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米国からのシェールガス頼みは危ない綱渡り 内向きの希望的観測だけでエネルギー構成比は決められない(日経ビジネス)

2012-05-14 13:00:48

今回は、日本の化石エネルギー供給と米国との関係について述べたいと思います。まずは、以前に掲載した「シェールガスに期待し過ぎてはいけない」の続きとして、安い米国のシェールガスを輸入しようという話題の現在の状況についてです。

日米間のLNG輸出認可の合意は実現せず


 4月30日に行われた日米首脳会談において、野田首相のLNG(液化天然ガス)対日輸出拡大の要請に対し、オバマ大統領は「(政府認可の可否は)政策決定プロセスにある」として、明言を避けたと報じられました(毎日新聞)。少なくとも11月の大統領選までは輸出認可が行われる可能性は低いという見方が強いようです。

 これまでの米国LNGの対日輸出認可に関するプロセスを簡単に振り返ってみます。

 まず2011年9月にAPEC(アジア太平洋経済協力)のため訪米した牧野経済産業副大臣が、チュー米エネルギー省長官に対し特例的に日本へのLNG輸出を認可するよう要請しています。

 2012年2月、日米首脳会談でLNG輸出認可の合意をする方向で両政府が調整中と報道(読売新聞)。

 そして2012年4月、三井物産・三菱商事、東京ガス・住友商事がそれぞれ800万トン、230万トンのLNG輸入契約の「基本合意」をしたと発表しました。

 こうした流れだけをみると、米国からの対日LNG輸入は既定路線でほぼ決まるも同然のように感じられます。特に「基本合意」発表は、政府認可の可否が不透明な状況下でありながら大きく報じられましたので、この発表を見ていかにも米国の安いシェールガスの輸入実現が決定したかのような印象を持った方は多いのではないでしょうか。

 しかし現実は、事務方が準備を進めていた輸出認可の合意は今回は実現せず、既に行われている交渉の継続を確認をしただけで終わりました。こうした、認可の問題や、予定されていた合意がなされなかったことなどの問題は、全くと言っていいほど報道されませんでしたので、気づかなかった方も多いでしょう。

 日本の将来のエネルギーを懸念されている方の中には、米国の安いシェールガスが切り札になると期待している方は多いと思います。原発の再稼働問題を抱える中で、ほとんどの再生可能エネルギーは、短期的に原発の代替はおろか比較対象にすらなり得ないことを理解すれば、高騰するLNG価格をいかに下げるかが、現在の日本にとって死活問題であることは間違いありません。

 

確かに、異なる価格体系をもつ米国産のLNGが日本に入ってくれば、大半を占める石油価格にリンクしたLNG輸入価格に影響を及ぼし得るでしょう。

同盟国だからといって常に協力してくれるわけではない


 しかし今回、輸入認可に合意できなかったことが、良かったことなのか、悪かったことなのかは、現時点では判断できないと私は考えています。以前の記事の中で、「もし米国からのLNG輸入を期待するならば、積極的な日本側からのトレードオフ提案を伴っているべき」と書きました。

 つまり、一般に言われているように、普天間基地移設問題やTPP問題、その他の重要課題に関する日本側からの「おみやげ」がない状態では、オバマ大統領はリスクを冒して認可するわけにはいかなかったと思われるので(もちろん他の政策オプションも多く存在するでしょう)、何もないのでは認可が下りなかったのは当然とも言えるわけです。

 民間での交渉が進んでいるのだから、判断のタイミングがずれ込んだだけで、認可が降りることは時間の問題だと考える方もいらっしゃるかもしれません。私も、将来的に認可される可能性は十分あると思います。

 しかし、5月3日のウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、仏石油会社トタルのCEO、クリストフ・ド=マルジュリー氏が「(米国政府は)現在の安いガス価格を維持して産業競争力の優位性を保ちたがる」「(米国エネルギー省は)安いガス価格維持のために輸出を制限するだろう」と述べたと伝えています。期待感一辺倒の日本とは違い、非常にリアルな認識だと言えるのではないでしょうか。仮に輸入が開始されたとしても米国政府の都合で停止させられるリスクがあり、供給先の多様化という効果はあっても、主たる供給源として期待することは適当とは思えません。あまりにも当然のことですが、同盟国の米国だからといって、常に日本の都合に合わせて協力してくれるわけではないのです。

 「日本は米国の庇護の下で石油・天然ガスなどのエネルギー安定供給を確保してきた」というイメージがあるかと思います。日本に来る石油タンカーの8割、LNGの3割(中部電力は6割がカタール産のLNG)が、ホルムズ海峡~マラッカ海峡を経由します。最大のチョークポイントであるホルムズ海峡の周辺には、米軍がバーレーンに第5艦隊基地を配置して常時1~2隻の空母を待機。カタールに空軍基地を保有して、ホルムズ海峡の警戒を行なっています。まさに米国が守っているというイメージ通りにも見えますが、時代は変わりつつあります。

 ご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、2010年7月、商船三井が保有するタンカーが何者かに攻撃を受けて、13センチの厚みのある甲板がめくれ上がり、船体に幅11メートル、高さ6メートル30センチにも及ぶ大きな破損が生じました。幸い、航行には支障はありませんでしたが、もう少し衝撃が大きければどうなっていたかわかりません。

 ところが、事件のあった数日後に私が聞いたある防衛省関係者の話では「米国の第5艦隊が情報をくれない」ということでした。2010年は、日本は米国のアフガン戦争の後方支援であるインド洋の給油活動を撤退(1月)した年です。一つの証言だけで断言はできませんが、日本はこの撤退によってこのエリアの危機情報を共有する資格を失って、米軍からの情報提供がなくなったとも考えられます。

 

米国にとってのホルムズ海峡の意味合いも変わっています。2003年のイラク戦争は、グリーンスパン前FRB(連邦準備制度理事会)議長による「石油が目的」との指摘もありましたが、その後に行われたイラク油田の入札では米国石油企業はほとんど落札しませんでしたし、二次入札では応札すらしませんでしたので、その指摘は外れていたことになります。

米国にとってホルムズ海峡が持つ意味は変わった


 当時28%もあった米国の輸入原油の中東依存度は、現在は18%まで下がっています。その実現のために、米国の海底油田開発の規制緩和を行ってきました(ただ、その最中にメキシコ湾の石油漏れ事故が起きました・・・)。オバマ大統領は選挙時の公約として10年以内に中東からの原油輸入をゼロにすると言っており、米国にとっての石油供給源としての中東の重要度はかなり低下していることがうかがえます。米国がホルムズ海峡を警戒するのは、ホルムズ海峡に依存する同盟国の日本と韓国に対する配慮という意味合いがますます大きくなっていると言えます。

 そうした中東情勢の変化や、日米関係の変化の中、日本はより大きくなった化石燃料供給リスクの状況を知ることすらできないまま、単に国内だけを見て、化石燃料依存度を高める方向に進んでいるようにさえ見えます。もしそうした選択肢をとるとするならば、自ら安定供給を担保するためのコストを負担する覚悟が伴っているべきではないでしょうか。安心や安定はタダでは手に入りません。

 そもそも、エネルギーのほとんどを海外に依存しているということは、日本のエネルギー政策は外交政策と表裏一体であり、国際情勢の変化に強く依存しているということを意味しています。もちろん、国民の生活や安心、産業など、国内の事情が最重要であることには変わりはないですが、内向きの希望的な観測だけで、将来のエネルギー構成比の数値が決められるような性格のものではないということを、まず肝に銘じるべきではないでしょうか。

 

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120511/231870/?P=1