HOME |SASB(米サステナブル会計基準審議会)の「非財務情報開示基準」の点検⇒その②「鉱業・金属加工産業」、シナリオ分析を求める。石油・ガス開発、パイプライン輸送、石炭業等7業種(RIEF) |

SASB(米サステナブル会計基準審議会)の「非財務情報開示基準」の点検⇒その②「鉱業・金属加工産業」、シナリオ分析を求める。石油・ガス開発、パイプライン輸送、石炭業等7業種(RIEF)

2018-11-13 10:35:16

SASBaaaキャプチャ

 

 SASB公表の「非財務情報開示基準」の点検第2弾は、鉱業・金属加工産業(Extractives & Minerals Processing Sector)だ。化石燃料・鉱物資源開発のエネルギー・素材産業である。気候変動への影響が最も大きいとされるセクターだ。同産業は7つの業種に区分される。

 

 ①石油・ガスの開発生産(Oil & Gas- Exploration & Production)②石油・ガスの中流(輸送)(Oil &)Gas- Midstream)③石油・ガスの精製・販売(Oil & Gas- Refining & Marketing)④石油・ガスサービス(Oil & Gas- Services)⑤石炭操業事業(Coal Operations)⑥鉄・鉄鋼製造業(Iron & Steel Producers)⑦金属・鉱業(Metals & Mining)ーーである。

 

 エネルギー開発を担う①の「石油・ガス開発生産業(Oil & Gas- Exploration & Production:E&P)については、SASBの基準確定時の記事で事例として紹介したが(http://rief-jp.org/ct4/84386)、改めて少し詳しくみてみよう。同事業が対象とする開発対象は、原油、天然ガスのほか、シェール石油・ガス、オイルサンド、ガスハイドレートも含む。開発拠点は陸上、洋上の両方。E&P業の基準は、E&P事業に限定している。

 

SASBE&Pキャプチャ

 

 大手メジャーのように、自らE&P業のほか、精製、販売、輸送、販売まで、一括して提供する総合企業もある。だがSASBは、それぞれのビジネスプロセスが環境・社会に及ぼす影響に違いがあると判断、業種ごとに区分する基準を定めた。石油メジャーのような総合企業は自社の活動に該当する複数の業種基準に照らして評価・開示することになる。

 

 E&P事業の開示分野は、環境分野が①GHG排出②大気の品質③水管理④生物多様性へのインパクトーーの4点。社会的分野は⑤安全性、先住民の人権と権利⑥コミュニティー関係性⑦従業員の健康と安全確保。ガバナンス・経営面では⑧保有資源の評価と資本支出⑨企業倫理と透明性⑩法的・規制環境への対応⑪重要な事故リスクマネジメント、の11分野だ。他の業種に比べてかなり多い。

 

E&P業の主な開示ポイント
E&P業の主な開示ポイント

 

 会計手法は①のGHG排出については3項目。まず、石油・ガスの開発・製造に伴うグローバルベースでのGHGの排出量(スコープ1:直接排出量)とそのうちの温暖化効果の高いメタンの排出比率の定量開示を求めている。次いで、開発・製造段階でのフレア燃焼や各製造工程での排出、漏洩等のスコープ1での開示を求めている。3つ目は、それらのGHG排出量を削減する短期、長期の戦略の記述と、削減目標、削減実績の記載を求めている。

 

 大気の品質については、対象とする大気汚染物質を、NOx(窒素酸化物:酸化二窒素を除く)、SOx(硫黄酸化物)、揮発性有機化合物(VOCs)、粒子状物質(PM10)を列記している。

 

 ③の水管理分野を評価する会計手法は4つで比較的多い。石油・ガス開発に大量の水を使うためだが、特にシェール石油・ガス開発を前提として、化学物質を注入する水圧破砕法を活用する井戸の割合の開示や、フラッキングの結果、地下水あるいは表面水が通常よりも汚染した開発サイトの割合の開示も求めている。

 

 グローバルな石油・ガス開発に伴い、各地で地元の住民との紛争が招じるケースも少なくない。⑤の社会的分野での先住民の人権と権利に関しては、紛争地域の近く、あるいは先住民の土地の近くでの埋蔵確認資源量と推計資源量をそれぞれ定量開示を求めている。将来の紛争可能性を推し量る情報となる。

 

 ⑧の保有資源の評価と資本支出の分野では、気候変動の将来変化に応じて、保有する石油・ガス資源量がどう影響を受けるかという感度(sensitivity)の開示を求めている。求めるシナリオは、国際エネルギー機関(IEA)が示す3つのシナリオ、すなわち、現状のままの場合(BAU)、各国が約束する対策をとる場合(New Policy Scenario)、2℃シナリオに合致する場合(Sustainable Development Scenario)を提示している。

 

SASBOil&Gassynalioキャプチャ

 

 これらのシナリオに沿って、自社が将来にわたって保有する確認資産と、推定資産量の記載を求めている。加えて、2℃以下の場合を含めたTCFDシナリオへの適応状況の開示も任意で求めている。これらの推計の開示は、投資家にとって極めて重要だ。ただ、E&P事業者が開示に踏み切れるかは不明だ。

 

 また、E&P事業者の再エネ投資量とその収入比率の開示も求めている。E&P事業者の低炭素経済社会への移行プロセスへの取り組みを測る情報となる。また化石燃料の価格や需要の変動、気候変動規制の動向が、企業の今後の開発事業等の資本支出戦略に及ぼす影響について、記述を求めている。

 

 「石油・ガスの中流(輸送):(Oil &)Gas- Midstream)」業は、原油や天然ガス、あるいは精製した石油製品等を輸送・貯蔵する事業。天然ガスの液化プロセスやパイプライン輸送、タンカー輸送、陸上輸送などのほか、液化と再ガス化プロセスも含む。開示分野は5分野。

 

SASBMidstreamキャプチャ

 

 環境面での開示分野の①GHG排出②大気の品質、の会計手法については、E&P業とほぼ同じ。特徴的なのが生態系へのインパクト(Ecological Impact)の重視だ。パイプライン輸送やタンカー輸送途中での事故や漏洩事故で、これまでも各地で発生している。1989年にアラスカで起きたエクソンのバルディーズ号による座礁事故は、グローバルな環境問題への警鐘の始まりの一つでもあった。

 

 このため、生態系へのインパクトを測る会計手法は4項目示されている。(1)稼動中事業の環境対応と実施状況の記述(2)自然保護地区や絶滅危惧種が生息する地域出の保有資産、リース資産、活動資産の比率(3)汚染等の影響を受けた地域の面積と、その回復率(4)化石燃料資源の漏洩件数と量、北極圏での同漏洩量等。

 

生態系インパクトを評価
エコロジー・インパクトを評価

 

 一方で、米国内ではパイプラインの敷設を巡っては、先住民との対立も各地で起きている。ノースダコタ州でのダコタ・アクセス・パイプライン(DAPL)紛争などが典型。ただ、上述のE&Pの場合、先住民の権利擁護等を明記しているが、輸送業でその配慮がない点が気にかかる。

 

DAPL建設に反対する先住民ら
DAPL建設に反対する先住民ら

 

 生態系インパクトへの配慮と裏腹な形で、そうした事態を防ぐための操業上の安全性、非常時準備と対応の分野での会計手法も4項目あげている。(5)パイプライン事故の報告と重要な事故の割合(6)天然ガスと有害物質パイプラインの検査済みの割合(7)鉄道輸送での事故比率(8)バリューチェーン全体を通じ、かつプロジェクトのライフサイクルを通した安全性と緊急対応の文化を統合するためのマネジメントシステムの記述、である。

 

 「石油・ガスの精製・販売(Oil & Gas- Refining & Marketing)」業の開示分野は9分野。このうち特徴的なのが、精製プロセスで生じる有害物質管理の分野だ。評価・開示のための会計手法として、有害物質の排出量とリサイクル割合と、汚染源となる地下貯蔵タンク(UST)の数量把握、浄化指示を受けているタンクの数、浄化費用をまかなう金融補償ファンドの割合などをあげている。

 

 またCO2削減のために精製プロセス用の燃料をバイオ燃料混焼にした比率 (Renewable Volume Obligation:RVO)のほか、最新のバイオ燃料や関連インフラのマーケットシェアの表記も求めている。

 

 「石炭操業事業(Coal Operations)」は、石炭鉱業のほか、石炭製品の製造業を含む。対象となる石炭採掘は燃焼用の石炭のほか、冶金用の石炭も対象。対象分野は9分野。E&Pと共通する分野も多いが、鉱山は採掘によって周辺環境に影響を及ぼすことから、「石油・ガスの中流(輸送)」と同様に生態系へのインパクトを重視している。また廃棄物対策として採掘くずの処分場の定量開示を求めている。

 

SASBCoalキャプチャ

 

 また業種特性として労働集約型なので、労使協約を締結している労働者の割合を、米国内と海外に分けて記載を求めている。米国の石炭企業は海外事業展開もしているためだ。年間のストライキやロックアウトの日数も開示対象だ。労働者の健康と安全性管理の評価のため、労災事故率、死亡率、ニアミス率などの開示を求めている。

 

 E&P業と同様、保有資源の価格評価と資本支出の分野において、石炭資源量の将来の価格変動シナリオに対する感度(sensitivity)や、保有資源量全体が抱える推計CO2排出量の開示を求めている。

https://www.sasb.org/

                     (藤井良広)

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Oil_Gas_Exploration_Production_Standard_2018.pdf

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Oil_Gas_Midstream_Standard_2018.pdf

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Oil_Gas_Refining_Marketing_Standard_2018.pdf

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Oil_Gas_Refining_Marketing_Standard_2018.pdf

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Coal_Operations_Standard_2018.pdf

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Coal_Operations_Standard_2018.pdf

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Coal_Operations_Standard_2018.pdf

https://www.sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/Coal_Operations_Standard_2018.pdf