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石炭火力規制で、農業や林業の収量が改善。温暖化対策、大気汚染対策のコベネフィット。米大学の研究チームが解明(スマート・ジャパン)

2017-01-17 17:20:31

Coalgeneratorキャプチャ

 

 石炭火力発電所に対する環境規制が、作物の収量を改善することが分かった。石炭火力発電所などが排出する窒素酸化物がオゾンを生み出し、作物や樹木にも悪影響を与えるからだ。地球温暖化対策や大気汚染防止策が、農業にもよい影響を与える。[畑陽一郎,スマートジャパン]

 

 石炭火力発電所は環境に与える影響が大きい。このため、規制強化が進んでおり、規制に対応するためのコストが大きくなっている。

 

 二酸化炭素はもちろん、燃焼時の熱によって生成する窒素酸化物や、石炭にわずかに含まれていた硫黄に由来する硫黄酸化物も悪役だ。二酸化炭素は温室効果ガスであり、残りの2つはヒトの健康を害する。このような規制には温暖化防止や医療費削減以外の利益もあることが分かった。農業と林業だ。

 

 米Drexel大学など複数の大学の研究者からなる研究チームが2017年1月4日に発表した内容によれば、石炭火力発電所には農作物の生産量や材木の生産量を引き下げる悪影響があった。それもかなりの。

 

窒素酸化物が第一の原因

 

 農作物に悪影響を及ぼす第一の原因は石炭火力発電所が排出する窒素酸化物だ。ただし、窒素酸化物自体が生産量を引き下げるのではない。太陽光に含まれる紫外線によって、酸素と二酸化窒素から対流圏中でオゾンが発生する。このオゾンはオゾン層として知られるオゾンとは異なり、地表で植物の葉などを蝕む*1)

 

 地表近くに存在するオゾンは米国では6月から8月に最大濃度に達する。この時期に成長する5つの作物について、コンピュータモデルを用いて影響を調べた*2)。特に4つの作物に対する影響が印象的だ。図Aに取り上げたトウモロコシ、綿花、ジャガイモ、ダイズである。これらの農産物に与える影響は全世界の食糧貿易をも左右するといえるだろう。

 

米国は主要な農業国

 

 米国は世界有数の農業国だ。トウモロコシとダイズの生産量と輸出量はいずれも世界一(図A)。綿花やジャガイモも生産量で5本の指に入り、綿花の輸出量は世界一。これらの作物の生産量を改善することができれば、経済的な効果は大きい。今回の研究は石炭火力発電の規制に対するコストが、作物の生産量増加という便益を生み出すことを示している。

 

図A 主要作物の全世界生産量と米国(濃い緑)の生産量・割合(2014年) 出典:国連食糧農業機関(FAO)の統計を基に本誌が作成

便益がコストを上回る

 

コストをかけて石炭火力発電所の排出物に規制をかけた場合の便益、特に農業での便益はどの程度なのだろうか。米Syracuse大学の教授であり、論文の共著者であるCharles Driscoll氏は発表資料で次のように語っている。今回の研究や他の調査から、発電所に新たな炭素基準(規制)を当てはめることによって生じる経済的価値は大きく、対策に必要な推定コストを上回る。

 

Drexel大学College of Engineeringで助教を務め、論文の筆頭著者であるShannon Capps氏は同じく次のように語っている。今後数年間、これらの作物の市場価値の変動に応じて、特に発電所が地表近くのオゾン濃度に強い影響を与えているオハイオ川渓谷(インディアナ州、オハイオ州、ケンタッタッキー州、ウェストバージニア州などにまたがる領域)のような地域では、農家が数千万ドルの利益を得られる可能性があると。

 

 研究グループは従来の対策を参照シナリオとして、何らかの追加対策を追加した場合、農作物の収量にどのような変化が起こるのかを調べた。

 

 対策シナリオは3つある。シナリオ1は発電所自体の効率改善だ。シナリオ2は需要側のエネルギー利用効率を改善し、さらに発電エネルギーミックスのメニューから石炭火力を外し、代わりに二酸化炭素排出量の少ないガス火力や、そもそも二酸化炭素を発電時に排出しない太陽光発電や風力発電に置き換えたもの。シナリオ3はシナリオ2と同様の排出抑制を試み、さらに炭素税を追加したものだ。

 

それぞれのシナリオを採用した場合、2020年のさまざまな物質の排出量がどのように変化するのか、研究グループの結論を図1にまとめた。 図1の最下行にあるオゾン量は濃度ではなく、濃度に重み付けを施した暴露指数(W126)の値。オゾン濃度が高い場合には、植物への悪影響が急速に大きくなる効果を加味した値だ。最大減少量を示した。

 

 発表論文ではW126値の地理的な分布も示しており、シナリオ2やシナリオ3を適用すると、ユタ州やコロラド州などの西部やケンタッキー州などの南部で効果が高いことが分かった*3)

 

 

図1 参照シナリオと比較した3つのシナリオの効果 対策コストの低いシナリオ1でも効果がある 出典:以下の論文にあるデータに基づき作成。S.L.Capps et.al,”Estimating potential productivity cobenefits for crops and trees from reduced ozone with U.S. coal power plant carbon standards”, Journal of Geophysical Research Atmospheres doi:10.1002/2016JD025141

コストに応じて便益が増加

 

 図1に示したような排出量削減が、どのように作物の生産量に影響を与えたのか、研究では3つのシナリオを比較している。図1の参照シナリオは現在の状況を示しており、窒素酸化物やオゾンの影響を既に植物が受けている。オゾンがない場合と比べて生産量が減っていることになる。計算によれば、ダイズとジャガイモ、綿花の収量が約1.5%減少しており、トウモロコシに与える影響はそれよりも小さい。

 

シナリオ1~3の対策を講じた場合、いずれも収量に効果があった。低コストのシナリオ1でも効果があるものの、最大の効果を生み出したのは、意外にもシナリオ3ではなく、シナリオ2だった(図2)。参照シナリオの場合にトウモロコシに100の損失が生まれるとして、シナリオ2ではこれを84.3まで押さえ込むことができたからだ。

 

 農作物だけでなく、樹木の成長にもよい影響があった。ブラックチェリーの損失は7.6%抑制され、アメリカクロポプラは8.4%だった。つまり林業においても得られる材木の量が増えることになる。

 

図2 3種類のシナリオによって4種類の主要作物への悪影響が軽くなった 左からトウモロコシ(corn)、綿花、ジャガイモ、ダイズへの影響を示す。シナリオ1~3を当てはめると、いずれもオゾンなどによる収穫量悪化の影響を抑えることができるものの、シナリオ2が優れていることが分かる(円の面積が大きいほど損失を抑えている) 出典:Drexel大学

二酸化炭素排出規制が良い副作用を生んだ

 

 比較的高いオゾン濃度が農作物や樹木に悪い影響を与えること自体は、1988年に発表された先行研究などによって既に明らかになっている。1時間当たりのオゾン濃度を積算した値が1日当たり0.04ピーピーエム(ppm)を超える状態、これが3カ月続くと、悪影響が生じるという。今回の論文でも冒頭でこのような先行研究を引いている。

 

 今回の研究の新規性は、米国EPA(環境保護庁)が2015年に策定した「クリーンパワープラン」で用いた手法*4)を適用し、化学物質の輸送モデルから、大気中の分布を調べ、植物へのオゾンの影響を示した点だ。EPAは植物に対する定性的な影響を調べているものの、定量的な影響は評価していなかった。実はシナリオ2は、EPAのクリーンパワープランの規制内容とよく似たモデルであり、EPAが手を付けていなかった分析を肩代わりした形になっている。

 

石炭火力発電の影響は米国に限らない

 

 今回の研究結果は米国を対象としたものだ。しかし、石炭火力の排出物によって農林業の生産量が落ちるという現象は世界共通だ。

 

 環境省が2016年3月に発表した「平成26年度 大気汚染状況について」では、オゾンを含む大気中の光化学オキシダントの環境基準達成率について報告している。全国1494カ所に位置する一般環境大気測定局のうち、光化学オキシダントの環境基準を達成した局は1つもなかった。達成率0%である*5)

 

 石炭火力の規模が大きく、かつ農作物の収量を増やしたい国は、今回の研究の結論を自国に当てはめた方がよいだろう。

 

 

*1) オゾンを含む光化学オキシダントによって、日本でも夏季に光化学スモッグが発生している。光化学スモッグは目や呼吸器を害する他、植物の葉が枯れといったる悪影響がある。


*2) 環境調査の標準指標として用いられている11種類の樹木に対する影響も調べた。

*3) 参照シナリオではカリフォルニア州南部(W126の最大値56ピーピーエム時、ppm時)や米国西部のオゾン量が多い。いずれのシナリオでもカリフォルニア州南部のオゾン量はほとんど削減できない。シナリオ1ではppm時の削減量は0.1程度だが、シナリオ2では西部や南部を中心に0.5~1.0程度の削減量が見られる。シナリオ3の地域的な削減量分布はシナリオ2と似ている。全体的な削減量自体は少ないものの、最大の削減量を示した地点では5.33ppm時に達した(揺れ幅が大きい)。

*4) クリーンパワープランはヒトに対する排出物の影響を低減するために電力部門の炭素排出基準を定めたもの。PM2.5などの粒子状物質やオゾンによって、ヒトの死亡率や罹患率がどのように変化するかを調べている。

*5) 達成率0%は、常時オゾン濃度が高いということを意味していない。1時間ごとの光化学オキシダントの濃度が1年を通じて1回でも0.06ppmを超えると、環境基準に不適合と判定しているからだ。なお、二酸化窒素の環境基準達成率は100%(一般局)だった。

 

http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1701/17/news113.html