HOME12.その他 |温暖化加速で、「死の熱波」の脅威高まる。80年後に人類の4分の3が直面。世界の人口の30%が、年間20日以上、死の恐怖にさらされる(National Geographic) |

温暖化加速で、「死の熱波」の脅威高まる。80年後に人類の4分の3が直面。世界の人口の30%が、年間20日以上、死の恐怖にさらされる(National Geographic)

2017-07-02 06:43:46

neppa1キャプチャ

 

  現在、世界の30%の人々が、死に至る恐れのある暑さに年間20日以上襲われていることが、新たな研究によってわかった。こういった熱波は気候変動によって大きく広がっている。それはまるで山火事が広がるかのようだ。

 

 2017年6月19日に気候変動に関する専門誌「Nature Climate Change」に掲載された分析によると、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を大幅に削減しない限り、2100年には最大で世界の4分の3の人々が熱波による死の脅威に直面することになる。温室効果ガスの削減に成功したとしても、2人に1人はその熱波の中で少なくとも20日を過ごさなければならない。

 

 論文の筆頭著者である米ハワイ大学マノア校のカミロ・モラ氏は、「死者の出る熱波はありふれたものになっている。なぜ社会としてこの危機に関心を向けることがないのか、理解できない」と記す。「2003年に発生したヨーロッパの熱波では、約7万人が死亡した。これは、9.11の死者数の20倍以上にあたる」

 

 危険な熱波は人々が意識している以上に頻繁に発生している。その数は、死者を伴うものだけでも毎年世界中で60件以上だ。たとえば、2010年のモスクワでは少なくとも1万人が死亡しており、1995年のシカゴでは熱波の影響で700人が死亡している。

 

 2017年もすでに熱波による犠牲者が出始めている。53.5℃という記録的な暑さに襲われたインドやパキスタンでは、2週間で20人を超える人が死亡した。米国でも、すでに暑さによる死者が複数名出ている。

 

2010年8月9日、ロシアの首都モスクワ、クレムリンのそばにあるマネージュ広場。2010年のモスクワは、山火事によって発生した有害なスモッグに覆われていた。この年、ロシア西部の猛暑による死者は5万5000人にのぼった。
2010年8月9日、ロシアの首都モスクワ、クレムリンのそばにあるマネージュ広場。2010年のモスクワは、山火事によって発生した有害なスモッグに覆われていた。この年、ロシア西部の猛暑による死者は5万5000人にのぼった。

 

熱波による犠牲者

 

 モラ氏と多数の国の研究者や学生からなるチームは、3万件以上の資料を調査し、暑さに起因する死者が出た都市や地域について、1949件の事例を集めた。死者を伴う熱波は、ニューヨーク市、ワシントンD.C.、ロサンゼルス、シカゴ、トロント、ロンドン、北京、東京、シドニー、サンパウロでも記録されている。

 

 最も危険なのは、高温湿潤な熱帯地域に住む人々だ。このような場所では、温度や湿度の平均がわずかに上がるだけで、死につながる危険が生じる。しかしモラ氏によると、平均気温が30℃を下回る穏やかな地域であっても、湿度が高くなれば死者が出ることもあるという。

 

 医学史を専門とする米ウィスコンシン大学マディソン校のリチャード・ケラー教授は、米国の暑さによる死者数はトルネードなどの他の異常気象による死者数より10倍多いという。

 

 2003年のヨーロッパ熱波に関する本を執筆したケラー教授は、不意に熱波に襲われるのは、暑くなるのは夏だと思いこんでいるからだという。

 

 人間の体温は37~38℃ほどに保たれており、体温がそれ以上になると、熱がある状態になる。気温が上がった場合、体は汗をかいて体温を下げようとする。

 

 体温が40℃に近づくと、重要な細胞組織が壊れ始める。40℃を超えると、即座に治療を要する非常に危険な状態になる。

 

 温度と湿度を組み合わせた指標である熱指数が40℃に達すると、体を冷やそうとしない限り、体温は徐々に気温に近づいてゆく。

 

 暑さの影響を最も受けやすいのは、子どもや高齢者、とりわけ過度の貧困や社会的に孤立した状況にある人々だ。ケラー教授によると、2003年のヨーロッパ熱波によるフランスでの死者1万5000人のうち、大半は75歳以上の高齢者で、その多くが一人暮らしだったという。

 

 ケラー教授は、「熱波による死者の増加の背景には、格差の拡大がある」と述べている。

 

南の途上国を襲う熱波

 

 ケラー教授によると、インド、パキスタンなどの途上国では、かつて暑さは大きな問題ではなかった。しかし、気候変動によってその深刻さは増しており、今では身近な問題となっている。(参考記事:「南極が「緑の大陸」に? 温暖化でコケが3倍速で成長」)

 

 近年のインドでは、数千人もの人々が熱波による犠牲になっている。学術誌「Science Advances」に掲載された別の論文によると、インドで100人以上が犠牲になった熱波の数は、1960年から2009年の間で2.5倍に増加した。この論文の共著者であるカリフォルニア大学アーバイン校のスティーブン・デービス教授は、気候変動の影響である可能性が高いとしている。

 

 とはいえ、インドの平均気温はここ50年間で0.5℃しか上昇していない。世界の他の地域と比べれば、ゆるやかな上昇だ。

 

 地表の気温の計測からわかっているのは、地球の温度は産業革命前から1℃上昇していることだ。しかし、地球全体の気温が同じように上がっているわけではない。北極の気温は、平均2.5℃上昇している。米国本土よりも広い北極海の大半で、2016年11月の気温は通常よりなんと20℃も高かった。

 

 熱帯地方では、平均気温が少し上昇しただけでも大きな影響を受けることになる。デービス教授は、特に影響を受けやすいのは、貧困に苦しむ人々だとしており、「シカゴの人々は暑さを避けることができるが、インドの貧しい人々はそういうわけにはいかない」と述べている。

 

 気温の調査から、米国の都市の92%で夏季の気温が1970年に比べて上昇していることがわかっている。米国の気候調査機関クライメート・セントラルがまとめたデータによると、最も大きな影響が現れているのは、テキサス州や、ロッキー山脈とシエラネバダ山脈に挟まれた地域にある都市だ。夏の平均気温は、ウィスコンシン州ミルウォーキーで1.34℃、テキサス州ダラスで1.6℃、ユタ州ソルトレークシティで2.1℃上昇している。

 

 デービス教授は、「これが実際に起きている気候変動だ」という。死者を伴う熱波が年間60回発生しているのも、驚くには値しない。気温の上昇によって、住み慣れた土地を離れて移住する人々も増えている。

 

 「我々は環境に対してあまりに無関心すぎるため、未来の選択肢を失いつつある」。ハワイ大学のモラ氏はそう書いている。「熱波に対する有効な選択肢はもう残されていない。すでに世界中でたくさんの人々が熱波によって命を落としている」

 

(文 Stephen Leahy、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年6月22日付]

 

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