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30年前の議定書が「5分で火傷の世界」を防いだ~「史上もっとも成功した国際環境条約」はこれだけ貢献、残る課題は(National Geographic)

2017-10-04 15:16:05

ozon1キャプチャ

 

  米国をはじめとする工業国が、その議定書に署名したのは今から30年前、1987年のことだった。議定書の名は、「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」。

 

 30年の節目を祝うに当たりアントニオ・グテレス国連事務総長は、モントリオール議定書が人々の健康、貧困の撲滅、気候変動、食物連鎖の保護にプラスの影響を与えたことを強調。「すべての人々と地球のためのマイルストーン」になったと述べた。(参考記事:「オゾン層が回復傾向に、国際協定の効果」

 

 モントリオール議定書がなければ、地球のオゾン層は2050年までに崩壊し、破滅的な結果を生んだとする研究報告がある。その世界では、真夏のワシントンD.C.やロサンゼルスのUVインデックスが2070年までに最低でも30に達していたという。UVインデックスは紫外線の指標で、11を超えると「極端に強い」ため外出を控えるべきとされている。

 

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 米国環境保護庁(EPA)は、議定書がなければ皮膚がんの発生は2億8000万件増え、それによる死者は150万人多く、白内障は4500万件増えただろうと推定している(1890年から2100年に生まれる米国人についての推定)。

 

 フロンをはじめとするオゾン層破壊物質の問題はそれだけではない。これらの物質は、二酸化炭素より数千倍強力な超・温室効果ガスでもあるため、議定書がなければ気候変動は今よりずっと悪化していただろう。それによって、21世紀半ばにはハリケーンやサイクロンの強さが3倍になっただろうとする研究報告もある。

 

「文字通り5分で皮膚がやけどするほどの紫外線が降り注ぎ、暑くて、荒れた天候の世界には、誰も住みたくもなければ、孫に残したいとも思わないものです」と、米コロラド州ボルダーにある国立大気研究センター(NCAR)の上級科学者、ローランド・ガルシア氏は話す。「1987年の時点では、気候への影響を全てわかっていた人はいなかったと思います。少しですが、議定書は我々をピンチから救ってくれたのです」(参考記事:「南極のオゾンホール縮小を初めて確認」

 

史上最も成功した国際環境条約

 

 オゾン層は、太陽から届く紫外線の量をより安全なレベルまで減らす盾のように作用している。冷蔵庫、エアコン、エアゾール缶に使用される化学物質が、このオゾンの盾に損傷を与えていることを、科学者たちは1970年代後半の段階で証明していた。しかし化学業界は、そのような研究結果は不確実だと主張し、さらなる研究が必要になった。その後の1985年、南極大陸上空のオゾン層に巨大な穴が出現。危険なレベルの紫外線放射が地表に届くようになった。そうして、オゾン層を破壊する化学物質の量を削減するため、モントリオール議定書が作成された。

 

 産業界は、当時のロナルド・レーガン政権にロビー活動を展開。化学物質を使う製品を減らすことによる経済的影響がいかに甚大かを警告し、上院に議定書の批准を否決させようとした。

 

 「現在、化石燃料業界が気候変動に関して続けているロビイングに匹敵するほどの厄介さでした」と、デビッド・ドニガー氏は話す。氏は、米国に拠点を置く天然資源保護協議会で気候・大気浄化プログラムのディレクターを務めている。

 

 しかしドニガー氏によれば、米国は議定書を批准した最初の国々の一つであり、オゾンを破壊する化学物質の段階的廃止を前倒しする改訂でも、主導的な役割を果たしてきたという。業界はすぐに新製品を開発し、古い化学物質の段階的廃止という流れに乗った。

 

 議定書には現在、197カ国が参加しており、100種近くあるオゾン層破壊物質の99%が段階的に廃止されてきた。これにより、史上最も成功した国際環境条約としばしば評価される。

 

 国連環境計画(UNEP)のエーリック・ソールハイム事務局長は、「30年前、世界は結束し、地球全体の問題に地球全体の決意をもって取り組むことができると証明しました」と話す。「1980年代と変わらず、今もモントリオール議定書は必要とされています」

 

残された二つの課題

 

 オゾン層は2050年までに回復する見込みだ。ただし、議定書にはまだ達成されていない大きな課題が2つある。

 

 ひとつは、一部の開発途上国がハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)の段階的廃止に至っていないこと。HCFCは当初、フロンの代替として導入が進み、多くの冷蔵・空調システムに使われている。現在はオゾン層破壊物質に指定され、廃止に向けた取り組みが進んでいるが、開発途上国での廃止には財政支援が欠かせない。

 

 議定書は多国間基金の下で資金を提供しているが、今年11月に予定されているモントリオール議定書の会合で、今後3年分の資金が補充されるかはわからない。米国はこれまで資金の約20%を提供してきたが、「トランプ政権は今のところ、これについて完全に沈黙しています」とドニガー氏は話す。(参考記事:「トランプ次期大統領が引き起こす気候変動の危機」

 

 もうひとつは、ハイドロフルオロカーボン(HFC)という代替フロンの問題。HFCはオゾン層に対しては無害だが、強力な温室効果ガスであり、その悪影響は二酸化炭素の千倍にもなる。10年近い交渉を経た2016年、今後数十年かけてHFCの使用を85%減らすことで150カ国以上が合意した。

 

 空調と冷蔵でのHFCの使用は、特に中国とインドで急速に進んでいるとドニガー氏は話す。理由の一つは、気候変動によって過酷な熱波が頻発し、しかも長期化するようになり、夏がますます暑くなっているためだ。(参考記事:「2100年、酷暑でアジアの一部が居住不能に」

 

 HFCの段階的廃止は、議定書の「キガリ改正」として知られている。UNEPによると、地球全体の気温上昇のうち最大で0.5℃分を今世紀末までに削れるため、気候変動に大きな影響を及ぼすとみられる。

 

 この数字は大きい。というのも、気温上昇を2℃未満に抑えてもなお、アフリカでは農業収量が40%減り、人口の50%が栄養失調の危機にさらされるからだ。

 

「HFCの段階的削減に取り組む国々を支援することは、米国にとっても大きな利益になるのです」とドニガー氏は話している。(参考記事:「気候変動、最新報告書が明かす5つの重大事実」

 

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/100200374/?P=1