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福島双葉町民の疫学調査「鼻血、頭痛など有意に多い」の結論ーー「水俣学の視点からみた福島原発事故と津波による環境汚染」(中地重晴熊本学園大教授)

2014-05-17 13:15:53

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futabachouキャプチャ(論文のうち双葉町民の健康調査部分を掲載)

(11)双葉町民の健康調査の中間報告
岡山大学大学院環境生命科学研究科の津田敏秀氏,頼藤貴志氏,広島大学医学部の鹿嶋小緒里氏と共同で,双葉町の町民の健康状態を把握するための疫学調査を実施した。
調査の目的は,2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故により,近隣住民の健康影響への不安が募っている。福島県においても福島県立医科大学を中心として,県民健康管理調査が行われているが,様々な問題点が指摘されている。

 

今回,我々は,県民健康管理調査ではカバーされていないと思われる様々な症状や疾患の罹患を把握すること,比較対照地域の設定をしっかりと行うことを通して,どのような健康状態が被ばくや避難生活によるものかを評価・検証することを目的として調査を行った。

 
福島県双葉町,宮城県丸森町筆甫地区,滋賀県長浜市木之本町の3か所を調査対象地域とし,事故後1年半が経過した2012年11月に質問票調査を行った。所属する自治体を一つの曝露指標,質問票で集めた健康状態を結果指標として扱い,木之本町の住民を基準とし,双葉町や丸森町の住民の健康状態を,性・年齢・喫煙・放射性業務従事経験の有無・福島第一原子力発電所での作業経験の有無を調整したうえで,比較検討した。

 
多重ロジスティック解析を用いた分析結果は,主観的健康観(self-rated health)に関しては,2012年11月時点で,木之本町に比べて,双葉町で有意に悪く,逆に丸森町では有意に良かった。更に,調査当時の体の具合の悪い所に関しては,様々な症状で双葉町の症状の割合が高くなっていた。

 

双葉町,丸森町両地区で,多変量解析において木之本町よりも有意に多かったのは,体がだるい,頭痛,めまい,目のかすみ,鼻血,吐き気,疲れやすいなどの症状であり,鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示した(丸森町でオッズ比3.5(95%信頼区間:1.2,10.5),双葉町でオッズ比3.8(95%信頼区間:1.8,8.1))。

 

2011年3月11日以降発症した病気も双葉町では多く,オッズ比3以上では,肥満,うつ病やその他のこころの病気,パーキンソン病,その他の神経の病気,耳の病気,急性鼻咽頭炎,胃・十二指腸の病気,その他の消化器の病気,その他の皮膚の病気,閉経期又は閉経後障害,貧血などがある。

 

両地区とも木之本町より多かったのは,その他の消化器系の病気であった。治療中の病気も,糖尿病,目の病気,高血圧症,歯の病気,肩こりなどの病気において双葉町で多かった。更に,神経精神的症状を訴える住民が,木之本町に比べ,丸森町・双葉町において多く見られた。

 
今回の健康調査による結論は,震災後1年半を経過した2012年11月時点でも様々な症状が双葉町住民では多く,双葉町・丸森町ともに特に多かったのは鼻血であった。特に双葉町では様々な疾患の多発が認められ,治療中の疾患も多く医療的サポートが必要であると思われた。

 

主観的健康観は双葉町で悪く,精神神経学的症状も双葉町・丸森町で悪くなっており,精神的なサポートも必要であると思われた。これら症状や疾病の増加が,原子力発電所の事故による避難生活又は放射線被ばくによって起きたものだと思われる。

 
宮城県丸森町は,福島県境に接しており,福島原発事故による放射能汚染地域であり,住民には,放射能汚染脳汚染に関するストレスがかかっており,双葉町民と同様の健康障害が出てきていると考えられる。今後は,この調査と双葉町が実施した動向調査(3月12日から3月中の避難先の記録)から外部被ばくを相対化し,被ばく量との関係を評価する予定である。

 
本年5月28日に,双葉町のほぼ全域が「帰還困難区域」に指定され,町民は,自宅に5年以上戻れないという宣告を受けた。避難生活が長引く中で,健康管理をどのように進めていくのか,継続して調査したり,町への支援を続けていく予定である。

 

おわりに――水俣病の教訓から福島をどう考えるのか

 
本稿を終えるにあたり,水俣病などの公害事件を経験したにもかかわらず,日本政府は,今回の原発事故で同じような過ちを繰り返していることを指摘したい。

 

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一番の過ちは,科学技術に対する過信が事態を深刻化させ,加害者の責任をあいまいにさせていると考えられる。千年に1回の津波を想定せず,今回のような致命的な放射能汚染を引き起こしたにもかかわらず,想定外の津波を理由に,責任の所在が国,原子力委員会と東電との間で,あいまいにされようとしていることである。

 

特に科学技術の進歩のためにも,事故の原因究明はしっかりとすべきであるが,国の調査委員会,国会事故調査委員会,第三者委員会,東京電力と4つの事故調査報告書が出ているが,一長一短があり,事故の真相を究明したとは言い難い。

 

事故を起こした4基の原発は地震動で損傷を受けたかどうか,その被害の程度を明らかにすべきであるが,4者の報告書では,どこも明確にできていない。

 
この点が解明されないので,真相を隠そうという意図の中で,放射能汚染に対する市民への情報提供,情報公開も不十分のままである。この点に関しては,国も東電に対し,きちんとした監督を行っているとは言い難い状況である。そのため,汚染者負担の原則による被害者への補償が不十分であり,多くの強制的な避難者は経済的に困窮する状態におかれたままである。

 

自主的に避難した人たちも同様に定職に就くことができず,苦しい生活を送っているものが多い。避難の長期化は,避難者への差別,レッテル貼りを生みだしている。いわき市などで避難先の住民との間の軋轢が顕在化し始めた。

 

自宅や故郷に戻れないことへの不安に加えて,差別されることでの精神的苦痛を避難民に与える社会構造は,水俣病被害が顕在化し,第一次訴訟と自主交渉で補償を勝ち得た患者と接した水俣の市民社会と変わっていない。

 

この差別を克服することは我々の今日的課題である。水俣は事件発生から約60年を経て,被害者の救済が終わっていないが,福島原発事故では,100年単位で放射能汚染と付き合わざるを得ず,問題解決に向けた長い道のりを今後も歩み続けなくてはならない。
(なかち・しげはる 熊本学園大学社会福祉学部教授)

大原社会問題研究所雑誌 №661/2013.11 に所載

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/661/661-01.pdf