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経産省、気候変動対応の「移行ファイナンス」で、国際基準とは別に日本版制定の方向打ち出す。「ビジョン・計画立案だけでも移行に積極的と判断」。石炭火力等の温存目指す(RIEF)

2020-09-18 18:43:06

JERA001キャプチャ

 

 経済産業省は「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」を公表した。この中で、トランジションファイナンス(移行ファナンス:低炭素・脱炭素へ移行を促す投融資)について、EU中心の国際基準づくりに懸念を示し、日本版を作成する方向性を打ち出した。国際的にはCO2排出ゼロを基本目標に掲げる企業の移行を支援する主要業績指標(KPI)の設定が有力になっているが、経産省版ではビジョンや行動計画等を示すだけの企業でも「移行に積極的」と位置付ける見通し。

 

 (写真は、横須賀に建設計画が進む超々臨界圧石炭火力発電に反対する地元住民ら)

 

 報告書は、「SDGsやパリ協定の実現のためには、グリーンか、それ以外の二項対立的な考え方ではなく、トランジ ション(T)、グリーン(G)、革新イノベーション(I)を同時に推進する必要がある」と位置付けた。そのために、政府の気候変動対策へのコミットメント、企業の積極的な情報開示、資金の出し手によるエンゲージメントの3つの基盤を整備する、とした。

 

 そのうえで、「グリーン・ファイナンスの分野において、EUタクソノミーのみが『判断基準』として浸透してしまうことは、 CO2多排出産業の低炭素化への『移行』への資金供給が弱くなり、わが国産業及び地球温暖化対策にとっても大きな課題」と指摘。現状のEU主導のサステナブルファイナンスのフレームワークづくりに懸念を示した。

 

Metiキャプチャ

 

 トランジションファイナンスの考え方を整理するに際しては、「国際的な原則は、特定の産業や技術を排除せず、多様な国々・地域に適用し得る包摂的で柔軟なアプローチを採用、詳細は各国・地域ごとの実情に応じた考え方が深められるべき」とした。つまり、国ごとの基準として「日本版」を設ける方向性だ。

 

 その一方で、国際的な原則に対しては、①パリ協定との整合性に関する基準:パリ協定と各国の国別削減貢献(NDCs)に関連する事業へのファイナンス②事業実施主体に関する基準:中長期的なビジョンや行動計画等を示すなど、移行取組に積極的に取り組む事業主体へのファイナン ス③対象事業に関する基準:当該産業部門で国際的又は当該地域で温室効果ガス低排出の観点でベスト・パフォーマンス水準の実現・実施のための事業等へのファイナンス、と3つの分類を示している。

 

 ①は国のNDCsの事業に参加し、②はTCFDなどに署名し、経営ビジョンにパリ協定目標貢献を明記すれば充当できることになる。③は「最新鋭の高効率発電設備への投資、環境性能の高い自動車の製造等」と例示するように、石炭火力発電で最も効率がいいとされる超々臨界圧石炭火力(USC)や、低炭素車もEUが目指す電気自動車と燃料電池車以外のハイブリッド車等を想定しているとみられる。

 

  国際原則とは別に国内版(日本版)のガイドラインを目指す理由としては「脱炭素・低炭素化に向けたトランジションは、業種によって多様で、国ごとに産業構造を異とし、 発展段階に応じた実装技術も多岐にわたる現実を踏まえる必要がある」と強調。投資家から「国際的な原則に加えて、各国の実情を踏まえた業種ごとのガイドラインが必要」との声もあるとしたうえで、「国際的な原則について一定程度の認知が深まった後、グリーンボンドガイドラインの知見を踏まえつつ、日本版の基本方針を策定する」とした。

 

 日本版の制定と共に実証事業を展開、さらに日本のトラ ンジションのあり方を具体的に導くため、産業政策を踏まえた業種別ロードマップ等を策定する、としている。

 

CBIとクレディスイスのトランジションファイナンス案
CBIとクレディスイスのトランジションファイナンス案

 

 こうした経産省の「日本版トランジションファイナンス」方針だが、金融市場で認知されるかは疑問だ。先に公表された英Climate Bonds Initiative(CBI)とクレディスイスが共同で公表した移行ファイナンス・フレームワーク(Financing Credible Transitions)が示す5原則は、経産省方針と明らかに対立する。http://rief-jp.org/ct6/106395?ctid=69

 

 CBI等の原則は、①2050年までに排出ゼロに適合し、2030年までにほぼ半減の目標設定②企業あるいは国別ではなく、科学的専門家により推進されるべき③オフセットは除外④脱炭素化に活用する技術を評価に含める⑤コミットメントや約束よりも明確な運用指標に基づくべき、となっている。このうち④以外で、経産省の方針は「原則不適合」になる。

 

 トランジションファイナンスについては、環境金融研究機構(RIEF)が事務局を務める日本の研究者グループによる提言もまもなく最終版が公表される。同案は基本的に日本版の制定ではなく、国際基準づくりに貢献するためもので、日本の炭素集約型の産業・企業にも、そうした国際基準の採用を求める内容になる見通しだ。http://rief-jp.org/book/101626?ctid=35

 

 なぜなら、日本は国内事情を最優先せざるを得ない途上国ではなく、パリ協定達成を主導すべき先進国の一員である点が大きい。また国内で温室効果ガス排出量の多い産業は、電力、鉄鋼、化学、紙パルプ等に限られており、これらの産業の国際競争力を高めるためにも、これらの産業を脱炭素で国際的なリーダーになるための産業政策こそが、今、求められると考えるためだ。

 

 もう一つ重要な点がある。日本の炭素集約産業・企業が経産省の後押しで「日本版の移行ファイナンス」を採用したとしても、国際資本市場では「二流のブラウンボンド・ローン」との評価を受ける可能性が大きい点だ。ESGやサステナビリティを重視する投資家から「二流のブラウン産業・企業」のラベルを付与されることは、当該企業や産業にとってマイナスでしかない。

 

 まさか、ブラウン産業・企業の現状維持と、移行の時間稼ぎのための日本版移行ファイナンスへの投資を、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)等の国内の機関投資家に強制することで、国内市場だけで資金を回そうと考えているわけではないだろうが。

                           (藤井良広)

https://www.meti.go.jp/press/2020/09/20200916001/20200916001-2.pdf