告しない」という政治判断を下した。反発する官僚を政治主導で押し切り、判決が確定した。

 

 しかし、開門期限直前の13年11月、長崎地裁で開門差し止めの仮処分が決定すると、政府の態度は一変する。民主党から交代した自民党政権の菅義偉官房長官は「菅政権が上告しなかった」と当時の判断を批判した。板挟みの司法判断とはいえ、一貫しない国の対応が浮き彫りになった。

 

 党派を問わず佐賀、長崎両県の国会議員はそれぞれ開門派、開門阻止派に分かれ、政府では農相が代わるたびに「現地視察」を行うのが恒例化している。ある関係者は「何の罪もない漁業者と営農者の対立の構図を解消するのは、政治の責任」と訴える。

 

http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/391969