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英国メイ政権 エネルギー気候変動省(DECC)を廃止。新設の強力経済官庁に統合。EU離脱交渉にらみで気候変動政策を「人質」か(RIEF)

2016-07-16 22:35:07

May1キャプチャ

 

  英国のテリーザ・メイ新首相が世界の気候変動関係者にいきなりのパンチを食らわせた。欧州連合(EU)離脱後の英経済強化のため、ビジネスとエネルギー、産業戦略を統合した新たな役所を設ける一方で、これまで気候変動政策をリードしてきたエネルギー気候変動省(DECC:Department of Energy and Climate Change)を廃止すると発表したためだ。

 

  DECCを吸収する形で発足するのは、Department for Business, Energy and Industrial Strategy(DBEIS)。Greg Clark議員が大臣を務める。同氏は経済通で環境問題にも明るいため、環境団体から一定の信頼はある。

 

 DECCは気候変動とエネルギー問題を統合的に政策立案する役所として、労働党政権下の2008年10月に象徴的に発足した。当時のDepartment for Business, Enterprise and Regulatory Reform(DBERR:ビジネス・企業・規制改革省)からエネルギー部門を、Department for Environment, Food and Rural Affair(Defra)の気候変動部門を、それぞれ分離統合した。

 

 DECCの設立は、EUの欧州委員会が気候変動専門部局のDG-CLIMAを設けたのと、軌を一にした組織改革として評価されてきた。気候変動問題とエネルギー問題を表裏一体としてとらえた政策展開をリードする形だ。

 

 しかし、今回のDBEISへの統合は、かつてのDBERRのエネルギー部門を元に戻すだけでなく、さらに気候変動政策も移し、経済競争力に軸足を置いた「強力官庁」を生み出すもので、「気候変動より経済・エネルギー・産業政策を優先させる」というメイ政権の姿勢を明確に打ち出した。

 

 この改革は英国内外で反響を呼んでいる。DECCが担ってきた気候変動の国際交渉、グリーンエネルギーへの補助金、原子力政策等も、経済政策の観点からの取り組みが最優先されるとみられる。

 

 昨年までDECC担当大臣を務めた自由民主党のEd Davey議員は「これは英国がこれまで築き上げてきた気候変動問題への努力を大きく後退させるものだ。大臣のClark氏は環境に理解があるが、英政府における気候変動政策の位置を低下させるのは間違いない。低炭素投資を重視する投資家に打撃を与えるだろう」と強く批判している。

 

 DECCの初代大臣を務めた労働党元党首のEd Miliband議員も、ツィッターで激しく非難した。「ただのバカだ(Plain stupid:メイ首相のこと)。 気候変動を役所の名前から一切消してしまった。役所名はその官庁の優先政策を表し、政策の成果を表す」

 

 同じくDECC大臣を務めた自由民主党のChris Huhne氏も「一つの官庁がすべての環境問題を所管するのは大きな問題だ。内閣の中で、環境・気候変動に関する権限を持つ役所が一つになることは、気候変動問題での英国の能力を大きく低下させる。欧州懐疑派と温暖化懐疑派が手を結ぶかのような光景は悲しい」と懸念を表明した。

 

 英国内だけではない。前国連事務総長のコフィー・アナン氏、元アイルランド大統領で国連人権高等弁務官等を務めたMary Robinson氏、 南アフリカの平和運動家でノーベル賞受賞のDesmond Tutu氏らも、相次いで、気候変動のリーダーシップを喪失することへの懸念を示す声明を出した。

 

 当然だが、多くの環境NGOも批判の声をあげている。英FOEのCEO、Craig Bennett氏は「ショッキングなニュースだ。首相に就いてすぐに、われわれ人類が直面している最大の課題の一つである気候変動問題への挑戦を、後回しにすると宣言するとは」。

 

 環境弁護士で構成するClientEarthは昨年、政府に対して大気汚染対策を求めて提訴する活動を展開している。代表の James Thornton氏は「DECCの廃止は、世界に対して悪いシグナルを送ってしまった。気候変動がより重要になってきている時に、よりによって、最も経済的、社会的、環境的に大事な課題への挑戦を無視すると宣言したようなものだ」

 

 「この改革は気候変動を政策アジェンダから除外するリスクをはらんでいる」( New Economics Foundation)、「『名前ぐらい』と言う人がいるかもしれないが、 これまで築き上げてきた気候変動対策の成果が、未決書類箱の底に追いやられる可能性がある」(Greenpeace)。

 

 DBEISの大臣に就任したClark氏は、ミリバンド氏がDECC大臣の際に、野党保守党の「影のDECC相」を務めた経験もあり、保守党きっての環境通とみなされている。しかし、今回の省庁改変に同氏の意見が反映したとされる。

 

 事実、同氏の就任スピーチでは、「新たな役所は、まず包括的な産業戦略を推進し、政府とビジネス界の関係強化をリードし、わが国の世界クラスの科学力を促進し、利用可能なクリーンエネルギーに取り組み、気候変動に挑戦する」と述べている。最優先は、産業戦略であり、最後尾は気候変動なのである。

 

 もっとも、環境NGOの中でもWWFは「気候変動が容易に克服できない課題だとすれば、真の強力官庁が変化を推進する必要があるかもしれない」と、一種の期待感を示したほか、スターンレポートで有名な気候経済学者のニコラス・スターン卿も組織改変を受け入れる立場を表明しているという。

 

 メイ首相が「ただのバカ」なのか。昨年のパリ協定合意をはじめ、EUが気候変動問題に力を入れているのは歴史的にも明瞭だ。英国はその一翼をリードしてきた。国内政策も2050年の温室効果ガス排出量80%削減を法制化している唯一の国でもある。

 

 だが、EU離脱となると、パリ協定で合意したEUの削減目標の配分交渉を、英国は独自のスタンスで行うのか、それともEUと足並みをそろえるのか、という課題が出てくる。英国が時間稼ぎをすると、EUは英国抜きで目標配分しなければならず、削減余力の少ない他のEU加盟国間での調整が必要になる可能性もある。

 

 あるいは欧州排出権取引(EU-ETS)からも英国が離脱するとなると、ロンドン・シティでの取引機能を失うことになり、クレジット価格の低迷が続いているEU-ETS市場の正常化がさらに遅れる可能性もある。

 

 メイ政権が「気候変動」の政策カードを、背後に隠そうとしているのは、気候変動政策が離脱交渉を有利に進めるカードの一つになると評価しているからではないだろうか。離脱交渉で優位に立てるなら、気候変動であろうと何であろうと、利用できるものは利用する。どこやらかつてのサッチャー女史に似ている。メイ首相は、やはり並の政治家ではなさそうだ。