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パミール伝統の「自然暦」、気候変動で役立たずに。農作業や伝統行事にも影響(National Geographic)

2016-06-11 21:26:03

Pamelキャプチャ

 

 中央アジアのパミール高原で今、従来のカレンダーが機能しなくなっている。

 

 この地域に住む人々は昔から、雪解けやその年最初の渡り鳥の飛来など、季節の移り変わりをカレンダーとして使ってきた。いわゆる「自然暦」である。ところが近年の気候変動の影響で、その暦が役に立たなくなりつつある。

 

 異常気象や季節外れの氷河融解、湖の氾濫、動物や渡り鳥の行動の変化など、これまでとは違う自然現象が次々に起こり、伝統的な暦に著しいずれが生じた結果、ほとんどの村人たちは暦を使わなくなってしまった。手掛かりを失った人々は、農作業や伝統行事の計画が立てられなくなり、困惑している。(参考記事:「絶滅危惧種ユキヒョウを脅かす気候変動と遊牧民」

 

 そこで米コーネル大学のカリム・アリ・S・カッサム氏は今年、地元住民と研究者からなる国際的なプロジェクト「パミールの自然暦と気候適応プロジェクト(ECCAP)」を立ち上げた。

かかとの印は早春の意味

 

 パミール高原の大部分はタジキスタンの領地だが、アフガニスタン、中国、キルギスにもまたがっている。2006年、カッサム氏は戦争や食料難、90年代のソ連崩壊といった世界的な事変が、どのようにパミールの地域社会へ影響を与えたのかを調査するためにパミールを訪れた。

 

 ところが、村人たちの話を聞いたカッサム氏は、彼らの生活が世界的な事変だけでなく、気候変動によっても苦しめられていることに気付いた。

 

 この地域では、雪や氷河の融解が以前よりもずっと速く進んでいる。川の水量も増し、雨の降り方も変化している。かつては雪だったものが今は雨となって降ってくる。また、30日かけて降っていた量の雨が一気に降り注ぐこともある。

 

 標高の高い地域では大規模な山崩れや湖の氾濫が起こり、低地では畑が洪水に見舞われ、気温の変化が果物の収穫に影響を与えている。

 

 こうした異変を訴えるパミールの人々の言葉に耳を傾けながら、カッサム氏は彼らの持つ自然暦との関係に気付いた。そこで詳しく調べていくと、パミール高原でかつて広く使われていた17の暦に行き当たった。(参考記事:「史上最古のカレンダーを発見、イギリス」

 

 天体の動きに従って定まった月日を数えるグレゴリオ暦と違い、パミールの暦は自然環境の手掛かりを通して時間の流れを追い、それを人間の体に印をつける形で記録する。伝統的に、「ヒソブドン」と呼ばれる時の管理人が時間を計算し、季節の移り変わりを記録する。農民たちはそれに従って種まきや耕作、収穫、行事の時期を決める。

 

 彼らの時のカウントは早春に始まる。かかと、あるいはつま先からスタートし、印は徐々に体の上へと上っていく。足首、すね、ひざ、もも、ペニスにそれぞれの活動の時期をしるし、心臓へ到達する頃に春分を迎える。

 

 その後もカウントは続き、胸を過ぎると喉、そして頭へと移動する。ここで農業活動が小休止する「チラ」という時期を迎え、カウントもいったん止まる。再び季節の変化が見られると、カウントを再開し、今度は逆に体を下りていく。(参考記事:「諏訪湖の御神渡り600年の記録が伝える気候変動」

【フォトギャラリー】パミール高原の「忘れられた遊牧民」16点

「使える暦」へ新たに調整

 

 暦があてにならなくなったパミールの人々は、新たな試みも始めている。畑の耕作と種まきは、20年前と比べて15~30日早く始めるようになった。また、霜害を恐れることなく山の上の方でも小麦を育てることができるようになった。

 

 しかし、適応するにも限界はある。標高の高い所では耕作可能な土地も少ない。最終的には、いくつかのアプローチを組み合わせて、大事な作業や行事をいつすべきかを決めていくことになるだろう。

 

「彼らは、家畜の群れがどのくらいの大きさになるか、牧草地の状態はどうか、いつ種をまき、耕作し、収穫するかなどを予測する必要があります」と、カッサム氏は語る。

 

 今回立ち上げたECCAPプロジェクトには、米国、イタリア、ドイツ、中国の様々な専門分野の研究者たちが集まった。彼らを3つのチームに分け、第1のチームは現在の生態学データを基に暦を新たに調整し、人々が以前のように季節の変化による予測を立てられるようにする。

 

 第2のチームは、気候科学を暦とリンクさせて、降水や干ばつなどの変化に備えることができるようにする。第3のチームは、暦だけでなく現在と過去の知識を参考にして、生物多様性の詳細な調査を行う。

 

 このプロジェクトによって、気候変動の影響を免れることはできなくても、地域社会がそれに適応するのを助けることはできると、カッサム氏は考える。「私たちはこうして、食料システムや人々の暮らしを守ろうとしています。これから新たな世紀に入っても、人類の食はその大部分を、小規模農業や畜産業に頼り続けなければならないのですから」(参考記事:「温暖化で平均気温8℃上昇の予測、北極が熱帯に」

文=Karen Emslie/訳=ルーバー荒井ハンナ

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/060900207/