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海水淡水化で環境汚染? 世界に1万6000件のプラントが稼動。淡水だけでなく、濃縮塩水や化学物質も大量排出(National Geographic)

2019-01-28 11:23:27

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 中東や北アフリカなどの乾燥した地域を中心に、世界中で水不足が進行しつつある中、経済的に余裕のある国々は次々と海水(塩水)の淡水化に着手している。海水淡水化とは、大量のエネルギーを用いて、海水などから塩分を取り除く処理のことだ。世界には現在、稼働中および建設中のものをあわせて、1万6000カ所近い海水淡水化プラントが存在する。

 

写真は、ドバイのジェベル・アリにある淡水化プラント)

 

 「海水淡水化プラントで作られるのはしかし、塩分を取り除いた水だけではありません」と語るのは、カナダにある国連大学の研究者、マンズール・カディル氏だ。「そうしたプラントからは、ブラインと呼ばれる濃縮塩水を排出しています」

 

 しかし、ブラインをどれだけ排出しているのかについて、「包括的な評価は存在しない」とカディル氏はいう。そこで氏らは、新たな評価方法を用いてその値を算出し、2019年1月14日付けの学術誌「Science of the Total Environment」に発表した。

 

 カディル氏のチームは、すでに稼働を停止したものも含む約2万カ所の淡水化プラントについて、入手可能な調査報告書やデータベースを分析した。ブラインの排出量については、測定する基準すら存在しない。そのため、彼らは素材となる塩水のタイプと、使われている淡水化技術などから、プラントのおおよその「回収率」、つまり、淡水と比べてどれだけのブラインが発生しているかを推定した。

 

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日本を14センチの水で覆える量

 

 調査報告書などでは長い間、淡水とブラインの比率は1対1と仮定されてきた。ところがカディル氏らの研究により、平均的な淡水化プラントにおいては、実際には淡水の1.5倍のブラインが発生していることがわかった。すなわち1年間で518億立方メートルになるが、これは日本を深さ14センチの水で覆い尽くせる量だ。

 

 「タイムリーかつ重要な情報です」。米ニューヨーク大学アブダビ校の生物学者ジョン・バート氏はそう語る。バート氏によると、淡水化は環境にいくつかの有害な影響を与えるおそれがあるという。

 

 そうした影響の中でも特によく知られているのが、大量の化石燃料を燃やす際の排出物だ。大半の淡水化プラントは、「逆浸透法」を採用している。この方法では、水と塩を分ける膜を通過させる際に、高い圧力をかける。そのために、大きなエネルギーが必要になる。

 

 典型的なプラントでは、1000ガロン(3785リットル)の海水を処理するのに平均で10キロ~13キロワット時のエネルギーが使われる。このエネルギー消費が、淡水化のコストを引き上げている。カリフォルニアにある最新の淡水化プラントは10億ドルのコストをかけて建設され、今ではサンディエゴ郡(人口約330万人)で消費される飲料水の10パーセントを供給している。こうしたコストと環境への影響の大きさから、科学者らは、より効率的な分離膜や、太陽エネルギーで動く淡水化装置の開発といった代替案を探ってきた。

 

 海水を取り込むときに、魚の幼生などの小さな生物やサンゴを吸い込んでしまうという問題もある。しかしより大きなリスクは、淡水化プロセスの最終段階にある。それはブラインが海に捨てられることだ(淡水化の大半は海のそばで行われている)。

 

 「ブラインは通常の海水よりも塩分濃度が高く、また排出時の水温も高くなります」とバート氏は言う。こうした条件下では、ブラインの排出場所付近の海洋生物は生き延びることが難しくなる。

 

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■銅や塩素などの化学物質も

 

 しかしバート氏がそれ以上に懸念しているのは、ブラインに含まれる化学物質だ。カディル氏の論文は、特に厄介な化合物として銅と塩素を挙げている。こうした化学物質は淡水化プロセスのさまざまな段階において、細菌の繁殖を防ぐために海水に加えられ、その多くが廃水に残されたままとなる。

 

 「これらの化学物質に長い間さらされ続ければ、排水口周辺の広い範囲に環境影響が及び、金属などの汚染物質が食物連鎖に蓄積されるかもしれません」とバート氏は言う。

 

 こうしたリスクを軽減するうえで、規制が効力を発揮する場合もあるものの、その強制力は場所によって大きく異なる、とバート氏。また、世界で行われる淡水化のほぼ半分の量を占めるペルシャ湾では、管理が比較的ゆるくなりがちだという。

 

 一方で、ブラインについてはさほど心配する必要はないとする意見もある。「環境に与える影響への懸念は誇張されています」と語るのは、米ジョージア工科大学の水資源エンジニア、フィリップ・ロバーツ氏だ。ロバーツ氏はまた、カディル氏の調査は、ブラインが発生している量については合理的な数字を提示しているものの、やや「誤解を招く」情報だと述べている。

 

 ブラインの量はさほど有益な数字ではなく、トータルの量も全体に比すれば非常に少ないとロバーツ氏は言う。「重要なのはブラインの廃棄の仕方です。安全に処理することは可能です」

 

 いずれにせよ、昔ながらの水源が減り続け、淡水化の技術が進歩するにつれ、淡水化への依存はより強くなっていくだろう。そしてブラインは増え続け、やがて問題が生じるとカディル氏は見ている。

 

 「プラントで発生する大量のブラインへの対処法を考える必要があります。今こそこの問題への関心を高める必要があると、われわれは考えたのです」

(文 TIK ROOT、訳 北村京、日経ナショナル ジオグラフィック社)

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO40163540Y9A110C1000000?type=my