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第6回サステナブルファイナンス大賞・インタビュー③三井住友海上火災保険。気候変動リスクをヘッジするキャットボンドをシンガポール市場に初上場で優秀賞。アジアの災害保険市場形成に貢献(RIEF)

2021-02-04 14:41:58

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  三井住友海上火災は、気候変動の激化で増大する国内の自然災害リスクを、資本市場でヘッジするキャットボンド(カタストロフィーボンド:大災害債)を、アジアの保険会社として初めてシンガポール市場で発行・上場したことを評価され、優秀賞に選ばれました。気候変動リスクを保険の引き受け力を高めるとともに、アジアでの災害保険市場形成への貢献も期待されます。同社の堀幸子(ほり・さちこ)再保険部長にお聞きしました。

 

――気候変動対応として、今回、日本国内の自然災害リスクをアジアの資本市場につなぐキャットボンドを発行されました。

 

 堀氏:今回のキャットボンド(Akibare Re 2020-1)は、私どもとしては五回目のキャットボンド発行です。これまでは、バミューダ諸島をはじめ、欧米を中心に発行してきました。今回のシンガポールでの発行は、当社にとっても初めて、アジア保険会社としても初めての同市場での先行例になりました。日本の最近の風水害は激甚化、頻発化が進んでいます。

 

  通常、我々保険会社は、こうしたリスクを保険で引き受け、さらに再保険市場でリスクをヘッジしますが、風水害の激甚化、頻発化を受けて、再保険市場はやや不確実性を増しているということがあります。そうした中で、同ボンドは資本市場にアクセスして、資本市場からの資金を受けてリスクヘッジを図るというもので、伝統的な再保険市場を代替する新たな調達手段として非常に重要視しています。

 

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――これまで欧米の投資家にはある程度浸透していますね。新たにシンガポールで発行したのはアジアの投資家を対象にしたいということでしたか。

 

 堀氏:そうです。シンガポール政府は、アジアでは日本以外も自然災害多発の地域なので、アジアにおいて同ボンドを発行できるような金融市場をしっかり構築することに力を入れています。今回のわれわれの「Akibare Re 2020-1」についても、2019年にできたシンガポール政府の補助金制度を活用させてもらいました。同政府は、将来は、アジアの投資家を呼び込んで、気候変動リスクに対応していく形でシンガポール市場を発展させる方針のようです。私どもも、同国政府と連携し、補助金を活用して発行コストを抑えつつ、アジアでキャットボンドを発行する先行例になることができました。

 

 気候変動が進む中、アジア地域ではプロテクションギャップ(経済損害が保険でカバーされない比率)が大きい。自然災害では、特に損害が増大しているが、アジアでは必ずしもすべて保険でカバーされているわけではなく、また政府がそれらを保証できるものでもありません。キャットボンド市場が広がると、アジアの自然災害リスクの受け皿としてのキャットボンドの活用が進み、将来的にはアジアでのプロテクションギャップの縮小に役立つと思います。

 

――シンガポール市場では三井住友海上のキャットボンド以外の他社のボンドも上場していますか。

 

 堀氏:はい。いくつか上場しています。ただ、まだアジアでは市場自体が発展途上で、欧米市場で発行されているキャットボンドに比べるとまだまだ数も少ないです。しかし、今後増えていくと思います。シンガポールでは2019年から補助金制度を導入しました。私どもが日本の企業として初めての上場です。

 

――上場したキャットボンドは日本の投資家にも買われていますか。

 

 堀氏:直接的には日本の投資家の投資対象にはなっていないと思います。日本の投資家が使うファンドによる投資はあるかもしれません。ただ。まだ日本の投資家は同ボンドに慣れてない面があります。現在のグローバル市場は、欧米の投資家が中心になっています。彼らは、すでに同ボンドの投資に慣れています。アジアの投資家も一部は市場に入ってきています。

 

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―――気候変動リスクのヘッジ手段としてのウエイトは、今後、資本市場が中心になっていくのでしょうか。

 

 堀氏:再保険市場と資本市場を併用していくという形になると思っています。資本市場を利用するウエイトはこれから増えていくと思いますが、どちらかに偏るのではなく、両方の市場のバランスをどうしていくのかを、その時々の市場環境を見ながら考えていくことになると思います。

 

――自然災害以外にキャットボンドを使うことは可能ですか。たとえばコロナ対策に使うとか。

 

 堀氏:もちろん考えられます。すでに世界銀行が先に出していたパンデミック債が今回の新型コロナウイルス感染によって発動されました。私どもも、同債券のスポンサーとして資金を供給したという経緯があります。また、世銀以外でも普通の民間生命保険会社が感染症を対象としたキャットボンドを出している事例もあります。まだそうした取り組みの数は少ないですが。今後、自然災害に限らず、他のリスクについても証券化できると考えています。この点については、私どもも、もっと研究して、将来は活用していきたいと思います。例えば、感染症での死亡率が数%上がった場合には一定の支払いをするといった商品があるようです。

 

―――これらの商品はART(Alternative Risk Transfer)市場と呼ばれますが、同市場はこれから拡大していきそうですか。

 

 堀氏:そう思います。世界的に低金利の状況が続いているので、投資家としては利回りを確保できる魅力的な投資商品がなかなか見当たりません。キャットボンド等のARTの商品は、普通の保険商品に比べると比較的利回りがいいので、そこが投資家にとって、非常に大きな魅力になります。さらに、保険リスクというのは、必ずしも金融市場と相関が大きくないという点があります。相関があってもそれは低いので、投資家のポートフォリオを改善させる、つまり、リスクリターンを向上させるという点でも魅力のある商品なのです。したがって、今後もさらに発展していくだろうと考えています。

 

――御社の運用面でも使うことは考えられますか。

 

 堀氏:それも考えられると思います。

 

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 ――菅政権が2050年ネットゼロ目標を宣言しました。今後、保険会社にとってどういうニーズが出て来そうですか。

 

 堀氏:気候変動は私ども保険会社にとって非常に大きなリスクです。もちろん、日常の生活にも大きな影響があるし、生態系にも大きな影響があります。そういうことを含めて、非常に大きな保険リスクになると認識しています。そこで私どもは、2020年9月に「サステナビリティを考慮した事業活動」をMS&ADグループの方針としてHP上に開示しています。気候変動に対してどう対応するかという点では、まず再エネ等については、もっと安定的に、効率的に供給が出来て、かつ活用が促進できるように、保険付与の面から支援していきたいと思っています。CO2の排出量を削減するという技術開発は急ピッチで進んでいますが、これらの実用化についても保険によって後押しする貢献も考えられます。

 

 いずれも、私どもにとって新しいビジネス領域につながるものなので、非常に重要な領域と考えています。一方、石炭火力発電所は我々の方針とは反するものなので、新規の建設については保険引き受けをお断りする考えです。気候変動に対する適応力を高めるための事業活動を推進していきたいと思っています。

 

――損害保険大手はそろって、石炭火力事業等の新規事業の保険引き受けの停止を宣言しました。しかし、既存の石炭火力はCO2を出し続けています。これらについての保険引き受けについてはどう考えますか。

 

 堀氏:まだ日本の電力・エネルギーは、石炭火力に頼っているところが大きいと思います。したがって、この分野での保険引き受けを私どもがやめるということになると、逆に保険会社としての社会的使命を果たしきれないということになりかねません。ですので、今後、その部分をどういう風に対応するのかは、慎重に検討していきたいと思います。

 

――アジアは気候変動の適応分野の潜在的なマーケットでもあります。

 

 堀氏:私どもは、アジアでは非常に大きな強い地盤を持っています。アジア各国の保険市場でのプレゼンスという意味では、おそらく世界でもトップに入るレベルかと自負しています。インドネシアやシンガポール等では支店や現地法人等の形でオペレーションをしていますが、それぞれが現地市場ではトップ3やトップ5とかに入るような地歩を築いています。企業向けだけでなく、ローカル市場では個人向けの自動車保険も供給しています。企業向けの保険では自然災害リスクや地震リスクもお引き受けしています。


                           (聞き手は 藤井良広)