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英国政府 EU離脱に合わせて、EU-ETS(排出権取引制度)とは別に国内カーボン取引市場づくりのワーキンググループ結成へ(RIEF)

2017-03-27 00:01:31

 

  英国は今月29日に欧州連合(EU)に対して正式に離脱を通知するが、それと並行する形で、国内カーボン市場形成のためのワーキンググループ(WG)を政府内で立ち上げる。英国カーボン市場の擁立は、EUの温暖化対策の軸である排出権取引制度(EU-ETS)の方向性や国際的なカーボン市場の行方にも影響を及ぼしそうだ。

 

 英政府が国内のカーボン市場づくりでWGを設置することは、英Environmental Finance誌が報じた。政府内の環境省(DEFRA)と、気候変動とエネルギー政策を担当するビジネス・エネルギー産業戦略省(BEIS)によって、有識者や専門家らが招集されるという。

 

 英国自体がEUから離脱交渉に入るのだから、EU-ETSに限らず、EU内での共通メカニズムから英国が離脱を検討するのは、ある意味で当然といえる。ただ、市場が関心を示するのは、EU-ETSはリーマンショック後に需給バランスが大きく崩れ、制度面での改革が今も進行中の段階であるためだ。

 

 EU-ETSでのカーボン価格の値崩れは、リーマンショックに続く欧州経済危機で、EU各加盟国の景気が低迷、産業部門の排出量が減少したことが大きい。クレジットの需給バランスの崩壊は、買い手不足が主因だった。EU内での改革では、クレジットの入札額を9億㌧先送りしたほか、市場の需給調節機関(MSR)を2018年中に発足させるなどの方向にある。

 

BEISキャプチャ

 

 そんなEU-ETSにおいて、英国は主にクレジットの買い手として、全体の取引の約10%のシェアを持ってきた。それだけに、英国抜きだと、現在の制度改革が進んでも、EU-ETSのクレジットの供給過剰状況が続く懸念がある。

 

 一方の英国にとっても課題はある。EU-ETSと独立した国内カーボン取引市場を作ったとしても、市場規模が英国だけだと需要のほうが強く、クレジット価格が高くなりすぎる懸念がある。

 

 カーボン取引自体は政治要因ではなく、温暖化対策を推進する点では、英国とEUの足並みは一致している。このため経済合理性に基づく選択肢として考えられるのは、EU離脱後も英国はEU-ETSにとどまるという道だ。

 

 現在でも、EU-ETSにはノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインの非EUの欧州3か国も参加している。環境問題では政治的枠組みとしてのEUの範囲ではなく、地理的枠組みの「欧州」でみるほうが現実的、という歴史を踏まえた評価に基づく。

 

 ただ、一方で英国のEU離脱交渉は政治的駆け引きになることから、EU-ETSだけ別扱いにし、経済的合理性だけで判断できるかという判断も出てくる。EUの結束を踏みにじる行動に出た英国だけに、EU側には、EU市場への英国の「ただ乗り」は許さない、との厳しい意見が少なくない。「欧州小国」のノルウェーなどと英国の重みは異なるとの見方もある。

 

 その辺のEU側の機微は、英国自体も承知しているようだ。今回、自ら国内カーボン市場を目指すWGを立ち上げるのは、ノルウェー型でEU-ETSにとどまる方式ではなく、自ら市場を立ち上げ、その市場とEU-ETSのリンク交渉を有利に進める選択肢を目指しているように思える。

 

EU-ETSキャプチャ

 

 クレジットの買い手不足による需給低迷が構造的課題であるEUにとって、英国の参加から得るメリットは当然、大きい。EU-ETSは域内クレジットのEUAのほか、途上国でのクリーン開発メカニズム(CDM)が生み出すCERクレジットも取引対象としている。これに倣うと、英国市場とEU-ETS市場をリンクして、相互にクレジット取引を認める方法があり得る。

 

 外国為替市場でユーロとポンドがそれぞれ売買され、日々、為替レートが付くように、EU-ETSのクレジットであるEUAと英国(ブリティッシュ)の新市場のクレジット(まさに「ブレグジット」)の取引価格が日々、表示される姿が想像できる。

 

 論点はEU-ETSを超えた展開にもある。中国がこの夏に稼働させる予定の中国版ETSとの関係だ。中国版ETSは、EUよりも大きなカーボン市場に成長するとみられるが、ここでも需給調節が最大の課題になりそうだ。中国国内でのクレジットの買い手不足を補うために、先進国市場とのリンクが選択肢の一つになっている。

 

 国際的なカーボンクレジット市場の連動は、現在、EU域内を別にすると、米国のカリフォルニア州がカナダのケベック州と2014年から共同で市場運営している実例がある。そこで英国がそうした連携の輪に入る可能性もある。米英加の3か国共通カーボン市場の設立だ。

 

 あるいは英国はこれまで、中国の温暖化対策の政策立案等を積極的に支援し、グリーン投資などでも英中関係は信頼関係を築いてきた。しかも、英国は規模は大きくないものの前述のように「クレジットの買い手国」であり、中国が中国全土のETSを先進国市場にリンクする仲介市場として英国カーボン市場を位置付ける期待もある。

 

 英国の国際金融街シティには、排出権取引の専門機関や取引金融機関が多数あるほか、クレジットを生み出すグリーンプロジェクトのファイナンス面でも豊かな経験を持っている。英国市場が、EU-ETSのクレジットと中国のクレジットである認証排出削減量(CCER)の値決めをETS市場をリンクさせる市場機能を発揮する可能性もある。

 

 英国にとっては、発足させようとしている国内カーボン市場に、このような国際的な役割を演じさせてこそ、「EU-ETSからの離脱」の意味が出てこよう。実際、先月開いた英議会上院の法律専門家パネルで、英国市場が世界中のカーボン市場とのリンクを推進すべきとの指摘がなされている。

 

 ただ、EUとEU-ETSから離脱した英国の国内カーボン市場とのリンクを、受け入れる国が果たしてあるか、という懸念もある。特に、EU離脱でシティからの金融機関の流出が進むと、カーボン市場の仲介機能を維持できるのかという課題も出てくる。またカリフォルニア州などとのリンクも、トランプ政権が温暖化政策に消極的な中で、米英間の政治的な選択肢にはなり得ないとの見方もある。

 

 国際排出権取引協会(IETA)代表のJeff Swartz氏は、「少なくとも英国は現在のEU-ETSの第三フェーズ(2020年まで)の終了時点まではEU-ETSにとどまるべきだ。そうでないと、多くの企業がEU市場と英国市場の両方に対応しなければならず、そのコストは消費者に転嫁される」と指摘する。(藤井良広)

https://www.gov.uk/government/organisations/department-for-environment-food-rural-affairs

https://www.gov.uk/government/organisations/department-for-business-energy-and-industrial-strategy