HOME |温暖化で「窒息」する海が世界的に拡大。深海の低酸素海域は半世紀でEU分ほど増加。亜酸化窒素の発生を増大させ、温暖化を加速する「悪循環」の可能性も。(National Geographic) |

温暖化で「窒息」する海が世界的に拡大。深海の低酸素海域は半世紀でEU分ほど増加。亜酸化窒素の発生を増大させ、温暖化を加速する「悪循環」の可能性も。(National Geographic)

2018-01-10 20:21:14

sinkai1キャプチャ

 

   10年以上前のある日、研究用のタグを付けた魚を追跡していたエリック・プリンス氏は奇妙なことに気がついた。米国南東部沖に生息するニシクロカジキは獲物を追って800メートルは潜るのに対し、コスタリカとグアテマラ沖では海面付近にとどまっていて、潜っても100メートルを超えることがめったになかったのだ。

 

写真は、メキシコ、バハ・カリフォルニア沖のコルテス海を泳ぐクロカジキ。一部の海域では、深海の低酸素海域を避けてカジキなどが海面に群がっている)

 

 米国海洋大気局(NOAA)を退職して以来、カジキの専門家として研究を続けているプリンス氏は首をひねった。これまでにコートジボワール、ガーナ、ジャマイカ、ブラジル沖のニシクロカジキを調べてきたが、そのような例は一度も見たことがなかった。彼らはなぜもっと深く潜らないのだろう?

 

 調査してわかったのは、カジキたちが窒息を回避していたことだった。グアテマラとコスタリカ沖のニシクロカジキは淀んだ深海に潜らない。そこには巨大な低酸素海域があり、さらに拡大を続けていた。カジキが深く潜らなくなったのは、まだあまり知られていない海の変化に反応した海洋生物の行動変化の一例だった。気候変動により、近海だけでなく外洋まで酸素濃度が低下して、海洋生物の生息地や生き方に大きな影響が出ているのだ。(参考記事:「『死の水域』、地球温暖化で恒久化か」

 

 米スミソニアン研究センターの上席科学者デニース・ブライトバーグ氏は、「これは地球規模の問題で、地球温暖化が状況を悪化させています」と言う。「解決には地球規模の取り組みが必要です」(参考記事:「米NRC、急激な気候変動の監視を提唱」

 

shinkai2キャプチャ

 

 ブライトバーグ氏らはこのほど、海洋酸素濃度の低下に関する主要な研究を検証した論文を1月5日付けの科学誌『サイエンス』に発表した。論文によると、海洋酸素濃度の低下により広大な海域から生物が消え、海洋生物の生息地や食物が変化している。その結果、魚の個体数が減り、魚のサイズが小さくなり、乱獲につながりやすくなっているという。海水温の上昇や海の酸性化と同様、海洋酸素濃度の低下も気候変動の最も重要な副産物の1つだが、ほとんどの人がこれを理解していない。(参考記事:「温暖化で魚が小型化している、最新研究、反論も」「海の酸性化からサンゴを守る応急処置」

 

 「酸素濃度の低下は、多くの点で生態系の破壊につながります」とブライトバーグ氏は言う。「陸上にそうした広大な領域ができて、動物が住めなくなったとしたら、誰でも気がつくでしょう。けれども同じことが水の中で起こっている場合には、わからないのです」

 

25年間で酸素濃度が30%も低下した深海域も

 

 ブライトバーグ氏の研究には、メキシコ湾の原油流出事故により汚染されたような沿岸の「デッドゾーン(死の水域)」だけでなく、外洋で数千キロにわたって広がる深海の低酸素海域も含まれている。(参考記事:「メキシコ湾流出原油、今なお生物に打撃」「メキシコ湾のデッドゾーン、最大規模に」

 

 深海の低酸素海域は、20世紀半ばから面積では450万平方キロ以上拡大している。これは、EUと同じくらいの広さに相当する。原因の1つは水温の上昇だ。

 

 水温が上昇すると海水に含まれる酸素の量は低下する。また、温かくなると微生物や大型の生物の代謝がさかんになり、酸素消費量が増える。さらに、温暖化により海が表面から温められると、温かい水は冷たい水より軽いために表面の水が上層にとどまりやすくなり、空気中の酸素が深層の低酸素海域まで届きにくくなる。

 

デンマーク沖の浅瀬で発見されたいくつもの輪
デンマーク沖の浅瀬で発見されたいくつもの輪

 

 現在、深海の低酸素海域は年間1メートルのペースで海面に向かって拡大している。太平洋東部とバルト海のほとんどでそうした状況にある。米カリフォルニア南部沖のある深海では、わずか25年間で酸素濃度が30%も低下した。アフリカ沿岸付近の大西洋の低酸素海域は米国本土の面積より広く、1960年代から15%も拡大している。(参考記事:「海底の不思議な“妖精の輪”、謎を解明」

 

 この新たな研究結果によると、世界の海はわずか50年の間に約2%の酸素を失い、酸素が全くない海水の量は4倍に増えたという。現在、沿岸のデッドゾーンは500カ所ほど知られているが、そのうち20世紀半ば以前から酸欠状態だったところは10%未満である。

 

「悪循環が起きている可能性があります」

 

 低酸素海域は、一部の海の生物の繁殖を妨げ、寿命を縮め、行動を変化させる。短期間でも、そこにいた生物の免疫系を乱し、病気を増やす。魚やその他の海洋生物の遺伝子発現を変化させ、未来の世代に影響を及ぼすおそれもある。(参考記事:「メキシコ湾で増加する魚の生殖器異常」

 

 このような変化により、マグロやサメから、ニシン、サバ、マダラ、メカジキまで、すでに多くの魚が海面に近い、酸素を豊富に含む海域に集中するようになっている。だが、こうした海域はかつてないほどに狭くなっており、狭い範囲に集まった魚は、海面付近の魚を狙うウミガメや鳥や漁船に簡単に捕まってしまう。

 

 ブライトバーグ氏のチームは、酸素の欠乏が米大陸西岸沖に広がる世界有数の「湧昇域」にも影響を及ぼしていることに気づいた。そこでは、風のはたらきで栄養分に富む冷たい水が海面に上昇し、おかげで豊かな生態系が形成される。温暖化によって、こうした湧昇流は増えると考えられているが、同時に深海の低酸素海域も海面に持ってきてしまうことが増えている。米オレゴン中部沖などでは、そのせいで新しいデッドゾーンができている。

 

 もちろん、海洋の酸素濃度の低下は単独で起きているわけではないとブライトバーグ氏は言う。海の温暖化や、水中の二酸化炭素濃度の上昇による酸性化も、海の食物連鎖網を脅かす。複数の脅威が結びつくとき、事態はさらに悪化する。

 

「私たちはチェサピーク湾での研究で、海の酸性化によって一部の魚が酸素欠乏の影響を受けやすくなっていることに気づきました」と彼女は言う。

 それだけではない。酸素濃度が特に低い海域は、温室効果ガスを発生させ、気候変動をさらに悪化させるようなのだ。(参考記事:「気候変動、最新報告書が明かす5つの重大事実」

 

「悪循環が起きている可能性があります。温暖化により低酸素海域が増え、そこで温室効果ガスの1種である亜酸化窒素が発生し、さらなる温暖化を引き起こすのです」とブライトバーグ氏は言う。「本当に心配です」(参考記事:「国連が公海の保護条約協議へ、『海洋版パリ条約』」

文=Craig Welch/訳=三枝小夜子

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/010900142/