HOME13 原発 |英国の「ヒンクリーポイントC原発」建設問題 建設主体の仏EDFの"ゴーサイン"にもかかわらず、英政府が「決定先送り」。その背景に浮かぶ「二つのカード」(RIEF)  |

英国の「ヒンクリーポイントC原発」建設問題 建設主体の仏EDFの"ゴーサイン"にもかかわらず、英政府が「決定先送り」。その背景に浮かぶ「二つのカード」(RIEF) 

2016-07-30 15:26:41

HincleyCキャプチャ

 

   英国のヒンクリーポイントC原発建設問題が、再び混迷し始めた。建設を主導するフランス電力(EDF)は28日、同原発の建設計画を決定した。ところが、英政府は同計画の決定を「秋の初め」に遅らせると発表したためだ。

 

 EDFの28日の決定は、取締役会に参加した17人の役員のうち10人が賛成、7人が反対というかなりきわどいものだった。また直前に、役員の一人、Gérard Magnin氏がCEOに宛てて、「同事業は非常に危険。EDFを破たんに導くリスクがある」との書面を送付し、自らは辞任するという一幕もあった。

 

  これまでもEDF内部では、同原発の建設負担の重さで、EDFの経営に影響が及ぶとの懸念がくすぶっており、今春には、CFOのトマ・ピケマル(Thomas Piquemal )氏が辞任している。同社の複数の労働組合からも懸念が示されてきた。これに対して、英政府は前デビット・キャメロン政権が建設に積極的で、「英推進、仏躊躇」という構図が続いていた。

 

  今回のEDFの経営陣の決定は、これまでの内部の懸念を振り切る形の「決断」で、同日には記者会見やVIPを招いてのパーティーなどのセレモニーの用意もしていたという。それを受け入れ国側の英国から「待った」をかけられたわけで、EDFも大慌てになったようだ。

 

 英国のメディアも大騒ぎになった。政府の突然の「決定先送り」の背景をめぐっては、いくつかの憶測が漂う。同原発建設に対しては環境保護派や消費者団体などが、安全性の問題と、電力コスト大幅上昇などへの反対活動を続けている。だが、今回の英政府の先送りは、こうした市民の声に耳を傾けて、決断を先送りしたものではなさそうだ。

 

 英Guardian紙は英官邸筋の話として、「英仏政府間では、ヒンクリーポイントCについて新たなタイムテーブルが合意されている」と伝えている。英政府の決定延期は、EDF経営陣には知らされていなかったとしても、フランス政府は知っていたようだ。

 

 ということは、背景のポイントは原発の是非ではなく、それ以外の論点があると考えられる。その一つは、同事業に参画する中国の扱いであり、あるいは英国の欧州連合(EU)からの離脱決定後のEUとの交渉との関係などが取りざたされている。

 

 ヒンクリー・プロジェクトは、英南西部サマセット州ヒンクリーポイントで、欧州加圧水型(EPR)原発を新設する計画。新設原発としては1995年のサイズウェル原発の稼働以来、約20年ぶりとなる。しかしEPR型の原発は、東京電力福島原発事故後に安全対策を強化したことで、総事業費が180億ポンド(約2兆5000億円)に膨らみ、英政府の補助金を加えても、完成後に販売する電力料金が現状の3倍に上昇する。

 

 chinaukc4be84a793346e2bd9e952281afb17b8

 

  こうした建設主体のEDFが抱える採算面での懸念を緩和するため、デビッド・キャメロン前首相は、習近平国家主席との英中首脳交渉で、中国の原子力企業の国有企業である中国広核集団(CGNPC)から3分の1の出資を確約させたほか、エセックス州のブラッドウェルに中国製原発の誘致を決めるなど、中国シフトを明瞭に打ち出した。

 

 しかし、この英中合意に、英国内でも疑念が出ていた。たとえば、テリーザ・メイ政権の支援者の一人Nick Timothy議員は、 「原発での英中合意は、英国の安全保障を中国に売り渡すとともに、中国の資本を受け入れることで、中国の人権問題に英国が口をつむぐという“取引”をした」と批判してきた。

 

 英国の安全保障専門家の間には、中国が建設した原発のコンピューターシステムに、何らかの細工を施し、彼らの意のままに原発をシャットダウンされるリスクが残る、といった映画の「007」のような指摘が根強くある。

 

 

 ただこうした中国懸念論よりも、メイ政権が重視するのは英国の「対中カード」だろう。対中関係では、他のEU諸国よりも英国が一歩、抜きんでていることをアピールするとともに、「中国に強い」ことを売り物にしてきたキャメロン前首相と盟友のジョージ・オズボーン前蔵相の影響力を排除するために、中国の出資も含めて見直すことを意識したとみることもできる。

 

 もっとも、政権を引き継いだメイ政権は現在、あらゆる政策見直し作業を行っている。今回の政府決定の先送りも一連の政策見直し作業の一つで、一定のプロセスと調整を経て、承認されるとみるべきだろう。

 

 しかし、そうした点検作業のためならば、「大決断した」EDF経営陣が慌てるような事態を引き起こさないはずだ。そこでもう一つ、想定されるのがフランスの原子力政策への牽制である。EPRのコストアップは原子炉製造会社のアレバの経営危機を招き、同社は現在、EDFが救済した形になっている。

 

 仮にヒンクリーポイントCの建設が見送りになると、EDFは長期的な負債を抱え込まないものの、英電力市場での競争力を喪失するほか、他国市場での原子力ビジネスでも存在感を失いかねない。アレバが進めるフィンランドの原発事業も、フランス国内の事業も頓挫しかねない。

 

 ここで重要な点は、英国はEUを離脱を決めたが、欧州の原子力商業利用の基本枠組みである欧州原子力共同体条約(ユーラトム)は、EU条約とは別建てである点だ。

 

 つまり、英国はEU離脱後もユーラトム条約の一員であり続ける。EU内ではドイツが原発全廃を打ち出しており、原発利用の主要国は事実上、英仏両国に絞られる。フランスではオランド政権が原発利用率の引き下げを打ち出してはいるが、現状は電力需要の75%という高率の原発依存国。それだけに原発電力消費国であり、原発技術国である英国の協力は、英国のEU離脱後も引き続き欠かせない。

 

したたかなメイ首相
したたかなメイ首相

 

   メイ政権は、この「ユーラトム・カード」を、EU離脱交渉で影響力の大きいフランスに対して、活用しようとしているのでは、との見方ができる。英離脱後のEUの盟主は名実とも独仏の両国となる。メルケル独政権が英国には冷淡とも思える対応を続ける一方、オランド仏政権の対応は今一つ明瞭ではない。

 

 エネルギー戦略を担当するGreg Clark大臣は、「英国は信頼できる安定したエネルギー供給を必要としており、原子力はエネルギー・ミックスの重要な一部。われわれはヒンクリー事業のすべての構成要素を注意深く検証していく」と発言している。その「構成要素」に、中国カードや、ユーラトムカードが含まれているのだ。

 

 急ごしらえのメイ政権だが、絶対絶命の危機に直面した際の英政権の底力は決して侮れない。

        (藤井良広)