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「パリ協定を拒否した男」。各国の気候変動交渉担当者らに惜しまれつつ、死去(RIEF)

2021-04-19 08:40:40

Paul001キャプチャ

 

 ポール・オキスト氏が亡くなった。ニカラグアの気候変動交渉担当を経験した人物である。同氏が有名になったのは、同国の首席交渉官としてパリ協定に参加した際、「失敗への道(Path to falure)」として協定の締結に強硬に反対したためだ。実際、同国は協定にしばらくの間、批准しなかった。

 

 死亡は4月12日。死因は明確には示されていないが、新型コロナウイルス感染の影響とみられる。1943年生まれの78歳。同氏は2015年12月のパリ協定採択時に、賛同者で盛り上がる会場で、議長が採択を宣言後も、引き続き反対意見を展開したことでも知られる。

 

 だが、同氏が「反パリ協定」を主張した理由は、トランプ前米大統領とは異なっていた。誤解を恐れずに言えば、同氏は温暖化進行の実態を踏まえ、パリ協定を主導した先進各国の「欺瞞」を見抜いたうえで「直言」を展開した。いわば「こんな抜け穴だらけの協定では温暖化を阻止できない」との怒りだった。

 

 同協定は途上国の参加を取り付けるためとして、各国が自主的に対策を決める国別温暖化対策貢献(NDCs)の方式を取り入れた。しかし、NDCsには拘束力をつけなかった。そのため、協定で各国が表明したNDCsの目標を積み上げても、協定が定めた産業革命前からの世界の気温上昇を1.5℃~2℃以下とする目標を達成するどころか、3℃以上になってしまうことは明らかだった。

 

 同氏は交渉の中で、歴史的に温室効果ガスを大量に排出してきた国々が、「共通だが差異ある責任」の原則に基づき、気候変動の影響によって被害を受けている国々に対して無条件の賠償をすべきとも提案した。しかし、同提案は歴史的な高排出国(先進国)の反対で盛り込まれなかったが、その指摘の「正しさ」を理解した各国の交渉担当者は少なくなかった。

 

 現在、米国や日本のNDCsの改定が注目されるのは、協定の目標と、現行のNDCsが一致していないからだ。そのギャップを埋めることへの期待だ。しかしオキスト氏は、協定交渉の段階で、「協定から5年後のNDCs見直しでは遅い。今すぐに見直すべきだ」と、今日のやり取りを先取りした指摘をしている。

 

 同氏は、自主的な枠組みでは実効性がなく、政治的な意志が必要だと指摘する一方で、「先進国責任論」の強調だけに終わらず、「先進国だけが行動するのではなく、途上国を含む主要排出国が削減目標を引き上げ、義務を受け入れるべきだ」とも語っている。要するに、パリ協定を「お祭り」にするのではなく、本気で「痛みを伴ってでも温暖化対策を実践しよう」と呼び掛けたのだった。

 

 このままでは「世界の気温は3~4℃上昇となる。死や破壊をもたらす協定の共犯者にはニカラグアはなりたくない」とも主張した。ニカラグアの温室効果ガスの排出シェアは世界全体の0.003%。同氏は「ニカラグアは温暖化には何の責任も無いにもかかわらず、その結果を甘受しなければならないのは理不尽だ」と反発し続けた。

 

 ニカラグアはその後、2017年に協定に批准した。「不十分な協定」を何とか改善させようという判断に立ったものだった。オキスト氏自身は、国連の緑の気候基金(GCF)の理事として、先進国の資金を途上国の温暖化対策事業に配分する業務にも取り組んだ。

 

 同氏がユニークだったのは、何者をも恐れずに直言する行動力だけでなかった。元々は米国イリノイ州生まれで、カリフォルニア大学卒業、同バークレイズ校で博士号(政治科学)も取得し、中南米諸国で教壇に立った学者でもあった。その後、ニカラグアのダニエル・オルテガ大統領と深い親交を持ち、大統領アドバイザー等を務めるなどの政治的役割も担った。オルテガ大統領は長年、米国と対立しており、オキスト氏自身も米財務省から経済的制裁を受けていた。「米国をも恐れず」なのだ。

 

 そのオルテガ大統領は、「盟友」オキスト氏の死に接し、「オキスト氏は、人々と、家族、そしてすべてのニカラグア国民のために、愛と、信頼と、疲れを知らぬ勇気をもって、尽くしてきた」と語り、その死を惜しんだ。各国の温暖化交渉担当者らからも、同氏の真摯な交渉姿勢に対して哀悼のメッセージがSNS上にあふれた。

 

 同氏が5年以上前に「欺瞞」を指摘したNDCsを、ようやく米国や中国、日本等の「高排出国」が今、改定しようとしている。同氏の死はまさにそのタイミングと重なった。同氏は各国のNDCs改定の動きを知りつつ息を引きとったのだろうか。知っていたとしたら、こうつぶやいていたかもしれない。「改定したNDCsは、本気で実行するんだぞ」ーー。

                          (藤井良広)