HOME8.温暖化・気候変動 |発電量3倍、風を集めて発電する小型風力(日経BP) |

発電量3倍、風を集めて発電する小型風力(日経BP)

2012-02-22 18:50:45

現在九州大学伊都キャンパスに設置されている「風レンズ風車」。高さは13.4メートル、風車本体の直径は3.4メートル、定格出力は5キロワット
九州大学発ベンチャー企業が開発した「風レンズ風車」。羽根の周りを囲むリングが風を集めることにより、同じ風速であれば、従来の小型風力発電機に比べて2~3倍の発電量を得られるのが特徴だ。環境規制によって大型風力発電機の建設に歯止めがかかる日本で、新たな電源として関心が高まっている。

現在九州大学伊都キャンパスに設置されている「風レンズ風車」。高さは13.4メートル、風車本体の直径は3.4メートル、定格出力は5キロワット




 「自然エネルギー普及のカギを握るのは発電コストだ。我々はこの点に照準を合わせ、『風レンズ風車』を開発した。今後、年間1000基の販売台数を達成して、販売価格を今の半額にし、普及に弾みをつけたい」

 こう意気込むのは、九州大学発のベンチャー企業、ウィンドレンズの高田佐太一社長だ。風レンズ風車は、風車の3枚の羽根の周りにリング状の「風レンズ」を取り付けた小型風力発電機。レンズが光を屈折させて太陽光を集めるように、リングが風を集めることから、こう名付けた。同じ風速であれば、従来の小型風力発電機に比べて2~3倍の発電量を得られるのが特徴だ。

 現在の販売価格は1基当たり300万~400万円。これまでの販売台数は約60基で、まだ多くはないが、このところは国内外を問わず問い合わせが相次いでいる。高田氏は数年内に量産化にこぎつけたいと考えている。

製品なき有望市場? 小型風力発電機


 

 風力発電機は出力規模によって、大型風力発電機と小型風力発電機に大別される。現在、大型風力発電機は世界的には2500キロワットが中心で、風車の直径は30メートル以上。一方、小型風力発電機は風車の直径が7メートル以下と定義されており、出力規模は20キロワット以下だ。

 風力発電の発電量は、風車の半径の2乗、風速の3乗に比例して増大する。半径が2倍になれば発電量は4倍になる計算だ。つまり、大型になればなるほど発電コストが割安になる。そのため、風力発電機は年々大型化する傾向にあり、欧州、米国、中国を中心に大型風力発電機の導入が加速している。

 ところが、日本では一時期、大型風力発電機の建設ラッシュが起こったものの、現在はあまり増えていない。理由は、大型風車を建設できる場所が限られるからだ。米国や中国とは違って国土が狭い上、離島や山岳地など急傾斜の地形が多く、台風や強風、落雷など自然環境も厳しい。

 そういった中、2007年頃から、大型風車が発生させる騒音や低周波音による健康被害の問題が浮上した。頭痛や不眠などの体調不良を訴える近隣住民が増えたことで、大型風力発電機の建設に待ったがかかったのだ。環境省は2010年4月から4年計画ですべての風力発電機について被害の実態調査を実施中だ。現在は新規に設置する際の補助金も打ち切られている。

 加えて、大型風力発電機の大型化に伴い、製造コストや建設コストの増大、バードストライク(鳥が風車に激突する現象)、電波障害、環境破壊といった問題も重要視されはじめている。

 それに対し、小型風力発電機であれば、大型風力発電機や太陽光パネルが設置できない場所にも設置できる。また、小型風車なら風車の支柱と大型の羽根との間の干渉によって起こる低周波音も発生しない。電波障害や自然破壊、景観問題も大型風車に比べてずっと少ない。そのため、小型風力発電機の潜在市場は非常に大きいと捉えられている。

 しかし、環境性能に優れていながら、小型風力発電機は「製品なき有望市場」と言われる。普及が一向に進んでいないのは、大型風力発電機に比べて発電コストが高く、現状では導入しても採算が合わないからだ。

 現時点の発電コストは、大型風力発電機が10~14円/キロワット時、太陽光発電が46円/キロワット時なのに対し、小型風力発電機は、大型風力発電機の数十倍以上と言われている。また、発電コストに直結する建設コストとランニングコストのうち、建設コストは、大型風力発電機が1キロワット当たり20万~30万円、太陽光発電が60万円なのに対し、小型風力発電機は太陽光発電の2~3倍にも及ぶ。

 そこで、現在、様々な大学や企業の研究者や技術者が、太陽光発電並みの発電コストを目指し、研究開発に取り組んでいるのである。

 そういった中、発電コストの低さで注目を集めているのが、風レンズ風車だ。

風速4メートルで年間3000キロワット時の発電量


 

 風レンズ風車の特徴は主に4つだ。

 まず1点目は、従来の小型風力発電機に比べて、2~3倍の発電量を得られること。理由は、風レンズによる「集風効果」にある。風力発電の場合、出力は風速の3乗に比例して増大する。それに対し、風レンズ風車は、風を集める構造となっており、風速を1.3~1.5倍に増大させることができる。その結果、同じ風速であればその3乗の約2~3倍の発電量を得られるのである。

「風レンズ風車の直径は2.5メートル、風レンズの外径は3.4メートルしかないにも関わらず、九州大学がコンピューターシミュレーションを行ってみたところ、平均風速が毎秒4メートルであれば、年間約3000キロワット時の発電量を確保できるという結果が得られた」。高田氏はこう説明する。

 太陽光発電協会の試算によれば、2010年度の1世帯当たりの年間総消費電力量は年間5650キロワット時だったことから、50%以上の電力量をまかなえる計算になる。

 2点目は、騒音がほとんど発生しないこと。通常の大型風車の場合、羽根の先の部分で発生するカルマン渦と呼ばれる空気の渦が騒音の原因となる。しかし、風レンズ風車の場合、羽根の周りを風レンズで囲んでいるため、カルマン渦の発生が抑制され、騒音がほとんど生じないのだ。

 「実際、測定したところ、45デシベル以下と、図書館並みの静寂さを実現していた」と高田氏は説明する。

 3点目は、風レンズの集風効果によって、乱れた風でも発電可能な上、風の力を使って風が吹く方向に向くことができること。そのため、風向きを追随するヨー駆動装置を電力で動かす必要がない。

 4点目は、風レンズの部分は固定で回転しないため、鳥にとって風車の視認性が高く、バードストライクの発生頻度が低いことである。また、支柱の高さが15メートル以下のため、野鳥の活動範囲ともずれている。実際、バードストライクの例は報告されていないとのことだ。

高さを15メートル以下にして建設コスト低減


 

 高田氏は風レンズがもたらすランニングコストの低減に加え、建設コストの低減にも取り組んでいる。

 まず、部品の製造コストの削減だ。中枢となる機構の製造は日本企業に任せる一方で、それ以外の部品に関しては全て中国企業に製造を発注した。

 また、風車の高さを15メートル以下に抑えることで、建設コストの大幅な削減を実現させた。現在、建築基準法上、15メートルを超える建物・工作物を建設する場合、建築確認が必要となる。その際、一級建築士に対する数十万円の報酬が発生するのに加え、審査に合格するまでに数カ月の期間を要する。しかし、15メートル以下の建築物であれば、建築確認は必要ないため、すぐに建設に着手でき、建設コストを大幅に低減できるのだ。

 「加えて、支柱の設置も簡単だ。地下3メートルの穴を掘り、そこに支柱を埋めてコンクリートで固定するだけなので、1日あれば建てられる」と高田氏は語る。

 従来であれば、風車の支柱を高くすればするほど強い風を受けることができるため、発電量は増す。しかし、風レンズ風車の場合、弱い風でも発電できるので、支柱をあまり高くする必要がないのである。支柱の低さは台風による突風や雷に対する破損の軽減にもつながる。

「また、風レンズの長さを長くするなど形状を変えることで、5、6倍の発電量を実現することも可能だ。しかし、製造コストなど総合的に検討した結果、現在の形状が最適との結論に達した」。高田氏はこう説明する。

 その結果、太陽光発電並みの建設コストを実現し、年間平均風速が毎秒4メートル以上あれば、住宅地から大型風力発電機や太陽光パネルが設置できない山間部、ビルの屋上までどんな場所にでも極めて短期間で設置できる小型風力発電機が実現した。

狭い方から広い方へ流れることで風速が増す


 

 そもそも高田氏がウィンドレンズを設立したのは2008年4月のこと。九州大学から依頼されたのがきっかけだった。

 実は、高田氏は元ポンプメーカーの技術者で、2000年頃から大型風力発電機の開発や設置、運営に携わってきた。最初の5年間は非常に順調で、全国各地に合計約50基の大型風力発電機を建設した。しかし、住民による建設反対運動の激化と補助金の打ち切りにより、事業の中断を余儀なくされた。とはいえ、風力発電の可能性を捨て切れなかった高田氏は、大型風力発電機の課題、そして、小型風力発電機の課題をいかにすれば解決できるかを模索し続けていた。

 そういった中、所属企業が研究費を提供していた関係で顔見知りだった九州大学の大屋裕二教授から、高田氏に声がかかったのである。

 風工学、流体工学を専門とする大屋教授は、まさに風レンズ風車の発明者で、2002年に特許を出願し2004年に登録されていた。この風レンズ風車の製品化に向けて、共同研究開発を依頼されたのが高田氏というわけである。

 風レンズ風車が特許を取得した理由は、風を集めるメカニズムの新しさにある。直感的には、風レンズの広い方から狭い方に向かって吹く方が風速は増大しそうに思える。しかし、実は風レンズ風車の場合、風は風レンズの狭い方から広い方に向かって吹いている。風レンズの周りに取り付けられた“つば”が、強い空気の渦を発生させ、その渦によって風車の後ろの気圧が低下する。そのため、低い気圧に向かって風が吸い込まれ、風レンズ内の風速が増大するのである。

太陽光発電並みの発電コストに


 「風レンズ風車であれば、大型風力発電機の課題を全て解決できる。ポイントはいかに発電コストを太陽光発電と同レベルまで下げられるかだ。一肌脱ごうではないか」―。

 高田氏は大屋教授の依頼を快諾。ポンプメーカーを退社し、風レンズ風車の製造・販売・設置会社としてウィンドレンズを設立。九州大学から販売特許を取得した。

 建設に至っては、福岡市が協力を申し出た。通常、大型風力発電機の場合、年間平均風速が毎秒6メートル以上ないと採算が取れないため、建設できない。その点で、福岡市は大型風力発電機が設置できない地域だったのだ。しかし、風レンズ風車であれば、年間平均風速が毎秒4メートルあれば採算が取れる。そこで、ウィンドレンズ、九州大学、そして福岡市の3者は共同で、福岡市内に毎秒4メートルの風が吹く場所の調査を開始した。その結果、シーサイドももちなど設置可能な場所が数多くあることが判明したのだ。

 タイミングよく2009年に総務省による「緑の分権改革」が発表された。地域主権型社会の確立を目指すもので、行財政制度に加え、エネルギーや食料供給の地域主権がうたわれていた。

 この緑の分権改革により、風レンズ風車の性能や騒音に関する調査が公的機関によって実施された。その結果、2011年、高田氏らは図らずも国からお墨付きを得ることができたのだ。

 「国からのお墨付きは我々にとって大きな自信となった」と高田氏は語る。

 今後はさらなる発電コストの削減を目指す。今年7月に導入が予定されている「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)」にも大きな期待が寄せられる。また、最近は海外からの問い合わせも多く、すでに英国、中国が導入しているほか米国でも導入される予定だ。そのため、海外での普及活動にも注力していく。

 一方、大型化にも取り組んでいる。2011年には九州大学の伊都キャンパス内に、風車の直径が12メートルの風レンズ風車を設置した。直径は従来の約5倍だが、出力は20倍の100キロワットを誇る。とはいえ、大型化により、従来の大型風力発電機の課題が浮上したのでは本末転倒だ。そのため、今後も九州大学と共同で最適解を目指し、製品開発を推進していく。

 高田氏は語る。「我々が目指すのは発電コストが安価で、人にも環境にも優しい風力発電機。そのフロントランナーとなり、地球環境対策に貢献したい」


http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120214/227196/?P=1&ST=rebuild